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Koji Nakamuraが『Epitaph』で試みた“新しい音楽” 小野島大が一連のプロジェクトを振り返る

リアルサウンド

19/6/25(火) 17:00

 ナカコーことKoji Nakamuraが、新作を発表する。『Epitaph』と題されたこの作品は2014年発表の『Masterpeace』以来5年ぶりのアルバムだが、2017年4月よりスタートしたストリーミング配信サービス限定の同名プレイリストで発表されてきた楽曲をまとめたものだ。

  このプレイリスト「Epitaph」は、ナカコーが気ままに楽曲を追加し、入れ替え、作り直し、手直しして日々更新を繰り返しながらバージョンアップしていく”作品の完成を目的としない”プロジェクトだった。それはストリーミングサイトという新たな楽曲発表の場がもたらされたからこそ、可能な試みだった。このプレイリストプロジェクトがスタートしたタイミングで筆者は、ナカコーへのメールインタビューを素材に彼の意図を解き明かすコラムを書いたが、それから2年が経ち、「ある程度曲が出揃い、作り込みもできて、ひとつのまとまりの形が見えてきた」(ナカコーの発言。以下同)ので、CDアルバムとしてリリースすることを決めたわけだ。つまりこれが「Epitaph」プロジェクトの一応の完成形である。

 今回のアルバムリリースにあたり、筆者はナカコーにインタビューし、アルバムのコンセプトやテーマ、制作の経緯などを聞き、ナカコーの公式サイトに書き原稿の形でまとめた。(参考

 このコラムでは、そこでは書ききれなかったことも含め、もう少し音楽面について突っ込んで書いてみたい。

 とはいえ、本作の音楽性について言葉で語るのは難しい。それはナカコーがやろうとしているのが、「かつて聴いたことのないような新しい音楽」だからだ。それは過去へのオマージュではない、既存の音楽の引用がなされていない、「○○のようだ」「××みたい」「△△っぽい」と言われない音楽である。

 もちろん、例えばH・R・ギーガーがデザインしたエイリアンの造形が、どんなに奇抜で斬新なものに見えたとしても、彼が過去に知見したさまざまな既存の要素を加工、ミクスチャーすることで成り立っているように、世の中に「完全に新しい表現」はありえない。もし「新しい」ものがあるとすれば、それは「その人にとって新しい」に過ぎないのだが、それでもときおり音楽を聴いて「これは新しい」と直感してしまうことは、現実としてある。それは既存の要素を加工、ミクスチャーする際に、お決まりのセオリーや定石や常識を疑い、決まりきった視点をずらしてみることで生まれた表現である。

 『Epitaph』でのナカコーの音楽をあえて言葉にしてみれば、ポップソングの伝統的な構造や構成、クリシェを回避し、音色や音の質感、レイヤーやテクスチャーを重視した音楽、ということになるだろうか。制度的なリズムを排除し、コードとメロディのありきたりな関係を見直し、Aメロ→Bメロ→サビ、といった定番的な曲構成を再構築し、ギターやキーボードといった既存の楽器に依存した語法をできるだけ排除した、それまでの音楽の歴史から外れたような、純粋な音の重なりとカタマリだけが鳴っているような音楽。内在するリズムがグルーヴを生み、肉体感覚を生む。それは無理やり既存のジャンルに当てはめれば、アンビエント〜ドローンやノイズ、アブストラクトヒップホップ、ポストロック〜エレクトロニカといった実験的音楽に比較的近いと言えるだろうが、本作の場合、そこにナカコーの声と言葉が乗る。さまざまな素材が融合され加工されエフェクトされた音の複雑なテクスチャーとは対照的に、ナカコーのボーカルは明快にメロディを紡ぎ出し、ノイズに埋もれさせることなくしっかりと言葉を伝えている。そうすることで、既存のエクスペリメンタルな音楽とはひと味違う景色が広がるのである。『Masterpeace』とは全く違う。それはとても美しく、エモーショナルで、そしてスピリチュアルでさえある。

 「新しい音楽」を作るにあたって、ナカコーがライブの現場やネットで出会った新しい世代の音楽家たちの感性に触れたことが大きなヒントとなったという。その一人が本作でプロデュース、プログラミング、エディットまで手がけ、ほとんど共作者と言っていい働きをしているMadeggことKazumichi Komatsuだ。ナカコーは彼の音楽に出会った時の衝撃を「今までと全然違うものが来たと思った。ある種の突然変異的な、いきなり今まであった時代をバッサリ違うほうに切り替えるような力がある」と語っている。

 Madeggは1992年生まれ、高知県出身で現在は京都を拠点に活動するトラックメイカーだ。彼はフィールドレコーディングされた現実音などの様々な音素材をサンプリングコラージュ、プロセッシングした音楽作品をいくつか発表している。例えばそのうちの1枚、その名も『NEW』という2016年のアルバムは、確かにナカコーのアルバムに通じる音響作品となっている。「これは音楽じゃない」と言い出す人がいても、驚かない。既存のロックやポップミュージックのセオリーを無視し、あるいはある種の制度的なテクノやエレクトロニカとも異なるアブストラクトでエクスペリメンタルな電子音響は、ナカコーが言うように、楽器を演奏するところからスタートして曲を作る、という既存のミュージシャンには作りにくい作品であることは確かだろう。

 とはいえ、ナカコーの強みは、ギターをかき鳴らし、鼻歌を口ずさみながらメロディを紡ぎ出し、言葉を乗せ、コードを当てて曲を作っていく、まさにミュージシャン的な仕草にあることも間違いない。ナカコーの武器は彼が天性のものとして持っている魅力的な声、甘美なメロディ、ミュージシャン/サウンドメイカーとしての経験と卓抜した感性、そしてポップセンスだ。Madeggら新世代ミュージシャンの感性や方法と、ナカコーの持つ武器を組み合わせることで、「かつて聴いたことのないような新しい音楽」を作ろうとしたのである。今回ナカコーが作詞を託したのは、たまたまライブで対バンして出会ったというシンガーソングライターのArita shoheiや、abelestといった人たちだ。彼らもまた、madeggと同様の新しい感覚を持った新しい世代の音楽家たちだ。ゲストで参加したゆるふわギャングの2人も同様である。その言語感覚もまた、ナカコーの感性を刺激したのだろう。

 ここ最近のナカコーは、フルカワミキや田渕ひさ子、牛尾憲輔とのLAMA、エクスペリメンタルなアンビエントプロジェクト・NYANTORA、ナスノミツルや中村達也と組んだインプロビゼーション主体のバンド・MUGAMICHILL、Merzbow、Duenn、Nyantoraという3アーティストによるエクスペリメンタルなノイズ・ユニット3REASA、さらにさまざまな他流試合的セッション/ライブ、CM音楽制作や劇伴音楽制作など多岐に渡る。たとえばCM音楽制作の仕事では、しばしば「○○ぽい感じでお願いします」など、まさに既存の音楽のオマージュ、引用であることが求められる。それはそれとして自分の職業音楽家としてのスキルや持ち技を増やすことにも繋がる。だがアーティストとして「新しい音楽を作りたい」という欲望を満たしてはくれない。Koji Nakamura名義での活動、そして作品制作は、そんな彼のアーティストとしての核を為すものなのだ。『Epitaph』は、たとえばNYANTRAとしての一連の作品の延長にあるものとして捉えることも可能だろうし、基本的にその場限りでの一発勝負であるライブでのインプロビゼーション演奏の最良の瞬間の感覚が活かされているのかもしれない。昨年リリースされたLAMAの『ALTERNATIVE EP #1』で示された方向性は、『Epitaph』を補助線として置くと、より理解しやすいだろう。

 ナカコーによれば2曲目の「Lotus」が出来上がった時、『Epitaph』の方向性や全体像が決まったという。〈Hey Lotus〉と囁くように、呟くように歌い出される光景は、確かに既存の音楽では見ることのできなかったものだ。

 そして先日愛知県蒲郡で行われたフェス『森、道、市場 2019』で、Koji Nakamuraとしてのライブを見ることができた。ナカコー、田渕ひさ子(Gt)、345(Ba)、沼澤尚(Ds)という4人編成で『Epitaph』からも数曲が演奏されたが、アルバムで突き詰めようとしたコンセプトやテーマを、通常のバンド編成の中でどう活かし発展・変容させていくか。懐かしいSUPERCARの楽曲と最新作の楽曲が併存するライブを筆者は十分に楽しんだが、Koji Nakamuraにとってはまだ完成途上だと言えるかもしれない。この文の最初に<本作が「Epitaph」プロジェクトの”一応の”完成形である>と書いたのは、そういう理由もある。

 最後にひとつ。CDアルバム『Epitaph』は、ストリーミングサイトで配信された音源そのままではなく、細かく手を加え、ミックスをやり直し、曲順を変え、益子樹による入念なマスタリングを施したものだ。今筆者が聴いているのはアルバム音源のWAVデータだが、ストリーミングとは全く聴き応えが違う。作品としてはるかに完成度を高め、ナカコーの意思が隅々まで行き渡っている。聞き流すものではなく、真正面から正対すべき作品と感じる。もちろんここで鳴る音楽を「新しい」と感じるかどうかは、聴く人それぞれに委ねられる。だが少なくとも作り手としてのナカコーは、既存の音楽の引用と焼き直しばかりの現在のポップミュージックにおいて、今作は今作られるべき、聴かれるべき音楽であると確信している。その試みに耳を傾ける価値は十分にある。

■小野島大
音楽評論家。 『ミュージック・マガジン』『ロッキング・オン』『ロッキング・オン・ジャパン』『MUSICA』『ナタリー』『週刊SPA』『CDジャーナル』などに執筆。Real Soundにて新譜キュレーション記事を連載中。facebookTwitter

■リリース情報
『Epitaph』
発売:2019年6月26日(水)
価格:¥2,600(税抜)
2017年4月26日スタートのプレイリストスタイルによる作品発表
プロジェクト名(≒アルバム):Epitaph
発表場所:Spotify、Apple Music、LINE MUSIC他、オンデマンドストリーミングサービス

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