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日本だけでなく中国の巨大マーケットでも大ヒット 『グリーンブック』はどうしてウケたのか?

リアルサウンド

19/3/7(木) 15:00

 先週末の映画動員ランキングは『映画ドラえもん のび太の月面探査記』が土日2日間で動員58万6000人、興収6億9600万円をあげて初登場1位に。初日から3日間の累計では動員64万5000人、興収7億5700万円。現時点で今年最大のロケットスタートであることは言うまでもないが、気になる点も。土日2日間の初動成績は、昨年3月に公開された前作『映画ドラえもん のび太の宝島』の約17%ダウン。初日から3日間の興収7億5700万円(東宝が全配給作品を金曜日公開としたのは昨年4月から。つまり、昨年の『ドラえもん』はまだ土曜日公開だった)と昨年の初日から2日間の成績を比べても約10%ダウンと、明確な下降傾向が表れているのだ。昨年の『映画ドラえもん のび太の宝島』はシリーズ最高成績を更新した作品なので比較対象として強敵すぎるのかもしれないが、少なくとも『ドラえもん』のような作品の場合、公開を金曜日にしてもそこで積み上がる数字はそれほど大きくないことがわかる。

参考:『グリーンブック』が作品賞受賞! 第91回アカデミー賞は“変化へのためらい”を象徴する結果に?

 『翔んで埼玉』は前週の1位から2位にランクダウン。しかし、土日2日間の動員20万5000人、興収2億8100万円という数字は、いずれも前週を上回る成績。初週は埼玉県内での異常な動員が話題となったが、その人気は日本全国へと広がりつつあり、2019年序盤の映画興行の「台風の目」と呼べる作品になったと言っていいだろう。

 そんな強力な2作品に続いて、3位には『グリーンブック』が初登場。配給のギャガは2年前にもアカデミー賞関連作品『ラ・ラ・ランド』(作品賞は逃したものの監督賞、主演女優賞など最多6部門受賞)を絶妙なタイミングで公開して日本でも大ヒットに導いたが、今年のアカデミー賞で作品賞を獲得した『グリーンブック』も、授賞式から4日後というベストの日程で日本公開のスケジュールを組んでいた。もちろん、実際に賞を受賞するかどうかは事前にはわからないわけだから(『グリーンブック』は作品賞有力候補の一つに過ぎなかった)、その賭けに勝ったということだ。

 それにしても、舞台設定は1960年代のアメリカ、主人公はイタリア系のガサツな運転手と黒人の天才ピアニスト、テーマは人種差別問題というその作品の性質を考えると、『グリーンブック』の初動3日間の動員23万4000人、興収2億9000万円という結果は快挙と言うしかない。ウィークデイに入ってからも連日1位の座を『翔んで埼玉』と争うという健闘ぶり(平日は両作品とも『映画ドラえもん のび太の月面探査記』を大きく引き離している)。白人の監督による60年代アメリカの人種差別問題を描いた作品としては、2年前にアカデミー賞で作品賞にノミネートされた『ドリーム』が記憶に新しいが、こちらの初動は『グリーンブック』の約5分の1。『ドリーム』は本国から9か月以上遅れての公開という今どきのハリウッド・メジャー作品としては珍しいほどのひどい扱いを受けた作品(それでも黒人が主人公の作品は日本で劇場公開されるだけマシという現実もあるが)だったが、とはいえ『グリーンブック』はアカデミー賞効果と公開タイミングだけが理由とは思えないほどの規模でヒットしている。

 興味深いのは、『グリーンブック』が、日本と同日の3月1日に公開された中国でも、同傾向の作品としては前例のないようなヒットを記録していることだ。初登場3位という順位こそ日本と同じだが、週末だけで17,000万ドル(約19億円)の興収をあげたというから、そのマーケットの大きさには改めて驚かされる。早速アメリカの映画メディアでは「『トランスフォーマー』シリーズや『ワイルド・スピード』シリーズみたいな作品ばかり当たる中国で一体何が起こっているのか?」といった分析(それこそ差別的な態度だが)がされているが、もしかしたらそのヒットの構造は日本と同じかもしれない。

 つまり、国内では深刻な人種差別問題に日常的に向き合うことの少ない日本や中国の観客(言うまでもなく、両国とも民族差別などの問題は大いに抱えているが)にとって、『グリーンブック』はもしかしたらアメリカやヨーロッパの観客以上に、コメディ・テイストのウェルメイドで感動的なハリウッド映画として純粋に楽しめる作品として興味を引いたのではないかということ。そして、実際にその仕上がりもまさに「コメディ・テイストのウェルメイドで感動的なハリウッド映画」の鏡のような作品の『グリーンブック』は、ここからさらにその評判を広げていくことになるだろう。

 アメリカ国内ではアカデミー賞での作品賞受賞を機に、『グリーンブック』はホワイト・スプレイニング(差別をしてきた側の白人が偉そうに人種差別について説教しているような作品)であるとする批判がにわかに巻き起こっているが、そうした複雑な歴史を背景とする文化的衝突とは無縁の国だからこそ、誰もが純粋に一つの映画作品として楽しむことができるのであれば、それはもちろん悪いことではない。また、その成り立ちはともあれ、『グリーンブック』という作品が観客の意識に与える影響は、人種差別撤廃においてプラスになることはあれど、何らマイナスになるような要素はない。ポリティカルな題材をポリティカルに語る作品の価値はもちろんあるとして、それをエンターテインメントとして提示することの足を引っ張るようなことは、時代を逆行させるだけだろう。これまで「黒人差別の問題を扱った映画はヒットしない」と思われてきた日本や中国の観客の好リアクションが、それを何よりも証明している。(宇野維正)

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