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中川右介のきのうのエンタメ、あしたの古典

『古典』が現代のエンタメとなる

毎月連載

第1回

18/7/12(木)

『ミス・シャーロック/Miss Sherlock』 (C)2018 HJ HOLDINGS, INC & HBO PACIFIC PARTNERS, V.O.F

 4月-6月期の連続ドラマもそれぞれ最終回を迎えた。すべてを観ているわけではないが、今期のベストスリーを挙げれば、Huluで配信されている『ミス・シャーロック』と、フジ『モンテ・クリスト伯』、TBS『ブラックペアン』となる。

 カタカナのタイトルばかりになったのは偶然だが、もうひとつ共通するのが、古典をベースにしていることだ。『ブラックペアン』は海堂尊の2007年に書かれた小説が原作だが、ドラマ版は山崎豊子の『白い巨塔』がベースにあるのは、両作を知っていれば分かる。

 ドイルのホームズ・シリーズもデュマの『モンテ・クリスト伯』も通俗小説として扱われている。日本でいう「純文学」はなく「大衆文学」で、英文学史や仏文学史では、せいぜい「当時人気のあった作品」として紹介されるだけで、まともに論じられることはない。『白い巨塔』をはじめとする山崎豊子作品も、日本文学史では脇に置かれる。

 一般に、大衆小説、あるいは通俗小説は「時代」とともにあり、時代の空気が変われば読まれなくなり、それに対して純文学は普遍的で時代を越えて読まれる――こう思われていた。だが優れた「通俗」は、時代が変わろうとも、表面的な設定さえアレンジすれば、「いまの物語」として充分に通用する。

 映画でも、20世紀の終わりあたりから、リメイク、リブートが目立つようになっている。これを企画の貧困とか、近頃の映画作家はオリジナリティがないと批判するのは簡単だが、リメイクやリブートは、オリジナルと比較されるので、かえって難しい面もあるのだ。それに挑戦する作り手を、とりあえずは評価したい。

ありえない設定の主人公に
美貌の俳優がリアリティを持たせる奇跡

 シャーロック・ホームズのドラマ化では、近年では英国BBCのベネディクト・カンバーバッチ主演の『シャーロック』がある。『ミス・シャーロック』が『シャーロック』の成功を受けて、つまり意識して作られているのは間違いない。オリジナルのホームズと『シャーロック』との関係は、時代設定を19世紀後半から21世紀の現代に移したという、垂直移動にあるが、『ミス・シャーロック』は、加えて、イギリスから日本へという平行移動もあり、さらに、ホームズとワトソンを女性にするという、性転換もなされている。

「ホームズが女性だったら」が企画の出発点だろう。『シャーロック』を真似して、「現代の日本にホームズがいたら」という設定で考えたとしたら、シリアスなドラマにするにはかなり無理があるが、女性版ホームズ、すなわちミス・シャーロックにしたことで、その違和感がなくなるのが、不思議だ。

 竹内結子のシャーロックは、他に誰ができるだろうと思う名演である。現実にはありえないキャラクターを、見事に生身の人間として表現できていた。「美貌」という非現実が、非現実的キャラクターをリアルにさせることが、ごくたまにあるが、その奇跡のひとつだ。

 フジテレビの名門「木10」枠の『モンテ・クリスト伯』も、紹介記事を読んだときは、デュマの原作のストーリーを現代日本に移すなんて無理だとたかをくくり、「まあお手並み拝見」と思って見たら、意外や、キャラクターもストーリーも見事に原作通りで、それなのに不自然ではなかった。ありえない設定の主人公を演じたディーン・フジオカは「これは演技である」と開き直ることで、「完璧な嘘」こそリアリティがあると提示した。

 この2作は、日本のドラマ・映画に、まだまだ無限の可能性のあることを示している。「古典的大衆小説」が持つ強靭な骨格のストーリーは、時代設定や国や、あるいは性別を変えても、「面白い」と証明された。コミックのドラマ化もいいが、19世紀、あるいは18世紀の大衆小説こそ、原作の宝庫なのだ。

『ミス・シャーロック/Miss Sherlock』(C)2018 HJ HOLDINGS, INC & HBO PACIFIC PARTNERS, V.O.F

『白い巨塔』を乗り越えるのではなく
模倣したから新しい

 半世紀前のベストセラー『白い巨塔』も「古典」のひとつだ。ドラマ『ブラックペアン』は、その現代版である。『ブラックペアン』はドラマと原作の小説はだいぶ違うのだが、ここではドラマ版について書く。

 『白い巨塔』は大学医学部の教授戦と学術会議の会員選挙と、医療過誤をめぐる裁判とが並行して描かれ、最後に主人公の財前五郎がガンで亡くなる。半世紀前まで、小説や映画の医師は「いいひと」だったのに、大学医学部の教授たちは野心家で、権力闘争ばかりしていることが描かれ、衝撃だった。

 『ブラックペアン』でも、外科学会の理事長選挙と、裁判にはなっていないが過去の医療過誤事件がストーリーの中心にあり、内野聖陽演じる教授は病を抱えている。こう書いたからと、『ブラックペアン』が『白い巨塔』をパクっていると批判しているのではない。

 大学医学部の野心的な医師たちを描くドラマは、どうやっても『白い巨塔』的にならざるを得ないのだ。『白い巨塔』を超えようとか違うものにしようとして、小細工を弄さないほうがいい。ドラマ『ブラックペアン』は、『白い巨塔』のバリエーションであると開き直り、堂々と模倣したことで、見応えのあるドラマになった。

 二宮和也が演じる天才外科医は、原作では脇役だが、「野心のない財前」とすることで、主人公になった。これは新しい。そしてこのドラマでの二宮も「演技することでのリアリティ」を提示し、アイドルを脱している。

 最近の日本映画で評判のいいものは、普通の庶民あるいは異常な庶民の日常を描くものが多く、悪いとは言わないが、どうもチマチマしている。日常を描くものだったテレビドラマのほうが骨太なのは、どういうことなのだろう。

作品情報

『ミス・シャーロック/Miss Sherlock』

Hulu×HBO Asiaによる共同製作ドラマ。2018年4月27日(金)から配信、世界19カ国で同日放送された。竹内結子演ずるシャーロックは、イギリス生まれの帰国子女で捜査コンサルタント。相棒の“和都さん”役は貫地谷しほり。

『モンテ・クリスト伯 ―華麗なる復讐―』

アレクサンドル・デュマの『モンテ・クリスト伯(巌窟王)』を大胆に翻案しドラマ化。2018年4月からフジテレビ「木曜劇場」枠でオンエアされた。復讐に燃える主人公に連続ドラマ単独初主演のディーン・フジオカ。他に大倉忠義、山本美月、新井浩文、高橋克典らが出演。

『ブラックペアン』

TBS日曜劇場に二宮和也が初主演。2018年4月から放送された。原作はシリーズ150万部を超えたという海堂尊の同名小説。二宮は天才的な技術を持つ外科医だが、出世欲がなく、一匹オオカミの医局員という設定。

プロフィール

中川右介(なかがわ・ゆうすけ)

中川右介(なかがわ・ゆうすけ) 1960年東京生まれ。早稲田大学第二文学部卒業後、出版社アルファベータを創立。クラシック、映画、文学者の評伝を出版。現在は文筆業。映画、歌舞伎、ポップスに関する著書多数。近著に『海老蔵を見る、歌舞伎を見る』(毎日新聞出版)、『世界を動かした「偽書」の歴史』(ベストセラーズ)など。

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