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樋口尚文 銀幕の個性派たち

冷泉公裕、半世紀も心に棲みついて

毎月連載

第16回

冷泉公裕(2014年) 写真提供:ひし美ゆり子

 年が明けて早々に、ある個性派俳優の訃報が流れた。その俳優とは冷泉公裕。れいぜい・きみひろ、と読む。と言ってもおおかたの読者は顔と名前が一致しないことだろう。ちなみに、ちゃんと朝日新聞でも冷泉の逝去は報じられたが、概ねこんな内容である。「冷泉公裕さん(れいぜい・きみひろ=俳優)が1月9日、心不全で死去、71才。葬儀は近親者で行い、後日、お別れの会を開く予定。東京都出身。個性的な脇役としてNHK大河ドラマなど数々の映画やドラマに出演した。東京六大学リーグの東大野球部のファンで「東大を優勝させよう会」の活動でも知られた。歌手としても活動した」。

 と言っても、まずは思い出せないかもしれない。「個性的な脇役としてNHK大河ドラマなど数々の映画やドラマに出演した」という文章のなかに、もし何かこれという誰もが知る役柄があれば、普通はその役名を挙げるはずである。だから、大河ドラマに出ている、というと箔がついた感じではあるが、あの大勢の主役級俳優が惜しげもなく去来する大河ドラマにあって脇役というのは、もう本当に人物の人格も書かれていないコマのような扱いであったりする。むしろ読み切りの刑事ドラマの犯人役のほうが、まだ一瞬役柄に奥行きを感じさせられるかもしれない。

 1960年代半ばに高校を出た後は文学座に入団し、舞台をこなすかたわら数多くのテレビドラマや映画に出演した冷泉は、『時間ですよ』『肝っ玉かあさん』『高原へいらっしゃい』『噂の刑事トミーとマツ』『桃太郎侍』『水戸黄門』などの名だたる民放の連続ドラマ、『黄金の日日』『草燃える』『獅子の時代』『徳川家康』『元禄繚乱』『風林火山』『軍師官兵衛』などのNHK大河ドラマ、そして『女王蜂』『男はつらいよ 知床慕情』『キネマの天地』『まあだだよ』『秘密』『人間失格』などの映画作品に続々と出演してきたが、どれもこれも基本的には気にならない脇役に過ぎなかった。

 そんななか、TBS=東映の『Gメン‘75』シリーズでは実にさまざまな端役をこなし、運転手に自動車修理工にやくざに強盗にと何作も引き受けているが、あんなに優しい面立ちなのにただの強盗ならぬ「銀行強盗」を幾度も演っているのが面白い。とりわけ出演本数が多いのはこのシリーズだが、他にも『銭形平次』『名奉行 遠山の金さん』『水戸黄門』などのシリーズで何作も出演しており、はてどんな役だったのかとにわかに思い出せずとも、こういうオファーをされるのはベテランのスタッフ受けがいい人に決まっている。

   ”円盤が来た”の共演者、ひし美ゆり子、高野浩幸(当時子役)と。
  写真提供:ひし美ゆり子

 とはいえ、あのとぼけた味のある風貌と声のよさにもかかわらず、圧倒的に「これだ」という印象が薄い冷泉のことをなぜこんなに綴っているのか、それには訳がある。文学座に入って間もなくの、テレビドラマにようやく出始めた頃に、冷泉はTBS=円谷プロの人気特撮ドラマ『ウルトラセブン』の第45話“円盤が来た”で、あまりにも印象的な役柄に扮した。これは鬼才の誉れ高き実相寺昭雄監督の脚本・監督作なのだが(もともとの題名はルネ・クレールの『夜ごとの美女』にあやかって『夜ごとの円盤』だった!)、冷泉が演じたのはしがない町工場に勤めるアマチュア天文家のフクシン君。彼は工場のつまらない日常を忘れて天体望遠鏡で夜な夜な美しい天体を眺めていたが、ある日無数の星にカムフラージュした円盤の大編隊を発見する。しかし、慌てたアマチュア青年の通報を、防衛プロのウルトラ警備隊はその矜持からか相手にしてくれない。失望したフクシン君に、サイケなインコみたいな宇宙人が誘惑の囁きをする。「地球人なんてそんなものさ。地球にあきあきした君をわれわれの星に連れて行ってあげるよ。君のまわりにも急に蒸発した人がいるだろう」。今村昌平『人間蒸発』ではないが、この「蒸発」という言葉は60年代後半に流行っていた。しかし、円盤も星人もあえなく駆逐され、フクシン君はいつものダルな工場勤めに淡々と舞い戻る…というちょっと現代のメルヘンのような物語だった。実相寺監督は、無名の冷泉公裕をいたく気に入って、この素朴で繊細な工員の青年に抜擢した。

 私の知る限りでは、どんな大河ドラマや朝ドラの役柄よりも、この子ども向け特撮番組の冴えない青年が唯一最大の冷泉の当たり役だったような気がする。しかしこのささやかながら決定的な一本で、冷泉は半世紀以上もぼくらの心に棲みつくことになった。静かなる職人俳優に合掌。

作品紹介

『KANO~1931海の向こうの甲子園~』

2015年1月24日公開 配給:ショウゲート
監督:マー・ジーシアン
脚本:ウェイ・ダーション/チェン・チャウェイ
出演:永瀬正敏/坂井真紀/ツァオ・ヨウニン/大沢たかお/冷泉公裕

プロフィール

樋口 尚文(ひぐち・なおふみ) 

1962年生まれ。映画評論家/映画監督。著書に『大島渚のすべて』『黒澤明の映画術』『実相寺昭雄 才気の伽藍』『グッドモーニング、ゴジラ 監督本多猪四郎と撮影所の時代』『「砂の器」と「日本沈没」70年代日本の超大作映画』『ロマンポルノと実録やくざ映画』『「昭和」の子役 もうひとつの日本映画史』『有馬稲子 わが愛と残酷の映画史』『映画のキャッチコピー学』ほか。監督作に『インターミッション』、新作『葬式の名人』が2019年に公開。

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