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『伝説のお母さん』なぜNHK「よるドラ」枠で放送? 企画の背景を制作統括に聞く

リアルサウンド

20/3/7(土) 8:00

 『ゾンビが来たから人生見つめ直した件』『腐女子、うっかりゲイに告る。』『だから私は推しました』など、「攻めてる」意欲作を連発してきたNHK土曜の「よるドラ」枠。そんな同枠が今クールで放送しているのが、前田敦子主演の『伝説のお母さん』(NHK総合)だ。

 メインスタッフには『腐女子、うっかりゲイに告る。』制作統括の篠原圭と企画・演出の上田明子(今作ではプロデューサー)、『ゾンビが来たから人生見つめ直した件』制作統括の松川博敬らが集結。同枠の歴代の“冒険者”たちが一堂に会する作品となっている。

【写真】『伝説のお母さん』最新話場面写真

 そもそもなぜこの作品を「よるドラ」枠で? 同作の篠原圭に聞いた。

「企画は、もともと演出の村橋直樹君がNHKエンタープライズに出向していた、2019年春頃に提出し、採択されたものです。『よるドラ』はもともと“オーダーメイド感”と“斬新さ”を大事にしていて、テレビを普段観ない層の人たちが『これは自分のことを描いた、自分のドラマだ』という感覚で観てほしい枠なんです。したがって、若者がいま本当に観たいもの、親や恋人に内緒ででも観たいと思えるものを探り、その本音まで掘り下げることを狙いとしています。そんな中、30代~40代と、NHKでは若手と言われる世代の村橋(直樹/演出)くんや上田さんが中心となり、RPGをやっていた世代に向けて、オーダーメイド感覚で作っています」(篠原、以下同)

 作品内には、『ドラゴンクエスト』を連想させる懐かしいドット絵のゲーム画面も登場する。これはゲーム業界に詳しく、ゲームクリエイターの側面もある映像ディレクター・映像作家の大月壮さんが一から手掛けたものだ。

 放送開始当初は、RPGの世界観を取り入れていることから、テレビ東京系の『勇者ヨシヒコ』シリーズと重ね合わせて観る人も少なくなかったが、ドラマの内容は大きく異なる。主人公は、かつて魔王を討伐した「伝説の魔法使い」で、現在は育児中の専業主婦。描かれるテーマは、子育てや結婚、人生設計、家庭などといったパーソナルな問題で、「待機児童」や「ワンオペ育児」などの社会問題である。

「世界観にはRPGの魔王討伐がありますが、その背景には彼らが『伝説の勇者』 とか『伝説の魔法使い』と呼ばれることや、魔王討伐自体に生きがいを感じているということがある。それぞれが生きがいを感じること、自分の居場所を探すところに、視聴者は自分を投影できるのだと思います。また、非現実的な仕事を登場人物に設定していることによって、『仕事にやりがいを感じている人が、それをできず、子育てに追われ、夫が全然協力してくれない』部分をいくらリアルにやっても、重くなりすぎず、どぎつくなりすぎない効果があると思うのです」

 「よるドラ」ではこれまでLGBTや地下アイドルとファンの関係性などを扱ってきたが、本作も時代にフィットしたテーマとなっている。もともと原作ありきだったのか、それともテーマありきだったのだろうか。

「かねもとさんの原作ありきで、なおかつ上田さんが出産したばかりの時期でもあって、子育て世代にリアルに響くということなどが決め手になりました。ただ、僕自身はゲームが全然わからないので、原作を読んだ時点ではイメージできなかったゲーム部分が、実写になったことでようやく理解できたくらいなんです(笑)。今の時代に、子育てや家庭の問題をRPGの世界観で描いた原作を選んだことは、ある種必然。私一人ではわからなかった部分もありましたが、そこは周りのスタッフたちの頑張りによって皆さんにお届けできる形になりました」

 まずキャスティングでぶつかった問題は、「魔王」をどうするかということ。原作の魔王はダースベーダーのような見た目だが、ドラマでは原作とはほど遠い大地真央が演じている。

「何人かビッグネームが候補として挙がり、なかには原作のイメージにピッタリだった人もいたんですが、はたして原作に近づけるのが良いのだろうか、と。そこで僕が以前、安達奈緒子さん初のNHKドラマ脚本『その男、意識高い系。』でご一緒させていただいた大地真央さんを提案したところ、スタッフ全員一致で賛成が得られました」

 現実にはあり得ないキャラだらけの中、篠原さんが特に絶賛するのは「勇者」役の大東駿介・「伝説の魔法使い」メイの夫「モブ」役の玉置玲央である。

「彼らはすごいですよ。芝居に全く隙がないんです。脚本は演劇界で活躍する玉田真也さん、大池容子さんのお二人に書いていただきました。もし小劇場で『伝説のお母さん』をやるなら玉田さんたちのいつも通りのテイストで良いんですが、本作はドラマですので大きく異なってきます。魔王討伐という壮大な目的や世界観が存在する中で、人間たちがちっちゃいことで悩んでいるので。そういう意味では、壮大なスケール感と、相反するちっちゃさとの両面を一瞬のスキも見せずに演じてくれたのが、大東さんと玉置さんでした。また、主演の前田敦子さんも、子育てのリアルさは実感としてわかるけど、職業としての魔法使いはわからない。その点、前田さんも相当スキなく演じてくれていますね」

 「よるドラ」ではこれまで、小劇場などで活躍する気鋭の脚本家たちが多く活躍してきた。とはいえ、本作はリアルな「育児あるある」が詰まった作品だけに、育児経験のあるベテラン脚本家に……という案はなかったのだろうか。

「実は僕も最初は、実際に子育てを経験している手練れの脚本家を想定していたんです。でも、そういった人が手掛けても、ありきたりな作品になってしまうのではないかと。そこで、企画者の村橋くんが推したのが、原作のかねもとさんの世界観が表現できる、庶民的で、今どきの若者のセリフ・会話が描ける玉田さんでした。玉田さんは若いし、子どももいないけど、子育てでぶつかる問題のリアリティの部分は、本打ち(台本の打ち合わせ)のときに育児中のプロデューサーの上田さんに聞いて進めていました。例えば、『モブが育児できないことをどう表現するか?』『タバコの吸い殻を放置とか』といった具合に、子育てのディテールや、母親の抱える葛藤などのあるある部分は上田さんのアイディアを玉田さんが取り入れ、チームプレイで描いています」

 若さゆえに結婚や子育ての現実が見えておらず、意見が二転三転するクウカイ(前原瑞樹)や、「結婚=子育て」を当然のように押し付ける風潮に抵抗を感じるポコ(片山友希)、仕事はできるが、子育てに葛藤もあるベラ(MEGUMI)など、性別や年齢、立場などによって異なる問題に直面する様は、実にリアルだ。

「ちなみに、勇者・マサムネ(大東)は、いまの社会で言うと、おそらく“デキる男”代表なんですよ。勇者の他に、仕事も持っていて、育児もしっかりやる。でも、デキる男って、テキトーにやっても成果が上がってしまうゆえに、他者の気持ちがわからなかったり、天狗になってしまったりする面もある。だからこそ、勇者がいち早く魔王に取り込まれてしまったりもする。『デキる人、すごい人であることって、そんなに重要なんだっけ?』と、ある種の共感を拒否するようなブラックな問いがあるのは、NHKらしくないかもしれません」

 ドラマを観るうちに、従来の価値観が揺さぶられてくることは多いが、その一つが「魔界」のあり方だ。ダメな国王が治めるメイたちの国よりも、魔王の支配する魔界のほうがはるかに子育て支援や福利厚生が充実していて、良い国に見えてくる。「魔界のほうが良いじゃん」「なんで魔界に行っちゃいけないんだっけ?」と思えてくるのだ。

「実は最後まで魔界のほうが良い世界なんです。でも、侵略はしてくるから、そこはダメなヤツばかりでも、やっぱり許せない。魔王の言うことは正しいし、そっちの世界のほうが優しい世界ではあるけど、でも、こうしたダメな人たちのダメなリアルのほうに愛着が湧く部分が今の日本にはあると思うんです」

 そしてもう一つ、子どもがいる世代にとってドキリとさせられたのは、第3話で描かれた、ベラの息子に向けられた人々の目線だ。

 ワーキングマザーで仕事を頑張る母に代わり、家のこと・自分のことを何でも一人でこなす、自立した息子・ベル。その姿を見たメイは「可哀相」と言い、遊びに連れて行ってあげようと画策するが……。はたして「自立した子ども」は可哀想なのか。子どもは子どもらしくないと、いけないのか。

「メイもまた発展途上で、言い分は正しいけど、ベルが本当に可哀想なのかはわからないし、そもそも可哀想じゃ駄目なんだっけ、という疑問もあります。それを不幸と思うかどうかは子ども次第のところもあるし、親の責任逃れのところだってあるし。何が正解なのかはわからないというところまで描いているんですよね」

 コメディで、ファンタジーで、RPGでありつつ、子どもを持っている人もいない人も、人生の根源的なテーマと向き合いながら考えさせられる本作。笑いながら深く考えて観てみたい。

(取材・文=田幸和歌子)

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