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『THE GUILTY/ギルティ』が問う、ワンシチュエーションの真価 観客の想像力を刺激する逸品に

リアルサウンド

19/3/7(木) 10:00

 暗闇のスクリーンに、男の横顔が映し出される。耳をつんざくコール音が突如として鳴り響くと、男は慣れたようにヘッドセットを装着する。緊急通報指令室のアスガー・ホルム(ヤコブ・セーダーグレン)は“ある事件”を境に、一線を退いた警察官だ。いまでは緊急ダイヤルのオペレーターとして、市民からの通報に日々対応している。ドラッグ中毒者の哀れな叫びや、窃盗被害者の悲痛な助け、些細な通報のコール音が途切れなく響き渡る。

 監督グスタフ・モーラーの劇場用長編デビューとなる『THE GUILTY/ギルティ』は、“電話の向こうの声と音だけを頼りに、誘拐事件の解決に挑む”という斬新なアイデアを映像化した、デンマーク発の意欲作だ。わたしたち観客は電話口の“音”を聞いて、電話の向こうはどういう状況なのか、一体なにが起きているのかと、少しずつイメージを膨らませていく。この映画ではスクリーンに映し出される“画”を凌ぐほどに、“音”が重要な位置を占めている。いうなれば、これは“目で観る映画”ではなく、“耳で観る映画”というわけだ。

 監督グスタフ・モーラーの「音声というのは、誰一人として同じイメージを思い浮かべることがない」との弁は、まさしくその通りである。この映画では、観客の数だけさまざまなシーケンスが描出されていくのだ。その点は、文字で構成される文学作品と一部通ずる部分があるだろう。僅かな“音”を聞き、事件を解決に導くというが、はたしてその誘拐事件とはどういった内容なのか。二転三転する、至妙のストーリーテリングこそ、本作が世界中の映画賞を席巻した理由ではないか。

 緊急通報指令室のアスガーは、一本の通報を受ける。電話の向こうには、鬼気迫る声の女性。アスガーは状況を聞き出そうとするが、どうも話が噛み合わない。アスガーの机のモニターには、通報相手の氏名、住所、犯罪歴といった個人情報の詳細が一覧として表示されている。デンマークでは緊急ダイヤルに通報すると、警察側にこうした個人データが送信される仕組みなのだろう。この映画では、デンマークの情報監視システムにも驚かされることになる。

 画面に映った情報を見て、相手の名前はイーベンだと分かる。緊急ダイヤルに通報してきたイーベンは、今まさに誘拐されているという。犯人に悟られないように、子どもに掛けるふりをしながら、だ。どうりで話が噛み合わないわけだ。

 話を進めると、誘拐犯は夫のミケルだと分かった。電話の向こうの“音”を聞くと、なにやら不安定な重低音が聞こえる。どうやら車の走行音のようだ。さらに耳をすますと、ポツポツと何かが当たる音と、キーキーと規則的な高音が聞こえてくる。おそらく、車体に雨粒が当たる音と、ワイパーの動作音だろう。イーベンは車内で監禁され、雨が降る道路をどこかに向かって進んでいるに違いない……。という具合に、わたしたちは頭の中でイメージを膨らませていく。同時にわたしたち観客は、アスガーと同じ目線で事件の顛末を追うことになる。事件を解決すべく、アスガーはオペレーターとしての立場を超えて、行動に出るのだ。

 被害者と加害者の関係性が自然と頭に刷り込まれる。それが紛れもない事実であるかのように映画は進むが、中盤で明かされるのは、予想の半歩先を行く真実。ミスリードを誘う脚本、ストーリーテリングには驚嘆を禁じ得ないだろう。同時に、アスガーの身に起きた過去の“ある事件”が次第に明るみに出る。その事件の一端が、イーベンの物語とうまく絡み合う点は秀逸だ。

 さて、この映画を語る上で、“音”はなにより特筆すべき要素だが、あえてこの映画では“画”にも注視してほしい。主人公アスガーの一人芝居ともいえる本作。映画は、全編ほぼアスガーだけを映し出す。そんなアスガーは、質素な緊急通報指令室の中で、時には部屋の中で席を移動しつつ誘拐事件の解決に臨む。一歩も外には出ない。いわば密室劇だ。こうした密室空間の中でのカメラワークというのは、一歩間違えると映画として成立しなくなる。とくに本作の場合は、アスガーの毛穴のひとつひとつが分かるほど、極限まで被写体に近づく描写が多い。ゆえに“音”が主体という本作では、逆に“画作り”が最も重要で、手抜かりが許されない要素となっている。

 同じ空間、同じ人物を88分間、淡々と映し出す本作は、撮影の手腕がダイレクトに試される。明暗のコントラストを駆使したライティング技術と、固定カメラによる鮮明な映像。さまざまな視点からの画作りと、観客を飽きさせないためのきめ細かな工夫が随所に散見される。

 さて、スクリーンには、通報を受けるアスガーの表情が、ただ延々と映し出される。通話が切れたかと思えば、リダイヤルし、また通話が始まる。その繰り返し。画面上にはアスガーただひとり。共演する相手は電話の向こうだ。こうしたワンシチュエーションの映画には、過去にどんな名作があっただろうか。ダンカン・ジョーンズ監督の『月に囚われた男』(2009)では、月面基地という地球から遠く離れた空間で、主演のサム・ロックウェルが一人二役の好演ぶりを発揮した。『フリー・ファイヤー』(2016)では、登場キャラクターこそ多いものの、ボストン郊外の倉庫内という限られた空間で、ギャングによるトリガーハッピーな銃撃戦を終始90分間にわたって描いている。

 ワンシチュエーション映画の大きな利点として、製作費の安さが挙げられる。大抵の場合はキャストが少ない上に、ロケーションもひとつの場所に限られるため、安く済む。なにしろ名作が多い、魅力的なジャンルと言えるだろう。こうしたワンシチュエーション映画の名作リストに、『THE GUILTY/ギルティ』が加わったことこそ、大きな事件ではないだろうか。(文=Hayato Otsuki)

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