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Netflix韓国で連日1位の『賢い医師生活』 異例づくしの人気ドラマが行った“新しい試み”とは?

リアルサウンド

20/6/29(月) 10:00

 今、日本では何度目かの韓国ドラマブームが訪れているが、韓国の映像業界も劇的な変化の時を迎えている。その最先端を走っていたのが、6月からNetflixで全12話が配信中の『賢い医師生活』だ。99年に医大に入学し医師生活10年目を迎えた現在40歳の男女5人の仲間の物語で、韓国では3月12日から5月29日まで有料チャンネルtvNで放送、その日のうちにNetflixでも配信された。放送開始から絶大な支持を得て、最高視聴率は14%でケーブルテレビ放送作品の歴代9位を記録している。Netflixが2月から公表しているランキングでも常に上位をキープし、映像作品ランキング集計サイト「Flix Patrol」によると、同サイトでの集計が始まった4月5日から6月中旬まで韓国のNetflixで1位を明け渡したのはわずか20日あまりで、世界ランキングの累計でもテレビシリーズの25位につけている。

参考:『パラサイト』以降の韓国ドラマの力量がわかる 韓流ファン以外もハマる『愛の不時着』

 特に台湾、シンガポールといった東南アジアでの人気が高く、日本でもランキング入りしていた。ちなみにこのサイトを見ると、『愛の不時着』と『梨泰院クラス』は日本での人気が飛び抜けて高いことがわかる。

 全12話からなる『賢い医師生活』は、韓国ドラマファンの間では有名な人気作品『応答せよ1997』(2012年)、『応答せよ1994』(2013年)、『応答せよ1988』(2015年)の3部作と『刑務所のルールブック』(2017年)を制作した脚本家のイ・ウジョンとプロデューサー/演出のシン・ウォンホのコンビによる最新作。もともとはバラエティ出身だが、『応答せよ』シリーズでその時代の流行や風俗を取り入れながら笑いと人情味あふれる群像劇を描くスタイルが評価され人気映像作家となった。2017年の『刑務所のルールブック』(Netflixで独占配信中)では、過剰防衛で有罪となった野球選手が塀の中で知り合う個性的な人々とのふれあいを描いている。 

 『賢い医師生活』には、韓国の映像業界に挑戦するいくつもの新しい試みがあった。日本や米国のドラマは当然のように1週間に1話の放送だが、実は韓国ドラマは週2話放送。月火、水木、週末というように連続した2日間に渡って放送される。その理由には諸説あるが、週に2夜連続で放送することにより、視聴者の興味を惹きつけ続けるためらしい。制作現場ではスタッフの疲弊と高騰する制作費が長年の課題となっていた。そこでシン・ウォンホ氏は現在の放送体制に疑問を呈し、今作は週1回木曜日のみ放送の契約を取り付けた。その上、1クール完結ではなく、好評を得れば次のシーズンも継続する「シーズン制」を取り入れ、主演の5人の俳優とは複数シーズンの契約を結んだ。この試みは韓国内でも賛否があり、視聴習慣に抗うことを不安視する声が多かったという。シン氏は放送終了後のインタビューで、「新しい放送スケジュールに合わせ、物語構成も(全話を貫く)大きなプロットラインではなく、小さな物語の積み重ねとした。このドラマは私たちにとっても大きな挑戦で、(新しいエピソードを)1週間待ってくれた視聴者に感謝しています」と述べている。

 韓国では、ポン・ジュノ監督が『パラサイト 半地下の家族』(2019年)制作時に、法定労働時間である40時間に超過労働時間上限の12時間を加えた「週52時間労働」と最低賃金の引き上げを映像業界にも取り入れた。この規定を遵守すると、徹夜続きで週2話分のドラマを撮影することは不可能になる。そのためにも週1話体制に変えること、キャスト・スタッフと長期契約を結び放送開始前にある程度は撮り終えていることが好ましい。脚本家のイ氏と演出家のシン氏は『賢い医師生活』を4年前から準備し、医療関係者への徹底的な取材のもと脚本を作り上げたという。

 キャスティングの面でも大きな挑戦がある。『賢い医師生活』は、肝胆膵外科医イクジュン(チョ・ジョンソク)、小児外科医ジョンウォン(ユ・ヨンソク)、胸部外科医ジュンワン(チョン・ギョンホ)、産婦人科医ソクヒョン(キム・デミョン)、脳神経外科医ソンファ(チョン・ミド)の医大時代からの友人5人が揃って同じ病院で働くことになったところから始まる。チョン・ギョンホ以外の4人はミュージカル出身で、紅一点のチョン・ミドは映像作品2作目で主役に抜擢された。5人は学生時代バンドを組んでいた設定で、卒業以来再度バンド活動を始めるストーリーのため、撮影開始の半年前から楽器の練習を始め、まずはバンドを組むことで5人の関係性を作っていった。全員が楽器の特訓を継続中で、放送終了後の6月4日にはファン感謝企画でオンライン・ライブも行っている。

 ドラマ内で毎週バンドが練習する楽曲として90年代のヒット曲をカバーし、イクジュン役のチョ・ジョンソクが歌った「Aloha」は韓国音楽チャートの1位を記録、YouTubeの再生回数は1100万回に届く勢いだ。

 彼らのバンド名「ミドとパラソル」の楽曲もヒットチャートを駆け上がった。すでにムーブメントというより一つのジャンルとして定着したシティ・ポップやニュートロの流れをくむ楽曲はドラマの内容ともシンクロし、サントラもヒットしている。キャストたちはドラマ撮影の上にバンドの練習もし、毎週1曲新曲を披露するという偉業をやってのけた。バンド演奏部分は半ばドキュメンタリーの要素もあり、ドラマ内での人間関係がそのエピソードのテーマ曲となって5人の間に確かな友情が存在していることが視聴者にも伝わってきた。バンド結成と楽曲のシンクロは、「1週間1話」の新しいスタイルを定着させる大きな助けとなった。

 『賢い医師生活』は、北朝鮮に不時着するような物語や壮大な歴史もの、ドロドロ恋愛劇と比べると薄味の日常系ドラマだ。シン氏が言うように、1クールで起承転結を描くのではなく複数シーズンありきで物語を進めるには、1話1話の精度を高めなくてはならない。イ・ウジョン氏の脚本には全話を通じて小さな伏線がたくさん張られ、初見で全体像を掴んだ後にもう1周目2周目と見返すと、セリフの一つ一つや表情、仕草や視線の先にもヒントがあることがわかってくる。5人のケミストリーはバンド活動が功を奏し、バンドマスターであるイクジュンによって見事に醸成されている。主演俳優たちは、「ドラマを通じて僕らを友達のように感じてもらえたら嬉しい」と語っていたが、誰もがこんな友達が欲しいと思うだろうし、こんな医者が実際にいるといいと願っただろう。ドラマのコピーにもなっている「平凡な私たちの特別な毎日」は、医者として職業に向き合う当然の日常と、腹心の友と過ごす特別な日々を表している。ドラマのトーンは米ドラマの『THIS IS US』(2016年~)に近く、20年ぶりにバンドを組むために再集結し懐かしい楽曲を演奏するのは『サニー 永遠の仲間たち』(2011年)、現在の関係性に静かな波風を立てる成就しなかった恋の苦さは、『建築学概論』(2012年)を想起させる。偶然にも主演のうち2人、チョ・ジョンソクとユ・ヨンソクは『建築学概論』に出演している。

 シン氏は、連続ドラマにおけるステレオタイプな物語構成を疑い、医師の日常を丁寧に描き、彼らが本当に存在しているような鑑賞後感を残した。40代の彼らはすでに社会経験を積みそれなりの地位を得て、レジデントやインターンを指導する立場だ。シン氏は「医師生活の7割を診察や手術など病院における日常、残りの3割を友情や趣味のバンド活動や恋愛に割いた。学生時代から20年も経てばこのくらいの割合だろう。40代の恋愛には一目惚れも、日常を見失うほど情愛に突っ走ることもない。韓国ドラマで描かれるよくある恋愛模様に疑問を呈したのが企画の始まりだった」と語っている。医療ドラマにありがちなカリスマゴッドハンド医師や『白い巨塔』ばりの権力抗争も出てこない。週1話放送とシーズン制のドラマを制作する上で『応答せよ』シリーズからの監督脚本家コンビが目指したのは“シンパシー(感情移入)”だと言う。主演の5人だけでなく、たった5分しか登場しないような人物にもリアリティを持たせ、視聴者の身近に存在するような感覚を与える。ドラマの中で、ひとりの看護師が「私たちも手術着を脱げば患者や家族になる」と言うなにげないシーンに、彼らが語ろうとしているテーマがあるような気がした。医師も俳優も職業を離れれば一人の人間として生活し、日々の気づきをもとに変化し続けている。全ての人生は尊く、微々たる成長こそがドラマなのだ、と。また、物語の中で肝胆膵外科医のイクジュンはコミュニケーション力も高く天才外科医と呼ばれているが、ある出来事がきっかけで「世の中や人のことを知った気になってた」と自省する。イクジュンを演じたチョン・ジョンソクは舞台出身の身体性を活かし、どんなシーンでもテイクごとに異なる解釈の演技に挑戦していたそうだ。彼の演技は、シン氏が演出や役者に対し無意識に抱いていたステレオタイプを覆し、自分たちがやろうとしていることが間違っていないと自信を持つきっかけになったと言う。

 放送開始の3月は、世界中で新型コロナウイルスの猛威が広がり、医療現場は多忙と混乱の中にあった。フィクションとはいえ、患者ひとりひとりに真摯に接する医師たちの生活を疑似体験することで、パンデミックに怯える日々の安らぎとなった。ドラマ内の時計は2019年12月24日で終わっているが、2021年放送予定のシーズン2では、2020年を語る上で無視することのできない未曾有のパンデミックをどう扱うのだろうか。1週間に1話のお楽しみで耐久性を鍛えられた視聴者は、来年の放送までに張りめぐらされた伏線を回収し、韓国ポップスの名盤としても優れたサントラを聴きながら来年の放送を心待ちにすることだろう。(平井伊都子)

参考:
・http://www.koreaherald.com/view.php?ud=20200610000654
・https://www.soompi.com/article/1405541wpp/hospital-playlist-pd-praises-main-cast-explains-confusion-behind-jo-jung-suk-and-jeon-mi-dos-love-line-and-more
・http://english.hani.co.kr/arti/english_edition/e_entertainment/895674.html

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