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平辻哲也 発信する!映画館 ~シネコン・SNSの時代に~

Netflix作品も上映するマイクロ・ミニシアター・コンプレックス「アップリンク渋谷」が成功した理由は

隔週連載

第28回

20/1/12(日)

昨年12月、住みたい町ランク上位の常連、吉祥寺に2号店「アップリンク吉祥寺」(*本連載第4回で登場)を出店し、成功を収めたアップリンク。その原点となったのが「アップリンク渋谷」だ。95年に渋谷区神南にオープンし、05年に現在の神山町に移転して15周年。合計144席、3スクリーンの「マイクロ・ミニシアター・コンプレックス」はなぜミニシアターの危機を乗り越え、成功できたのか?

東急文化村脇の「奥渋谷」とも呼ばれる閑静な通りをNHK方面に歩いていくと、「アップリンク渋谷」がある。スクリーン1 FACTORYは58席、150インチ、スクリーン2 Xは45席、150インチ、スクリーン3 ROOMは41席、140インチ。館内には普通の映画館では見かけないカラフルな椅子が並ぶ。また、1階にあるコンセッション「キッチンTabela(タベラ)」は特製ランチBOXや自家製ドリンクなどスパイスやハーブを使った他の映画館にはないメニューを提供、DVDや書籍などを販売する「マーケット」、クリエイターに無料開放している「ギャラリー」もある。これらはすべて昨年11月にリニューアルした。

DVDや書籍を売る「マーケット」
コンセッションの「キッチンTabela」

デジタル化の波は多くの映画館を廃業に追い込んだ。かねてからの動員の落ち込みに加え、DCPの導入が大きな負担になったからだ。しかし、アップリンク渋谷は見事な方向転換で、収益化に成功した。その秘密はミニシアター作品の二番館路線に舵を切ったことだ。

「当時、三軒茶屋(三軒茶屋中央劇場、13年閉館)や新橋(新橋文化劇場、14年閉館)にあった二番館がなくなった。シネスイッチ銀座や新宿武蔵野館、シネマカリテ新宿などで上映されたミニシアター作品も1日1回の上映だったら、まだ見に来てくれるお客さんがいるのではないか、と思った」。

こう語るのはアップリンクの代表、浅井隆氏だ。この15年で大きく変わったのはそのDCP(デジタル・シネマ・パッケージ)と言われるデジタル上映設備の導入だという。「神南時代は35ミリの映写室のスペースが取れず、16ミリの映写機は置いていたけれども、16ミリの作品の上映機会もほとんどなくなった。いろいろ研究を重ねて、120インチのスクリーンサイズなら、ブルーレイもHDカムもOKと思って上映した。DCPの導入に当たっては国の助成金を申請したけれども、通らなかった。ただ、プロジェクターの価格が半額近くになったので、自力で購入し、3つ目のスクリーンに導入した時に黒字化することができた」。

その中で見出したのは、新たなビジネスモデルだ。「日本で最初のシネコンは3スクリーンのキネカ大森(※第12回で登場)だと言われている。シネコンの最小サイズが3スクリーンだとすれば、アップリンク渋谷はマイクロ・ミニシアター・コンプレックス。3スクリーンあれば、新作を座席数が多いスクリーンでかけながら、続映作を座席数の少ないスクリーンに移して、4、5週と続けることができる」。

浅井隆氏

アップリンク渋谷の場合は1スクリーン各5回上映。週替りで2本の新作を上映しており、年間200本以上を上映している。「昔のミニシアターは、オーナー側がある種の美意識やメッセージ、この作品が好きだという思いがあって、上映してきた。例えば、(シネスイッチ銀座の)『ニュー・シネマ・パラダイス』は半年以上、興行することもできたが、いまはお客さんの側が選ぶ時代。ツイッターもあって、お客さんの方が、発信が早い。だから、映画館としては品ぞろえを提示するという編成方針に変えた」。

その豊富な品ぞろえで好評を博しているのは、アップリンク渋谷とアップリンク吉祥寺で同時開催中の「見逃した映画特集2019」(2019年12月27日から1月23日まで)だ。話題になったミニシアター系作品を一挙に上映するというもので、6年目となった今回は85作品がラインナップされている。

「公開期間が短くなって、お客さんが見たいタイミングにこぼれていく作品が増えたように思える。アップリンク渋谷がDCP化した頃から日本の年間公開本数が加速度的に増えている。2018年で約1200本、19年はもう少し多いと思うが、アップリンクの渋谷と吉祥寺を合わせると、700本以上を上映している。これは、メジャー作品が増えたのではなく、ミニシアター系の作品が増えたということなんだよね。ただ、年間興収は2600億円近くと言われている中で、ミニシアター系の興収は1割にも満たない」と浅井氏は語る。

スクリーン3の最前列は座椅子
19年末に改装した2階部分

一方、配給会社としての発信力も見せてきた。大きなインパクトを残したのは、2011年3月11日の東日本大震災直後の4月2日に、フィンランドの放射性廃棄物処分場の安全神話への疑問を投げかけたドキュメンタリー『100000年後の安全』を緊急公開したことだろう。「震災直後で渋谷は真っ暗だった。人々が放射能と放射線の違いも分からなかった中、放射線量という言葉を使いだして、不安な状況だった。政治家もSPつきで映画を観に来ていた。小泉純一郎氏はこの映画を観たことがきっかけで、フィンランド現地の施設まで視察に行き、反原発という意思を固めた」と振り返る。

19年には動画配信サービス会社が製作した作品が映画館でも上映されるようになった。アップリンク渋谷でも、Netflix製作、マーティン・スコセッシ監督の大作『アイリッシュマン』を上映している。ホームシアターで手軽に映画が観られるネット配信の存在は脅威ではないのか?「配信会社は加入者を増やすために劇場上映をしている。『ROMA』が上映された時に、映画館で上映のパブリシティ効果を認識したんじゃないかな。最近、Netflixが老舗映画館(パリス・シアター)を買収して自前の専用映画館としたのは、ようやく映画館が持つ力に気づいたということだと思う」と浅井氏。今春には、これまでのノウハウをつぎ込み、映画の街、京都に3館目となる「アップリンク京都」(4スクリーン、計215席の予定)をオープンさせる。

映画館データ

アップリンク渋谷

住所:東京都渋谷区宇田川町37-18 トツネビル1階
電話番号:03-6825-5503
公式サイト: アップリンク渋谷

プロフィール

平辻哲也(ひらつじ・てつや)

1968年、東京生まれ、千葉育ち。映画ジャーナリスト。法政大学卒業後、報知新聞社に入社。映画記者として活躍、10年以上芸能デスクをつとめ、2015年に退社。以降はフリーで活動。趣味はサッカー観戦と自転車。

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