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杏沙子が語る、シンガーソングライターとして表せるようになった“本当の気持ち”「聴いてくれる人ともっと近くなれたら」

リアルサウンド

20/7/8(水) 18:00

 音楽専門誌でもかなりの高評価を得た1stアルバム『フェルマータ』から1年5カ月ぶり。杏沙子の2ndアルバム『ノーメイク、ストーリー』が7月8日にリリースされる。

 ポップス黄金時代の豊かなメロディを大事にしながら洗練された現代的なポップスに昇華させるというスタイルはそのままだが、大きく変化したところがひとつあって、それは歌詞だ。自身の手による今作の歌詞は、どれも「素顔の自分を曝け出して」「本当の気持ちを書いた」もの。そこからはシンガーソングライタ―として覚醒した彼女を感じることができる。

 強気と弱気。言えなかったことと言っておきたいこと。女の子っぽさと大人っぽさ。それらが入り混じった様々なドラマが曲となり、それが10並ぶことでまさしく物語=『ノーメイク、ストーリー』となる。弾けた曲から切ない曲、映像喚起力が高くて深みのある曲と、グラデーションをつけながら進んでいく、その流れのよさも見事だ。

 今の気持ちと、アルバムに収録された10曲について、じっくり話を聞いた。(内本順一)

実際に存在する気持ちを書いていこう 

ーーステイホーム期間はどんな感じで過ごしていたんですか?

杏沙子:断捨離してました。自分にとってこれは必要か不必要かということをすごく考えるようになりましたね。

ーー気持ち的にはどうでした?  不安が大きかったのか、それとも自分のやれることをやろうと前向きな気持ちでいられたのか。

杏沙子:ライブが中止になったりとか、自分の理想のペースでやりたいことがやれなくなったりもしたので、初めの頃は焦ってました。けど、自粛期間が長引くに連れて「今の自分には何があって、何が足りないんだろう?」って冷静に考えられるようになったので、そういう意味ではいい時間でしたね。身のまわりも心まわりも整理整頓された時期でした。

ーー断捨離と共に心のなかも。

杏沙子:だいぶ整理されて、すっきりしましたね。自分は何を大切にしたいのかとか、今はどんな曲を書きたいのかとかがハッキリした。ちょうど『ノーメイク、ストーリー』のリリースに向けての準備もあって、セルフライナーノーツを書いたりもしていたので、どうしてこういう曲を書きたくなったのかと考えながら、無意識のなかにある自分の本質みたいなものを掘っていって。アルバムのリリースが控えていたのが気持ち的によかったってところはあったと思います。

ーーステイホーム期間中にも、YouTubeライブやインスタライブをやったり、コバソロさんや寺岡呼人さん、そして音楽仲間とステイホームセッションしてアップしたりと、ずっと動いている状態を見せ続けていましたが、それも自分の意思でそうしていたんですよね?

杏沙子:はい。やっぱり歩みを止めたくなかったから。むしろこういう期間だからこそ、工夫したら出会ってくれる人が増えるんじゃないかって前向きに捉えていたんです。それで、コバソロさん、寺岡呼人さんもそうですけど、力を貸してくれる人に連絡して。だから、わりと忙しくしてましたね。生き生きしてました(笑)。

ーーアーティストとして何ができるのか。自分の役割みたいなことに意識的になりながら動いていた。

杏沙子:みんなが今、何を求めていて、どういう音楽を聴きたいのかみたいなことにはアンテナ張ってましたね。SNSを見てると、そういうのって日々変化していってるところがあったから。「みんなで頑張ろう」みたいなトーンの時期から、ちょっとみんなが疲れだして「一回忘れたい」みたいな感じになっていって、ああ、今は癒しが求められてるんだなとか、今は楽しい気持ちになれる曲を聴きたいのかなとか考えつつ。「もうちょっと」というオリジナル曲を音楽仲間と一緒に“ステイホームあるある”を入れて作ったんですけど、そのときも「頑張ろう」って言葉は入れたくないなと思ったり。SNSを通じて、そのときに出す言葉はけっこう考えて選んでました。

ーー“今、何を歌うか”、あるいは“何を歌わないか”は、すごく重要ですよね。1年前なら響いたであろう言葉、有効だったメッセージが、今はそうじゃないってこともあったりするわけだし。

杏沙子:本当にそう思います。あと、これは世界がコロナでこうなる前から思っていたことなんですけど、実際に存在する気持ち、リアルな気持ちを書くことが、聴いてくれる人の曲にもなるし、自分自身にも強く刻まれるんだなって。そんなことも考えてました。「とっとりのうた」を『フェルマータ』で書いて、そのあと「ファーストフライト」を書いて、その2曲は自分のなかにある気持ちを曝け出すように書いたんですよ。正直、自分だけのために書いたところもあったんですけど、それに対して「生きていく上でのテーマソングになりました」って言ってくれる人もいたりして、それまでに書いてきた曲よりも聴いてくれる人との距離が縮まったように感じたんです。そこから、そうやって実際に存在する気持ちを書いていこうって思って。自分が今書きたいのはそういう曲なんだとわかったというか。

ーーそういう気持ちから今回のアルバム作りがスタートしたわけですか?

杏沙子:いや、『フェルマータ』のときもそうだったんですけど、作り始める段階では特にそういう全体像みたいなものは頭のなかになくて。ただ自分の書きたいときに書きたいものを書いていったという感じなんですよ。でもそうやって『フェルマータ』からの約1年で書いた曲を並べてみたら、「とっとりのうた」と「ファーストフライト」がきっかけになって生まれた気持ち、リアルなものを書きたいというような気持ちがだんだんと強くなっていったんだなって自分でわかったんです。

ーーその気持ちに気づいたきっかけは……。

杏沙子:やっぱり「ファーストフライト」が大きかったですね。自分のなかで、この曲が分岐点になった。あんまり人に言わない自分のなかの負の感情みたいなものを曲のなかに入れるのはけっこう勇気のいることだったんですけど、ドラマ主題歌っていうお話をいただいて書いたからこそ、自分なりの理由をつけられたというか。それがなかったらここまでの歌詞は書けてなかったと思うんです。今でも私は焦ったり迷ったりしたときにこの曲を聴いていて。自分の曲って、出来上がったときは嬉しくて何度も聴きますけど、普段から家で聴き返すことはそんなにないんですね。でもこの曲は本当によく聴いていて、「なんでだろ?」って考えると、自分の偽らざる気持ちをそのまんまぶつけるように書いたのが初めてだったからなんですよ。フィクションじゃなくて、本当の気持ちを書いたからこんなに自分に響くんだ、だから大切な曲になったんだってわかった。自分で書いた言葉にこんなに背中を押されるというのも初めてだったし。

ーーそこから自分のなかの“本当”を表現したアルバムになっていった。

杏沙子:そうですね。

ーーセルフライナーノーツには、こんなふうに書かれてます。「小さい頃から人の顔色ばかり見て生きてきた。誰からも、愛されていたい。目の前にいるこの人はいま、本当は何を考え、何を感じているか。そればかり考えて、伝える言葉を選んできたように思う」。「人の顔色ばかり見てるな、私は」って思っていたんですか?

杏沙子:はい。ちっちゃい頃からそうで、ビクターに入る前までずっとそうでした(笑)。沁みついちゃってるんですよね。自分が何を考えているのかっていうことより先に、この人は何を求めているのかって気にしちゃうクセが。それがこう、メジャーデビューすることになって、自分が本当に思っていることはなんなんだろうってところに向き合わざるを得なくなった感じで。

ーーインディーズで活動していたときは、自分のことを書きたいという気持ちはまだなかった?

杏沙子:なかったです。自分がどうというよりは、小説を書くようなテンションで、ひとつの物語として書くことをしていたので。

ーーそもそも、書くよりもまず歌うことが好きだったから始めたわけですもんね。

杏沙子: そうです。

ーーだけど、メジャーでやっていくことになったら、単に歌が好きというだけではダメなんだと気づいた。

杏沙子:だんだん自分のことを歌いたくなってきた、という感じなんですよね。そこで初めて、自分だからこそ歌えるものってなんだろうって考えたんです。そもそも自分らしさというものを考えたことすらあまりなかったんですよ。人に合わせてきたほうだったので、曲も本当の自分を隠して、なるべくみんなが好きになってくれるようなものを作ろうとしてきたんですよね。

ーーでも、インディーズの最初の曲である「道」でもう、人の流れに任せて生きているだけでいいのかという自分に対しての問いかけを書いていたじゃないですか。

杏沙子:「道」は主語が「僕」じゃないですか。でも最初は「キミ」って書いていたんですよ。自分のことを歌っているんですけど、曝け出せなくて「キミ」って書いていた。それを、当時音楽活動を手伝ってくれていた方に「“僕”にしてみたら?」って言われてそうしたんですけど、やっぱり「私」とは歌えなかったんですよね。まだ勇気がなかった。でも「とっとりのうた」で「わたし」って書いて、「ファーストフライト」でも自分の気持ちを書いたことによって、もっと曝け出したいと思うようになった。より生々しい言葉を選んでいきたいと思うようになったんです。

ーーで、今回そうしたと。

杏沙子:はい。でも、まだまだ。もっといけるんじゃないかって思ってます(笑)。

感情を吐き出すのではなくて、ちゃんと物語に昇華させる 

ーーアルバムタイトルはどのへんの段階で決めたんですか?

杏沙子:曲を並べて、「今はこういうことを歌いたいモードなんだ」「素顔の自分を曝け出したいんだ」って確信してからですね。それで“普段は人に見せないけど、偽りのない私みたいなものってなんだろう? ”っていくつか考えてみたんですよ。「下着」とか「靴下」とかから始まって、「部屋のなか」とか。あと、「しゃっくり」とか「あくび」とかもそういうものだなって書き並べて、「すっぴん」もそうだなって。で、「すっぴん」……「ノーメイク」。あ、「ノーメイク」いいなと。等身大のことを書いているから、意味的にも「ノーメイク」は近いかなって思って。あと、リアルなことを書くようになったとはいえ、やっぱりただただ感情を吐き出すのではなくて、ちゃんと物語に昇華させるということはこれからもずっとやっていきたいので、それで「物語」=「ストーリー」をつけたんです。

ーーアレンジがまた各楽曲のリアルな歌詞に物語性を加味していて、聴き手のイメージを広げる役割を果たしているようです。アレンジに関して自分から注文を出したりもしたんですか?

杏沙子:山本(隆二)さんと横山(裕章)さんがいつも歌詞の世界をめちゃめちゃ大切にしながら音に変換してくださるので、今回も大信頼していろんな玉を投げていったという感じなんですが、前作よりも自分自身の歌が多かったので多少はしましたね。「ここは私の頭のなかで鳴っている音とは違うんです」とか、「もうちょっと浮遊感を出せたらいいな」みたいなお願いはしました。

ーー曲のなかでのボーカルの響かせ方みたいなところはどうですか? 前作以上にこだわった感じですか?

杏沙子:自分で鼻歌みたいに歌いながら作ったところから、ちょっとかけ離れてしまってリアリティがないように感じたときだけは(エンジニアの渡辺)省二郎さんに言ってましたね。特に「見る目ないなぁ」は、声もすっぴんでありたいというか、お化粧されてないもののほうがよかったので。最初の頃はそういう音響的なところまではなかなか言えなかったんですけど、最近やっと言えるようになりました。

ーー歌唱法に関して言うと、「東京一時停止ボタン」で声がどんどん切迫感を増していくところとかもすごくリアルですよね。

杏沙子:そうですね。基本的に1曲を一発で録るのをモットーにしているので。箇所箇所で録るとグラデーションがなくなってしまうなというのがあって。今回は特にリアルな歌詞が多いからこそ、レコーディングするときに1曲のなかで変わっていく声の色味を大事にしたいと思ってました。

ーー歌もリアルさにこだわったってことですね。

杏沙子:そうです。

ーーでは、ここから1曲ずつ話を聞いていきます。まず「Look At Me!!」。〈私を見て!〉とズバっと歌うこの曲は、すごくライブ映えしそう。真壁陽平さん(ギター)、沖山優司さん(ベース)、伊藤大地さん(ドラム)、山本隆二さん(キーボード)という腕利きミュージシャンたちと共にロック的なバンドサウンドの熱をそのまま込めてる感じですね。

杏沙子:はい。ライブで盛り上がれる曲が書けた気がしたので、オラオラな感じでいきたいと思って(笑)。歌詞の内容的にも“図々しく生きてなんぼでしょ”って言ってるようなものなので、ぐいぐい行きたいなと思って録りました。ライブ感のあるレコーディングで、めちゃめちゃ楽しかったなぁ。

ーー2曲目「こっちがいい」は1月に配信された、杏沙子印と言える1曲ですね。メロディの流れがよくて、杏沙子さんの作曲力が高まっているのを感じましたよ。

杏沙子:おおっ、めっちゃ嬉しいです! この曲は「こっちがいい」というワードで何か曲を書こうってところから始まったんです。で、それをそのまま歌ったサビを思いついて。ひとつの言葉から価値観の話に発展したりして、それは自分でも面白い体験でした。

ーー人が普段よく口にしそうだけど、意外とこれまで歌にはなってなかった言葉を用いて作るのが上手いですよね。「見る目ないなぁ」もそうだし。そういうパワーワードから曲ができることって多い?

杏沙子:好きなんですよね、そういうのが。ふと出てきた言葉に引っ張られるようにして曲ができることは本当に多い。「見る目ないなぁ」もサビのその繰り返しがまず思いついてできた曲だったし。普段からそういうワードをメモしてるんです。

ーー「こっちがいい」と言いながら、最終的には二人ならば「どっちでもいい」という結論に達する。こういう歌詞はちゃんと恋愛してきた人じゃないと書けないですよ。

杏沙子:おっ。ほんとですか(笑)。でも、そうかもしれないですね。

ーー「どっちでもいい」という境地には経験なくして辿り着けない。

杏沙子:〈出会えたこと それがもう大正解だから〉って、もはやプロポーズに近いですもんね(笑)。この曲のMVを撮ったとき、現場にいたスタッフさんの1人がちょうどパートナーとのご結婚を考えているタイミングだったみたいで、「すごく響いた」って言ってました。意外にもそういう深い愛の歌になったなぁって思いましたね。

ーー3曲目「変身」は、デビュー時からの杏沙子さんのよき理解者である幕須介人さんがアレンジを手掛けてます。

杏沙子:自分ではない誰かに変わりたいというけっこうシリアスな歌詞なんですけど、幕須さんはそれをこういう弾けたスカのアレンジにしてくれて。最初は予想外すぎてビックリしましたけど、聴こえ方が変わって入りやすくなったし、まさに「変身」っぽい音も入っていて楽しい曲になりました。

ーー「変わりたい」と願う切実な気持ちを自分に引き寄せて、〈自分で自分を愛することがきっとできるから〉と肯定的に歌っているのがいい。

杏沙子:うん。「あの頃みたいにいかないけど」という思いもありながら、でもちゃんと自分が向かいたい自分に向かっていってる。変身してない日なんてないんだ、ってことを言いたかったので。

ーー4曲目「クレンジング」。浮遊感のあるアレンジがいいですね。

杏沙子:山本(隆二)さんのアレンジは、私のイメージしている音の空気感にすごくフィットするので、この曲をアレンジしてくださったものを初めて聴いたときにも「これだよ!」ってなりました。浮遊感があって、タララララってずっと鳴ってるところは好きな人と会ったあとに残っている余熱みたいなものを表しているように感じる。大好きなアレンジで、自分のお気に入りの曲になりました。

ーー歌詞がリアルで、いい塩梅に色っぽい。彼と会って部屋に帰ったときの心の火照りが表れている。自分で「あのときの私を書いた」とわかっているのでは?

杏沙子:わかってます(笑)。そのときは落とせなかったんですよ、クレンジングでは。

ーー〈メッセージ 君が撮ったわたしの写真 あぁ なんで もっとちゃんと笑えたらいいのに〉ってところとか、リアルですよね。

杏沙子:完全に実話です。私、好きな人に写真を撮られるのとか本当に苦手で。なんでもっとかわいい顔ができないんだろって思って、それで書きました。

ーーそこに共感する女性は多いと思う。

杏沙子:だといいですね。

これが私だって言えるアルバムを作れた 

ーー5曲目「見る目ないなぁ」は、これぞキラーチューン。「クレンジング」もそうだけど、杏沙子さんと同世代の女性の心に刺さりまくる曲だと思います。失恋してカラオケでこれを歌う女性がきっと増えるんじゃないかな。

杏沙子:号泣しながら歌ってほしいですね(笑)。

ーーどんなふうにできた曲なんですか?

杏沙子:実際に「見る目ないなぁ」って泣きながら家に帰ったときに出てきた言葉で、実話なんですけど。完全に彼のせいで別れることになったんだったらこの言葉は出てきてなくて、要するに自分にもどっか非があるというか、「なんで私ってこうなんだろ」って自分に呆れてる気持ちからこの言葉が出てきてると思うんですよ。だから、自分に呆れすぎて思わず笑っちゃうみたいな感覚もある。それで、悲しい気持ちの反面、逆に「曲にしてやるからな!」みたいな気持ちがそのときに生まれまして(笑)。

ーーこんな思いをしたんだから、せめて曲にしてやるぞと(笑)。

杏沙子:そう(笑)。でもそのときすぐには曲として完成させられなくて。そのまま書いたらちょっとぶっちゃけすぎかなって思って、しばらくそのままにしておいたんです。けど友達の恋愛話を聞いたり、失恋した先輩の話を聞いたりしているなかで、やっぱりみんな「あいつ最低だよ」とか言いながら自分のことも責めたり呆れてたりしていて、“あぁ、こういう気持ちになるのは私だけじゃないんだ”って思って、で、形にしました。

ーー6曲目は「outro」。宮川弾さんの手によるメロディと山本隆二さんのアレンジは魔法のようですね。映像喚起力がすごくあって。

杏沙子:「半透明のさよなら」でご一緒した宮川さんにメロディをいただいたんですけど、あの曲と一緒で、聴いたら映像が頭のなかに広がっていくんですよね。なので、「半透明のさよなら」と同じようにいただいたメロディから広がった映像を文字に落とし込んで作詞しました。ただ「半透明のさよなら」は映画を撮るような感覚で書いたんですけど、これは実際に自分が見た景色とそのときの気持ちを重ねて書いたんです。雨が降っていて、隣の部屋からピアノの音が聞こえていて……。始まりと、あと最後にも雨の音を入れたいってことは、自分から言いました。

ーー7曲目「交点」は唯一、幕須介人さんが作詞・作曲・編曲の全てを手掛けてます。

杏沙子:幕須さんの書く曲が私は本当に大好きで、今回も1曲書いていただきたいとお願いしたんです。どういう曲がほしいとか何もリクエストしないでお願いしたら、これが送られてきて……。

ーー決して明快なポップソングではなく、聴くときどきによってイメージが変化していきそうな奥行きと深みのある曲ですよね。どうして幕須さんはこの曲を杏沙子さんに歌わせたかったんでしょうね。

杏沙子:どうしてなんだろう……。「この曲を今歌えるのは杏沙子さんしかいない」って言ってくれたんですけど、それがどうしてなのか未だに私にはわからないんですよ。この曲が送られてきて聴いてとき、私に太刀打ちできるんだろうかって不安になったのを覚えてます。

ーーどう解釈してどう歌うべきか、時間をかけて探っていったんですか?

杏沙子:しばらくどういう曲なのかって自分なりにいろいろ考えてましたね。でもそんななかで幕須さんが「ある時期は一緒にいたりして同じ気持ちを共有していた人が、今はどこで何をしているかわからないってこと、あるよね」ってボソっと言って、あ、この曲のことを言ってるんだってハッとして。そのときに、曲の内容を説明するみたいに歌おうとするのは違うんだな、今の自分の歌いたいように歌えばいいんだなと思ったんですよ。で、実際レコーディングしてみて、これは完成のない曲だなとも思って。ライブを重ねたり、年齢を重ねるにつれて、歌い方も変わっていくんだろうなってすごい思ったんです。

ーー確かに。正解のない曲というか、そのときどきで正解が変わっていく。そのときどきの正解をずっと考え続けて歌っていけそうな曲ですよね。

杏沙子:そうですね。私自身がこの曲に育てられていくんだなって思いました。

ーーどこかコロナのこの世界に合う曲のようにも感じました。〈未来を思えば思うほど 時の流れが憎らしくなる〉とか〈大事にしてたはずだったものが いつの間にか淡く 遠ざかっていく〉とか。

杏沙子:ああ、そうですね。うん。そう思います。

ーー8曲目「東京一時停止ボタン」は、声のトーン含めてほかの曲と少し感触が違って聴こえました。

杏沙子:これだけずいぶん前に書いた曲なんですよ。2018年のデビュー前からあって、最初のレコーディングでこれとあと何曲かを録っていたんです。もともと親友が夢を諦めたことがきっかけで書いたんですけど、その頃はまだフィクションを書くのが好きで、これだけちょっとリアルすぎるかなってことで発表しないままとっておいて。で、今こそこの曲を出すモードだなと思ったので、今回のアルバムに入れました。

ーーここで描かれている東京は、〈好きだったものを見失わせる〉街であり、〈人の夢食って生きる街〉なわけですが、杏沙子さんにとっても東京はそういう街?

杏沙子:この歌詞は当時、親友が言っていた言葉を拾って、それを膨らませながら書いたんですけど、彼女にとってはまさにリアルな感情だったし、それが自分のことのように思えるときもあったりしましたね。必死で自分の夢とか輝けるものを守ってないと一瞬で奪い取られてしまう怖さのようなものを私も東京に感じてましたし。

ーー9曲目「ジェットコースター」はボーカルの爆発力がすごい。

杏沙子:今までで一番爆発してます。ふりきってますね(笑)。この曲も「東京一時停止ボタン」と一緒で、友人の話を書いたんですけど。実際その友人は彼に別れを告げられた日にジェットコースターに乗りに行ったんですよ。だから、作り物ではなく実際に存在した気持ちという意味においてはリアルな歌で、歌うときもその友達を自分に憑依させるようにして歌いました。ほぼ泣きながら歌ってましたね、本当に。

ーーそして10曲目が「ファーストフライト」。この曲は最後にもってこようと決めていたんですか?

杏沙子:やっぱり私の永遠のテーマ曲みたいなものだし、未来に向かってもっと飛ぶぞって自分を鼓舞する意味でも最後に入れたいっていうのがあって。

ーーなるほど。曲順も物語のように組まれてあって、アルバム1枚を通して聴いてこそ見えてくるものがある作りになってますね。

杏沙子:よかった! 「Look At Me!!」は絶対1曲目にしようって決めてましたし、ディレクターとそれぞれ曲順考えて、せーので出し合ったら、ほとんど一緒だったんですよ。

ーーこのアルバムが聴く人にとってどういうものになったら嬉しいですか?

杏沙子:ちっちゃい頃から人の顔色を窺って生きてきた人間としては、自分のなかの本当の気持ち、すっぴんの気持ちがどういうふうに受け入れられるのか、予想がつかなくてドキドキするところもあるんですけど、でも自分なりにけっこう挑戦したアルバムだし、これが私だって言えるアルバムを作れたと思っているので。ここにある私の本当の気持ちが、誰かにとっての本当の気持ちに重なったらいいし、誰かの曲になったら嬉しいし、聴いてくれる人ともっと近くなれたら嬉しい。『ノーメイク、ストーリー』が誰かの物語になっていったらいいなって思いますね。

ーー間違いなくなると思いますよ。それにライブ映えしそうな曲も多いので、まだ状況的に難しいとは思うけど、早くライブがやれるといいですね。

杏沙子:本当に今めっちゃ歌いたいんです。自粛期間に自分が何をどう歌っていきたいかハッキリしたので、なんの迷いもなくストレートに歌える気がするから。みんなに会えたら泣いちゃうかもなー。

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■リリース情報

『ノーメイク、ストーリー』
発売:2020年7月8日
通常盤 ¥3,000(税抜)
初回限定盤(2CD)¥4,000(税抜) / 特殊パッケージ
〈CD収録曲〉 ※初回限定盤・通常盤共通
1.Look At Me!!
2.こっちがいい
3.変身
4.クレンジング
5.見る目ないなぁ
6.outro
7.交点
8.東京一時停止ボタン
9.ジェットコースター
10.ファーストフライト
『ノーメイク、ストーリー』全10曲配信はこちら

〈初回限定盤 LIVE CD収録曲〉
(ワンマンライブ「あさこまとめ2019 ~まとめません~」2019.12.8 Veats Shibuya公演)
1.ファーストフライト
2.青春という名の季節
3.Look At Me!!
4.真っ赤なコート~toi toi toi
5.見る目ないなぁ
6.道
7.花火の魔法
8.あなたのことが好きだなんて言えないんです
9.こっちがいい

■2ndアルバム『ノーメイク、ストーリー』リリース記念
YouTubeライブ「杏沙子の部屋」
7月9日(木) 夜 ※詳細は後日発表
杏沙子公式YouTubeチャンネル

■ライブ情報
『杏沙子ワンマンライブ 「NO MAKE, LIVE」振替公演』
<東京>
9月27日(日)Veats Shibuya
9月23日(水)Music Club JANUS
※今後の状況を鑑みながら開催を検討

オフィシャルサイト

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