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野木亜紀子の作品はなぜ今求められる? 『逃げ恥』『アンナチュラル』などから紐解くその真髄

リアルサウンド

20/4/17(金) 6:00

 新型コロナウイルスの影響で、4月ドラマの放送開始が次々と延期になっている。テレビをつければ心が重くなるような報道が続き、SNSをのぞけば飛び交う刃のような言葉でうっかり傷つくことも……。厳しい現実を生きる私たちに、エンタメがどれほど救いになっていたのかを痛感する毎日だ。

【写真】『逃げ恥』新垣結衣と星野源

 金曜ドラマ『MIU404』(TBS系)もスタートまで、今しばらく時間がかかりそうだ。本作は、星野源×綾野剛をダブル主演に迎え、脚本家・野木亜紀子が描く1話完結のオリジナルストーリー。制作発表されるやいなや、多くのファンから期待の声が上がった。魅力的なキャストに心が躍るのはもちろんだが、これほど注目が集まったのは脚本家・野木亜紀子の存在が大きい。なぜ今、彼女の作品が求められているのか。過去の名作を振り返りながら、野木亜紀子作品の真髄を探りたい。

■“人”が演じる意味を創る脚本

 野木といえば、原作を尊重した実写化ドラマで多くのヒットを生み出してきた。『主に泣いてます』(フジテレビ系)、『空飛ぶ広報室』(TBS系)、『掟上今日子の備忘録』(日本テレビ系)、『重版出来!』(TBS系)……なかでも、彼女の知名度を高めたのは『逃げるは恥だが役に立つ』(TBS系/以下、『逃げ恥』)だろう。

 真面目で人当たりがよいにも関わらず就職がうまくいかず、派遣切りにあった主人公・みくり(新垣結衣)は、家事代行サービスの延長線上、つまり「就職としての結婚」を思いつく。雇用主(=夫)となる平匡(星野源)は、年齢=彼女いない歴の“プロの独身“。夫婦を装いながら、本物の愛が生まれていくさまを描く。そこに、高齢処女であるみくりの伯母・百合(石田ゆり子)、カンが鋭いゲイの沼田(古田新太)、結婚に夢を見ないハイスペックイケメンの風見(大谷亮平)など、実に個性豊かなキャラクターが登場した。多様性のある社会の理想郷を見るような心温まるエンディングで、多くの“ロス“を生んだ作品。

 「キャラクター全員に平等な愛を持ってくださいます。みんな愛せるキャラクターですし、応援したくなるようなキャラクター。すごく現実的で、綺麗すぎない人間らしいキャラクターだけど、そこには程よいフィクションもあって、現実の私たちも希望が持てる」とは、主演を務めた新垣結衣の野木の脚本に対するコメントだ(引用:https://www.tbs.co.jp/NIGEHAJI_tbs/interview/)。漫画や小説で描かれたキャラクターに、愛情を持って“人間味“が与えられる。それが野木作品の大きな特徴ではないだろうか。

 野木は、かつてインタビューで「一番好きだったのは『(天才・たけしの)元気が出るテレビ!!』かもしれない。その後の『進め!電波少年』も、『進ぬ!(電波少年)』になっても見てました」「いわゆるバラエティーとはちょっと違う、半ドキュメンタリー感が当時新鮮だったのかな」と語っている(引用:https://bunshun.jp/articles/-/1885)。日本映画学校を卒業した後には、ドキュメンタリー制作に従事したという。

 つまり、野木亜紀子ドラマの根底には、社会を見つめる「ドキュメンタリー」がある。多くの人を見てきたことで培われた、「こういう人いるいる」という感覚。それが原作で語られていなかった行間の膨らみにつながる。先のインタビューでは、実際に『逃げ恥』の百合が会社で働くエピソードは原作にはなかった部分。女性の生き方を語る上で、そのバックボーンを見せる必要があると考えてのことだったという。

 原作の中にある哲学を貫きながら、現実を生きる人の“リアル“を織り交ぜる。どんなにファンタジックな展開であったとしても、押し付けられることなく、振り落とされることもないのは、そこにちゃんと「人間」が香るから。そこに実写化する意味が生まれ、現実と地続きな希望を持つことができるのだ。

■「気づき」と「発見」のある物語

 『MIU404』は、『アンナチュラル』(TBS系)チームの再集結としても話題を呼んだ。『アンナチュラル』とは、架空の不自然死究明研究所「UDIラボ」を舞台にした1話完結のオリジナルドラマだ。

 主人公のミコトは(石原さとみ)は、日本における解剖率を改善するために勤しむ法医解剖医。生きていくことに強いこだわりを持ち、朝からモリモリと丼ものを平らげる。その信念の影には、過去の一家心中事件があった。さらに、同じ「UDIラボ」には、恋人を殺人事件で失う過去を持つベテラン法医解剖医の中堂系(井浦新)も。ミコトと中堂の「生」への対象的な姿勢が、「不自然死」を通じて描かれる。

 『アンナチュラル』でも、野木の地道な取材力が発揮される。「数年前に日本の死因究明率を上げようと、内閣府主導で専門的な研究機関を作ろうとしたけれども実現には至らなかった、ということを知ったんです。じゃあ、もしもそれが実現していたらどうなるか?みたいな発想で、不自然死究明研究所「UDIラボ」という架空の舞台ができました」とは演出家・塚原あゆ子の言葉(引用:https://www.tbs.co.jp/unnatural2018/interview/)。野木亜紀子によるオリジナル作品の特徴は、まずその設定に「気づき」があることだ。架空の舞台でありながらも現実に立脚した設定。世の中にはそんな側面があったのかという「発見」が、視聴者をグッと引き寄せる。

 私たちは無意識のうちに、見たいものだけを見て生活している。それは、興味のあるものばかりがタイムラインに並ぶ今、さらに加速している印象だ。小さな川の流ればかりを見て、その先に大きな海が広がっていることを見失いかねない。

 グッと視野を広げて、ドラマの題材となるものを見つける野木亜紀子の作品は、ときに「予言」とも囁かれるほど、あとから世の中が追いついてくることさえある。“コロナウイルス“という言葉を聞いて、『アンナチュラル』の第1話を思い出した人も少なくなかったはずだ。

 さらに、『アンナチュラル』では私たちが見落としている「思考の死」をもあぶり出す。あらゆるレッテルを疑問視し、先入観によって殺されてきた様々な想いを、解剖していくのだ。女性への心ない言葉に毅然とした態度を示し、いじめは「殺人」だと言い切るミコトに、私たちが日頃飲み込んできた毒がなんだったのかを気づかせてくれるのだ。

■移りゆく“普通“を紡ぐ物語

 『アンナチュラル』以降も、『獣になれない私たち』(日本テレビ系/以下、『けもなれ』)、『フェイクニュース』(NHK総合)と次々にオリジナル作品を発表した野木亜紀子。『けもなれ』では、複雑な家庭環境、ブラックすぎる職場、煮え切らない恋人……と、現代女性が味わっている苦みを作品に込める。また、『フェイクニュース』では、SNSで飛び交う言葉に惑わされず、事件の真相を追い求める女性記者の奮闘を描いた。

 いずれも、ドラマのヒロイン像としては、異色のキャラクターだったかもしれない。現実的で、したたかで、上司や世間から強い言葉を投げかけられても、歯を食いしばって生きている。それは『アンナチュラル』のミコトにも通じるものがある。これまでドラマのヒロインといえば、1匹オオカミのバリキャリ系か、誰からも好かれるゆるふわ系か、大きく2タイプに分かれるのが“普通“だった。

 だが、そんな求められる“普通“に生きにくさを感じているのが、現代女性の“普通“だったりする。時代と共に“普通“は変わっていく。もちろん、それは性別を問わずに言えること。最新作『コタキ兄弟と四苦八苦』(テレビ東京系)では、中年男性の“苦”が描かれる。数年前に予備校講師の契約を打ち切られ、今は自称“休職中“の一路(古舘寛治)と、教師の妻と出来のいい娘を持つエターナル無職の二路(滝藤賢一)は、ひょんなことから“レンタルおやじ“を始めることに。

 1時間1000円。すぐに説教じみたことを言いがちなTHE昭和な一路と、二言目には「ハッピー」とテキトーな受け答えでのらりくらりと交わす二路は、それぞれ半人前だとして2人1組で活動することとなる。なじみの喫茶店のさっちゃんや、様々な事業を抱えた依頼者との不器用でコミカルな会話の中に、ハッとするようなやりとりも。

 身近な友達に相談するよりも、見知らぬおやじに話を聞いてほしいという感覚は、新しい時代の“普通“かもしれないという発見。世の中は変わりつつあるけれど、それでも専業主夫や同性愛に対する世間体はまだまだ風当たりが厳しいことも伝わってくる。“普通“が大きく変わっている過渡期であることを、改めて思い知らされる作品だ。

 時代に漂う“苦”を「ドキュメンタリー」のように切り取り、その先にドラマという希望を見せてくれる野木亜紀子作品。コロナウイルスに負けられない今こそ彼女のドラマを見返し、生きることにしぶとくいこうではないか。絶望する暇がないほどに。

(佐藤結衣)

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