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植草信和 映画は本も面白い 

大林宣彦監督が最後に伝える“魂の一冊”ほか

毎月連載

第39回

20/4/25(土)

『最後の講義完全版・映画とは“フィロソフィー”』

『最後の講義完全版・映画とは“フィロソフィー”』(大林宜彦/主婦の友社・1,300円+税)

新型コロナウイルス蔓延で世界中が騒然としている最中の4月10日午後7時23分、大林宜彦監督が逝去した。享年82だった。

欧米ではウイルス感染を“第三次戦争”と位置付けたことで“戦争”という文字が飛び交う中での訃報は、『戦争三部作』を後期の代表作に持つ大林さんのメッセージと重なり合って、胸に重く深く突き刺ささるものがあった。その意味で、故人の最後の著書『最後の講義完全版・映画とは“フィロソフィー”』は、我々に宛てた文字通り大林さんの遺書、哲学書として読むべき本になった。

『最後の講義』は、知のスペシャリストたちが「もし今日が最後だったら何を語るのか」という問いを基に学生たちに講義をおこなったNHK BS1の番組。大林宜彦編(他に石黒浩、みうらじゅん、ランディ・バウシュ、西原理恵子、村山斉など)は2018年3月に、続いて3時間完全版が同年5月の深夜に放送された。本書は編集でカットされた未放送分を含めて再編集した書籍完全版ということになる。

「ご存知のかたも多いと思いますが、ぼくは2016年8月に肺がんの第4ステージで余命3カ月だと告知されました。それからずいぶん生きているので、余命は未然になっているわけです」という書き出しから始まる本書は、〈序章 映画とはフィロソフィーである/第1章 「あの時代」の映画に込められていたメッセージ/第2章 「平和孤児」にとっての戦争、「今の子どもたち」にとっての戦争/第3章 ネバーギブアップとハッピーエンド/第4章 自分に正直に生きるということ/第5章 映画がいらない時代がくるまでは…/終章 最後のメッセージ〉の全7章から成っている。

前半では、なぜ映画監督になったのか。小津監督や黒澤監督、国内外の映画監督と映画史に残る映画がいまなお伝えるもの。母が自分を殺して、自殺を図ろうとした戦時中の思い出。そこから生まれた平和への強い思いと映画愛について語り、こう結んでいる。

「〈戦争や病気ごときには殺されねえぞ。世界が平和になるまで生き抜いて、間違いなく平和にしてやるからな〉。ぼくがそう思っているように、みんなにもそういう覚悟を持ってほしい。それがぼくからのメッセージです」。

後半は学生との質疑応答になっている。

「技術の進歩は映画にどのような変化を与えるのか? 映画が娯楽として消費されるものになってしまう懸念はないか?」という最後の質問には以下のように答える。

「映画の技術は発展しています。[…]技術が進歩すれば映像はより華やかになり、よりエンタテインメント性が高いものになっていくのは当然です。フィロソフィーがしっかりしていて、そのフィロソフィーが間違いなく未来のために役立つと信じたうえでつくられた映画は、華やかで面白いものになります」と答え、こう結ぶ。

「戦争はいつでもすぐに始められるのに、平和をつくるのには400年くらいの時間がかかります。もしぼくに400歳という寿命があるなら、ぼくの映画で世界中を平和にしてみせますが、400年生きるのは現実として難しい。でも、ぼくが死んだあと続きをやってくれる人がいて、バトンタッチができるなら、いつかトータルで400年になります。そうすれば、皆さんの孫かひ孫が映画をつくっている頃には〈戦争って何のこと?〉と言われる時代にできるのです。映画にはそれくらいの力と美しさがあります。そのことを信じてください。それが、映画をつくろうという人間に求められる最低限の資格です」。

命がけで戦争と平和について、映画の力について語り、訴える大林監督の姿が、行間から浮かび上がってくる講義内容だ。かつて、こんなにも誠実に真摯に、青年に向かって映画について訴えた監督がいただろうか。そしてこんなにも熱量をもって映画の美と力について語った監督がいただろうか。

精魂がこもった、まさに〈魂の書〉と呼びたい一冊。心からご冥福をお祈りします。

『映画と演劇 ポスターデザインワークの50年/知られざる全仕事師の全仕事』(小笠原正勝著/誠文堂新光社・4,000円+税)

『映画と演劇 ポスターデザインワークの50年/知られざる全仕事師の全仕事』

1970年代のミニシアター・ブームを牽引したフランス映画社を訪ねたとき、デスクライトの下で黙々とポスター図案を作成している小笠原正勝氏の姿を目にしたことがある。同社が“BOW”シリーズを軌道に乗せはじめた1976年くらいのこと。

その小笠原氏が手掛けたポスター 約500点をジャンル、時代ごとに網羅し、映画ポスター作成にまつわる“エピソードとデータ”を収録したのが本書『映画と演劇 ポスターデザインワークの50年』だ。

氏が初めて手掛けたポスターは1970年の新藤兼人監督作品『裸の十九才』。以降50年間で映画392作品、演劇・舞台・コンサート80、これにブックデザイン、映画祭などを加えるとおよそ600タイトルくらいの作品を世に送り出してきたことになる。

その点数も膨大だが、作品的にも凄い。

ヴィスコンティ(『山猫』『家族の肖像』)、フェリーニ(『81/2』、ブニュエル(『皆殺しの天使』)、ゴダール(『勝手にしやがれ』『気狂いピエロ』)、ヴェンダース(『ベルリン・天使の詩』)、ジャームッシュ(『ストレンジャー・ザン・パラダイス』)、ホウ・シャオシェン(『悲情城市』)、チャン・イーモウ(『紅夢』)、市川崑(『股旅』)、鈴木清順(『ツィゴイネルワイゼン』)といった超一流の監督による作品のポスターを手掛けているのだ。

映画ポスターには作成者の署名がないのでその名が世に出ることはないが、列記したタイトルからも小笠原氏が日本における映画ポスターデザインの第一人者であることが分かる。

氏が〈紙の映画館〉というポスター創作を始めた1970年から現代に至るまでの映画史を、ヴィジュアルで鳥瞰できるのが本書の素晴らしさだ。

しばらく映画館で映画を観ることができないのだから、今夜はグラスを傾けつつ〈紙の映画館〉で映画史とそのポスターの変遷を学び、楽しみたい。

プロフィール

植草信和(うえくさ・のぶかず)

1949年、千葉県市川市生まれ。フリー編集者。キネマ旬報社に入社し、1991年に同誌編集長。退社後2006年、映画製作・配給会社「太秦株式会社」設立。現在は非常勤顧問。著書『証言 日中映画興亡史』(共著)、編著は多数。

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