Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play
Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play

中井美穂 めくるめく演劇チラシの世界

TRASHMASTERS vol.33『堕ち潮』

毎月連載

第28回

TRASHMASTERS vol.33『堕ち潮』チラシ(表)

重苦しい海辺の景色。不穏な二つの影と、それを覗くような目……。その線に、色彩に否が応でも目がとまります。『堕ち潮』のために描かれたこの一枚の絵について、そしてチラシに込めた思いについて、TRASHMASTERS主宰の中津留章仁さんが語ってくださいました。

左:中井美穂 右:中津留章仁 

中井 TRASHMASTERSといえばこのイラストですよね。毎回、とても目をひきます。チラシがこの形になったのはいつ頃からですか?

中津留 2008年くらいからBRAKICHIさんというイラストレーター・画家の方にお願いしています。

中井 彼に頼むことになったきっかけは?

中津留 僕は音楽が好きで、演劇をやりながらも月1回、六本木でDJをやっていた時期があって。そのお店にBRAKICHIさんの絵が飾ってあったんです。オーナーの友人だというので紹介してもらい、他の絵も見せてもらったらどれもすばらしくて。僕から「実はこういう活動をしているのですが、絵を描いていただけませんか?」とお願いしました。

中井 何がそんなに中津留さんの心を掴んだのでしょう?

中津留 やっぱり力強さですかね。彼のタッチは一見してわかる。そういう絵描きはそれまで自分の周りにはいなかったので惚れ込みました。

中井 描いてもらうにあたっては、「今回の作品はこういう物語で」と話すわけですか?

中津留 そうです、そうです。

中井 いつも、かなり具体的な作品のイメージが絵に落とし込まれていますよね。

中津留 A4サイズにして14枚くらいのプロットを渡して……。

中井 そんなに! 中津留さんは脚本を早めにあげる方ですね。

中津留 いや、全然。プロットは公演1年前くらいには決まりますけど、そこからは遅いですよ(笑)。プロットとともに、具体的に何を描いてほしいかをざっくりと伝えます。それをどう配置するかや色味は全部おまかせ。

中井 今回だったら例えば何を?

中津留 海があって、山とトンネル、それからお金の受け渡しのようなイメージ。最初は目がなかったのを、「ちょっと周りの目みたいなものを足しましょうか」と二人で相談しながら加えましたけど、それ以外はもう、最初に彼が描いてくれたものでバチッと決まりました。

中井 へえ!

中津留 お願いし始めた頃は「ちょっとイメージと違うな」ということもたまにありましたけど、最近はほぼ一発で決まります。

中井 2008年からの積み重ねですね。

中津留 僕の好みを理解してくれているのもあると思いますね。

中井 タイトルの文字も印象的ですね。

中津留 これもBRAKICHIさんに描いてもらっています。文字が滴っているような状態なのは僕のリクエストで。毎回彼が手書きで書いてくれますが、どういう字体で書くかは一度は議論しますね。

中井 今回に関しては、『堕ち潮』というタイトルをまずなんと読むんだろう? というひっかかりがありますよね。そしてこの不穏な字体。

中津留 僕は海辺で育ったので、潮の満ち引きと生活が密接に関係している感覚があるんですよね。満潮と干潮が1日に必ず2回来る。堕ち潮は潮が動かない状態になってしまう、止まってしまうという、本当はありえない状態のことをさしています。僕の造語ですが、実際には漢字の違う「落ち潮」という言葉があるらしいです。

中井 「堕」という漢字にドキッとしますよね。

中津留 潮の満ち引きと経済の良し悪しをかけていて。戦争を体験した世代は満ち引きのように悪いことがあれば次にいいことがくるという論理で頑張ってきたけれど、果たしてそうなのか、それでいいのかという芝居ですね。

中井 なるほど。今回はタイトルの滴るイメージをリクエストして、そこに中津留さんの思いがこもっているわけですね。ビジュアルにインスパイアされて作品が変化することはありますか?

中津留 そういうこともありますよ。作品のイメージがこうしてビジュアライズされる。BRAKICHIさんは僕の書いた字だけを読んで海の色や空の色を決めてくるわけですよね。それを見るとやっぱり、作品全体のトーンがその絵に似つかわしいものになっていきます。

中井 普通、チラシのイラストには署名が入らないことが多いけれど、TRASHMASTERSは必ずサインが入っています。この絵自体も大事にされている証拠ですね。

中津留 完全に独立したアートワークになっていますね。これだけの才能ある人が例えば仕事がないことによって絵を描くことをやめてしまうのはもったいないと思うので、なるべく仕事として、描く場を提供したいという気持ちがあります。

あらすじではなく、ポエムのような文章

中井 それにしても豪華なチラシですよね。

中津留 そうですか? それはうれしいな。

中井 だって表は毎回描き下ろしで、お芝居に合ったイメージのイラストがこれだけのクオリティで出てきて、しかも見開きで、中が撮り下ろしの写真。普通はイラストか写真、どちらかですよ。

TRASHMASTERS vol.33『堕ち潮』チラシ(裏)

中津留 チラシはやっぱり作品の顔だと思うから。中の写真は白黒の時もあるしカラーのときもあって、デザイナーと相談しながら決めています。

中井 外と内が全く違う感じなのが魅力的。

中津留 外と内についてもよく議論しているんです。「両A面に見えてしまわないよう、表と裏がはっきりわかるようでないと」とか、デザイナーとよく話し合います。だから内側の写真は色調を落として白黒にしたりするときもありますね。ただ今回はカラーにしようと、江ノ島の古民家を借りて撮りました。

中井 衣装や表情は誰が指示を?

中津留 僕が、こういうイメージでと。

中井 一発撮りですか?

中津留 そうです。80年代頃の写真のイメージだったので、ガラスの映り込みが現代的になりすぎないようにカメラを移動させたり時間を待ってみたりしました。派手な映り込みや、家の脇のごちゃつきはデザイナーが色調を落としたり、消していたりしています。

中井 何気なくパシャッと撮った一枚に見えて、手がかかっていますね。

中津留 そうですね、時代感を出したくて。あと、左端に写っているみやなおこさんには「犬神家の一族」的な、横溝正史的なイメージで、とお願いした記憶があります。怖い祖母の役なので。その弟である渡辺哲さんの役は建設業の経営者で、市議会議員に出馬します。それにお金がかかるので子どもたちに「選挙に負けたら君たちの遺産はないと思え」と伝えて、「ちょっと待て」と一族会議が開かれるという話です。

中井 リアリティがある設定ですね。身近にそういうシチュエーションがあったわけですか?

中津留 そうです、ありました。

中井 写真上部の文章は?

中津留 これはチラシ用に自分で書いています。なんて言えばいいのかな? あらすじではないんですよね。「どういう話かわからない」って指摘されます。よくないなと思いつつ、天邪鬼なところもあって。

中井 あらすじではないけれど、物語の背景が書かれている。

中津留 ポエムみたいな。改行も自分が書いたままの状態で載っています。一度こういう形で書いてみたら、デザイナーが「あ、配置しやすい」と言ってくれたので、このポエム調が続いているという形です。評判は悪いけど……。

中井 それでもやめるつもりはない。

中津留 そうですね、評判は気にしない(笑)。BRAKICHIさんに絵をお願いするようになる前は、僕らの芝居のチラシはレコードのジャケットサイズの紙でした。大きい紙を断裁して、折らずにレコードジャケットサイズで作る。そのときも「でかい」とかなり不評で。

中井 チラシ束に入れづらそうですね。

中津留 そう。僕らが折らなくても、結局束に入れるために折り込まれてしまっていました(笑)。

芝居はなくなっても、チラシは残る

中井 お話を伺っていると、演劇活動の初期の段階から、かなりチラシを重視されていらっしゃいますね?

中津留 そうですね。芝居は終わったらなくなっちゃうけど、チラシは残る。だから、このチラシも独立したアートフォームという発想です。芝居を観終えてかんたんにゴミ箱に行くようなものではなくて、「これ観たな」ととっておきたくなるようなものにしたい。昔は、無料で80ページくらいのパンフレットを配っていました。さすがに経済的に厳しいということで今は作っていませんが。チラシだったらイラストレーターが前面に出る仕事になるし、パンフレットを作ったら写真家が前面に出る。他ジャンルの芸術家の人たちとどうつながっていくか、話をして作っていくという作業自体が楽しいですよ。

中井 でも、それってすごく時間のかかることですよね?

中津留 こういうことに時間を惜しんではいけないと思います。たしかに、チラシを作らない団体も出てきている。それもひとつの正解だと思うんですよ、お金もかかるし。たしかに、なくてもいい。でもそれを言い出したら、お芝居を必要としていない人にとってはお芝居ってなくてもいいものでしょ? そこを必要なものだと訴えているからには、チラシも必要だと僕は思っています。

中井 お芝居って人がいて話があって演出家がいればできると思っている人も多いですよね。でも本当は、劇場の空間があって、セットがあって照明があって、そしてチラシがあって。いろんなものがあって成り立っているわけですよね。

中津留 そう、総合芸術ですよね。

中井 作品に対していろんな面からのスポットの当て方があって、その結果見た人の心にしか残らないものを生む。ものすごくお金と手間のかかることで、チラシはその象徴かもしれない。

中津留 少なくともうちは、チラシをなくそうとは微塵も思っていません。

中井 たとえば、この豪華なチラシをせめてA4サイズにしようという声は?

中津留 そりゃあります。チラシ代が他の劇団に比べて圧倒的に高いって文句を言われます。劇団に入ったばかりの若手の人たちは「なんでこんなことをやるんですか?」って言いますよ。それに対して「お金かかるでしょ? 無駄だと思ってるでしょ? 経済的に考えたら無駄かもしれないけど、僕らは経済とは違うバイアスで世の中を見つめている仕事をしているんだよ」って。芸術的な視点を持った時に、紙のアートワークがいかにすばらしいものかという話をしていく。すると何年か劇団にいる子は次第に「やっぱりパンフレット無料配布しませんか」なんて言ってくる。それはうれしいですね。

構成・文:釣木文恵 撮影:源賀津己

作品情報

TRASHMASTERS vol.33『堕ち潮』
日程:2月4日(木)~2月14日(日)
会場:座・高円寺1
作・演出:中津留章仁
出演:川﨑初夏、星野卓誠、倉貫匡弘、森下庸之、長谷川景、藤堂海、ひわだこういち、みやなおこ、渡辺哲 ほか

プロフィール

中津留章仁(なかつる・あきひと)

劇作家・演出家。1973年生まれ、大分県出身。日本劇作家協会会員。TRASHMASTERS主宰。2011年、東日本大震災と原発事故を真正面から扱った『背水の孤島』で、第19回読売演劇大賞・選考委員特別賞、同・優秀演出家賞、第46回紀伊國屋演劇賞、第14回千田是也賞などを受賞。主な作品に、『奇行遊戯』『黄色い叫び』『埋没』『対岸の絢爛』(以上TRASHMASTERS)、『箆棒』(劇団民藝)、『琉球の風』(東演)、『断罪』(青年座)などがある。

中井美穂(なかい・みほ)

1965年、東京都出身(ロサンゼルス生まれ)。日大芸術学部卒業後、1987~1995年、フジテレビのアナウンサーとして活躍。1997年から「世界陸上」(TBS)のメインキャスターを務めるほか、「鶴瓶のスジナシ」(CBC、TBS)、「タカラヅカ・カフェブレイク」(TOKYO MXテレビ)にレギュラー出演。舞台への造詣が深く、2013年より読売演劇大賞選考委員を務めている。

アプリで読む