Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play
Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play

広瀬和生 この落語高座がよかった! myマンスリー・ベスト

2ヵ月連続で1位は兼好、代官山落語オンライン夜咄で聴いた『死神』がダントツだった。

毎月連載

第22回

20/8/31(月)

「代官山落語オンライン夜咄 三遊亭兼好『死神』」のチラシ

8月に観た落語・高座myベスト5

①三遊亭兼好『死神』
 「代官山落語オンライン夜咄 三遊亭兼好『死神』produced by 広瀬和生」
 晴れたら空に豆まいて(8/8)
②春風亭一之輔『唐茄子屋政談』
 「せたがや 夏いちらくご DAY2」
 世田谷パブリックシアター(8/9)
③柳家喬太郎『マイノリ』
 「きょんとちば Vol.3 -マイノリ、ふたたび-」
 紀伊國屋ホール(8/21)
④桃月庵白酒『船徳』
 「白酒ひとりプレミアム“お座敷白酒”」
 国立演芸場(8/4)
⑤立川かしめ『猫と金魚』
 「立川流 孫弟子の会“マゴデシ寄席”」
 上野広小路亭(8/17)

*日付は観劇日
 7/26~8/25の間に観た落語会42公演(配信含む)、160演目から選出

今月はリアルな落語会に足を運ぶ率が高くなってきたが、配信も充実しているので沢山観た。選んだ5席のうち、一之輔の『唐茄子屋政談』以外は実際に会場で観たものだ。一之輔も、2日連続開催の世田谷パブリックシアターでの会に2日とも行くつもりだったものの初日しかチケットが取れなかったから仕方なく配信で観たもので、この配信はアーカイブが存在せずリアルタイムでの視聴のみだったから、限りなく“会場で観た”のに近い。

2ヵ月連続で1位が兼好、しかも自分がプロデュースしている会なので少し迷ったが、今月は兼好の『死神』がダントツだったのだから仕方ない。兼好の『死神』は“職業としての死神”という解釈が見事で、“小さな死神”という設定が怖い。この噺でいつも死神が言う「因縁がある」にも兼好は明確な理由を持たせた。「ラストで蝋燭の火がどうなるか」に工夫を凝らす演者もいるが、兼好はそこに大きな改変を加えるのではなく、死神という存在の解釈を深める独自演出を盛り込み、最大の効果を上げている。映画のエンディングを観ているかのような結末が素晴らしい。名演だ。

「せたがや 夏いちらくご」のチラシ

人情噺は嫌いだ、『唐茄子屋政談』より『かぼちゃや』が好きだと公言していた一之輔が、前半に滑稽噺テイストを取り入れて『唐茄子屋政談』を“一之輔落語”として完成させた。後半では「たまたま一度いいことをしたからといって若旦那の了見が改まったわけではない」という解釈による独特な展開につなぐのも、「この叔父さんだったらそれくらいするだろう」と目からウロコ。この独特な幕引きが、新たに爽やかな余韻を与えた。

ちなみに一之輔はこの前日に同じイベントで演じた『ねずみ』、7月29日に日経ホールの「J亭スピンオフ企画 三三・一之輔二人会」で演じた『浜野矩随』も素晴らしかった。前者は兼好の型で幼馴染の生駒屋が甚五郎に虎屋とねずみ屋の因縁を語る演出だが、一之輔はこれを「生駒屋が大活躍する噺」に膨らませた。後者は三遊亭萬橘の型で、矩随は偉大な父の物真似をしていたから駄目だった、という解釈だが、一之輔は大きく肉付けをして、未熟な倅を生まれ変わらせるために命を賭ける母の愛を見事に描いていた。

「きょんとちば Vol.3 -マイノリ、ふたたび-」のチラシ

千葉雅子原作の『マイノリ』は80年代に出会った日大落研の青年と國學院演劇研の女性が“友達以上恋人未満”として青春を共に過ごし、互いを意識しながら落語家と女優として別々の人生を歩んでいく物語。去年の「ザ・きょんスズ30」でも観て、そのときもベスト5に挙げたが、こういうイベントでもないと観ることのできない噺であり、僕にとっては喬太郎で一番好きな噺なので、今回も挙げさせてもらった。

喬太郎はこの他、配信の「8/16 文春落語オンライン 柳家喬太郎独演会Vol.5 ヘビー怪談」で観た『真景累ヶ淵~宗悦殺し』が心底怖かった。喬太郎の迫真の演技は落語や講談といった話芸というより演劇の領域に踏み込んでいる。独自の演出も随所に盛り込んだ喬太郎の『宗悦殺し』は、あえて言うなら歴代の名人をも凌駕する、別次元の一席だ。

白酒ならではの傑作は数多あるが、『船徳』は「夏に聴きたい白酒の噺」の筆頭だ。もう、すべてが卑怯なくらい可笑しい。この噺がコロナの夏にナマで聴けたのが何より嬉しかった。

「立川流 孫弟子の会“マゴデシ寄席”」のチラシ

5位には、配信で観た三遊亭わん丈の『子別れ』(というタイトルだがコロナ禍の現代関西圏を舞台とする新作落語。別れた妻と共に出て行った娘が店に残したサボテンを娘と思って大事に育て続ける中華そば店主と、別れても「パパの中華そばが一番美味しい」と言う母の仲を取り持つ健気な娘の、胸に沁みる人情噺だ)にしようか、それとも「落語大手町2020」での古今亭文菊『あくび指南』にしようか、はたまた『半沢直樹』にインスパイアされた“圧の強い演技”が炸裂する鈴々舎馬るこ『大工調べ』か……と悩んだ末に立川こしらの一番弟子かしめの『猫と金魚』を選んだ。かしめ版『猫と金魚』は初代権太楼が番頭に言わせた(そして橘家圓蔵が見事な“間”で放った)名台詞「私、食べてませんよ」に、「今日は」を加えることで大きく膨らませた爆笑編。死の匂いを嗅ぎつけて毎度やって来る死神のような金魚屋、という発想も凄い。立川流の将来を背負って立つ“談志の曾孫弟子”である。

最新著書

『21世紀落語史 すべては志ん朝の死から始まった』(光文社新書)1,000円+税

プロフィール

広瀬和生(ひろせ・かずお)

広瀬和生(ひろせ・かずお) 1960年、埼玉県生まれ。東京大学工学部卒業。ヘヴィメタル専門誌「BURRN!」の編集長、落語評論家。1970年代からの落語ファン。落語会のプロデュースも行う。落語に関する連載、著作も多数。近著に『「落語家」という生き方』(講談社)、『噺は生きている 名作落語進化論』(毎日新聞出版)、最新著は『21世紀落語史 すべては志ん朝の死から始まった』(光文社新書)など。

新着エッセイ

新着クリエイター人生

水先案内

アプリで読む