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直木賞受賞、ノワール小説の名手が挑む『少年と犬』が堂々1位 文芸書週間ランキング

リアルサウンド

20/8/14(金) 13:35

週間ベストセラー【単行本 文芸書ランキング】(8月4日トーハン調べ)
1位 『少年と犬』 馳星周 文藝春秋
2位 『一人称単数』 村上春樹 文藝春秋
3位 『四畳半タイムマシンブルース』 森見登美彦/上田誠(原案) KADOKAWA
4位 『欲が出ました』 ヨシタケシンスケ 新潮社
5位 『気がつけば、終着駅』 佐藤愛子 中央公論新社
6位 『いちねんかん』 畠中恵 新潮社
7位 『破局』 遠野遥 河出書房新社
8位 『首里の馬』 高山羽根子 新潮社
9位 『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』 ブレイディみかこ 新潮社
10位 『流浪の月』 凪良ゆう 東京創元社

 7月の文芸書ランキングは、15日に発表された第163回直木賞・芥川賞の結果を受けて受賞3作がランクイン。1位『少年と犬』の馳星周氏は、7回目のノミネート。オンライン会見で、地元・北海道からコメントを寄せたことでも話題となったが、1998年に金城武主演で映画化された『不夜城』をはじめ、ノワール小説の書き手という印象が強く、タイトルを聞いて意外に感じられた人も多かったのではないだろうか。

 馳氏自身、「30歳くらいでデビューして、若い頃は自分はノワールしか描かないんだと思っていました」とインタビューで答えている。だが『少年と犬』はタイトルから想像できるように、どちらかというとあたたかい絆の物語。2011年、東日本大震災から半年後に犬の多聞が一人の男に拾われて以降、6人の飼い主のもとを渡り歩いていく姿が描かれていく。

 最初の飼い主は、仙台で震災に遭い職を失い、やむをえず犯罪に手を染めている和正。名前の書かれた首輪をつけているのに、飼い主は見当たらず、腹をすかせてたたずんでいる多聞と、コンビニと駐車場で出会うのだ。多聞と過ごす日々は、認知症の母や、日に日にやつれていく姉の心をも癒してくれ、和正はつかのまの幸せをとりもどす。

 さらに多聞を同行させた仕事は必ずうまくいき、守り神としてかわいがるのだが、さらなる大きな犯罪に手を染めようとする和正に、多聞との別れが近づいていく……。その後、外国人強盗犯や、壊れかけた夫婦、男のために身体を売る女、余命いくばくもない元猟師に出会い、多聞は釜石で被災し熊本に引っ越した一家に拾われる。この少年と多聞の出会いにはどんな意味があるのか。多聞がいつも南の方角を見つめていたわけはなんだったのか。

 絆の物語、ではあるけれど、本作はただ“泣ける”だけの話ではない。選考委員の宮部みゆき氏が「犬がまったく擬人化されていない人間側のストーリーが続いていくのがすぐれているという声が多かった」と述べたように、多聞もまた、人間に都合のよい愛らしいだけの存在ではない。

 人の弱さも世の無常もすべて描きだしたうえで、それでもなお犬との出会いを通じて得られる救いに、読む人は心を打たれるのかもしれない。それは、ノワール小説を通じて人間の闇をとことん書き抜いてきた馳氏だからこそ生み出せるもので、「ノワールであろうがなかろうが、『馳星周の小説』であることには変わりはない」と本人が自負するものでもあるだろう。なお、芥川賞W受賞となった遠野遥氏『破局』、高山羽根子氏『首里の馬』は6位・7位に名を連ねている。

 2位には、村上春樹氏による3年半ぶりの新作で、6年ぶりの短編集となる『一人称単数』。3位の森見登美彦氏『四畳半タイムマシンブルース』は1年半ぶりの新作にして、デビュー2作目にあたる『四畳半神話大系』の16年ぶりの続編だ。といっても、森見氏自身が「続編というよりは、自分の作品の二次創作を書いた感覚に近い」と言っているように、キャラクターたちの“その後”が描かれるわけではない。

 『四畳半神話大系』は、「あのとき、別のサークルを選んでいたら、こんな暗黒の青春を送ることはなかったにちがいない」と臍をかむ腐れ大学生の“私”を主人公に、けっきょくどの道を選んでも悪友・小津との縁は切れず、四畳半アパートの最古参である樋口師匠からも逃れられず、後輩・明石さんには人知れず想いを寄せることになる、という“変わらなさ”を、4つのパラレルワールドを通じて描いた物語。

 対して、『四畳半タイムマシンブルース』は、アパートに突如としてあらわれたタイムマシンで、壊れたエアコンのリモコンを取り戻すべく、昨日と今日を行ったり来たりするドタバタ劇。アニメ脚本を手掛け、森見氏との親交の深い劇団ヨーロッパ企画の上田誠氏の戯曲『サマータイムマシン・ブルース』を原案にしたものだが、ある意味、5つめのパラレルワールドを描いた物語ともいえる。

 どうあがいても、自分は自分にしかなれないなか、同じことの繰り返しを重ねる日々。いつまでこんなことをやっているのだろう、自分の未来に光はあるのか、と永遠のサマータイムをさまよう迷子の鬱屈は、大学生のモラトリアム特有のものである一方、外に出ていいんだかいけないんだかわからず、解決策を見いだせないまま悶々とした日々を送っている今の私たちにも通じるものがある。とはいえ本作を通じて体感してほしいのは決して“共感”ではなく、愚かで生産性のなさすぎる彼らゆえの痛快さだ。

 アニメ版で“私”の声を担当した浅沼晋太郎によるPVは、超絶早口の朗読が披露されるだけなのに、なぜか清々しい心地となるから不思議である。タクラマカン砂漠のごとき灼熱の四畳半から、どうにか逃げ出そうとする“私”たち。読むだけで暑苦しい彼らと一緒に、この夏はぜひともタイムマシンで旅してほしい。

■立花もも
1984年、愛知県生まれ。ライター。ダ・ヴィンチ編集部勤務を経て、フリーランスに。文芸・エンタメを中心に執筆。橘もも名義で小説執筆も行い、現在「リアルサウンドブック」にて『婚活迷子、お助けします。』連載中。

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