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斉藤由貴×武部聡志が語る、35年を経て辿り着いた“結論”「余計なものを削ぎ落として、本当の自分だけで表現する」

リアルサウンド

21/2/21(日) 12:00

 斉藤由貴の歌手デビュー35周年記念アルバム『水響曲』がリリースされる。この節目のアルバムには、1985年のデビュー曲「卒業」を皮切りに1987年までに彼女が発表したシングル曲を中心に、思い入れの深い楽曲10曲のセルフカバーが収録されている(初回限定盤はオリジナルバージョン10曲のボーナスディスクを加えた2枚組)。

 数多くの女性アイドル歌手がヒットを出していた80年代、斉藤由貴は独特の淡さと文学的ともいえるムードで、他とは一線を画していた。音楽面でその世界観を担ったのは、「卒業」を皮切りに約4年間にわたって、シングル、アルバムでほぼすべての編曲を担当した武部聡志だったことは間違いない。筒美京平、松本隆、森雪之丞、玉置浩二らをはじめとした一流の作詞家、作曲家たちと、斉藤由貴という得難い歌い手の個性を融合させ、今聴いても古びたところのない確かなクオリティの楽曲を送り出した。

 当時の常識でも、ひとりのアイドル歌手の曲をたったひとりのアレンジャーが編曲し続けることは異例だったという。今回『水響曲』で、その二人が再び一枚のアルバムで向かい合った。歌手とアレンジャーという関係性以上に、音楽を通じて深く結びついていた二人が、35年の時を超えて感じている「あのとき」と「今」。アルバム収録曲をたどりながらじっくりと対談してもらった。(松永良平)

ありのままの自分の生き様みたいなものを歌を通して楽しめた

ーーまずは、今回のアルバム制作の経緯についてお聞きします。

武部聡志(以下、武部):最初に僕が提案したというか、まず由貴ちゃんに「35周年のお祝いの作品を作りたい」という思いを投げたんです。由貴ちゃんが「やってみようかな」という気持ちになったのはなぜ?

斉藤由貴(以下、斉藤):正直に申し上げると、最初はちょっと及び腰なところがあったんです。だけど、武部さんから「35周年で何かやるんだったら僕がやらないで誰がやる? 何でも助ける」って言われたときに、「あ、これはやらなければ」という気持ちになりました。私のなかでは、自分から前のめりになって始めたプロジェクトではなかったかもしれない。ですけど、35年前にアイドルとして始まった自分がそのとき何を考えていたのか、そこから35年を経て良くも悪くも自分がどんなふうに変わったかを振り返るだけじゃなくて、いわゆるアイドル歌手の歌謡曲だった曲がどんなふうに変容してゆくのか、その可能性を再確認できた素晴らしいひとときでした。

武部:僕もキャリアを積んで、今の自分だったらどんなふうに解釈できるだろうかというのは自分自身にとっての挑戦でもあった。変な話だけど、今回のアルバムは僕だから許されると思った。オリジナルのアレンジを作ったのが僕だからこそ、それをどう活かしても、壊しても、きっと許されるんじゃないかなと思った。それに、2020年って特別な年だったじゃない?

斉藤:そうですね。

武部:そんな特別な年にこんな特別な作品が作れたんだから。だって、次の40周年の頃は僕はもう生きてないかもしれないじゃない(笑)? やれるうちにやっておかないと。

斉藤:私は最初から歌がそんなに上手じゃなかったし、今も「ほら、35年前よりうまくなったのよ」というわけでもない。だけど、ありのままの自分の生き様みたいなものを、こうやって昔の曲をもう一回作り直して歌を通して楽しみ、それをみなさんに聴いていただくことってすごく必要だし素敵な体験でした。

武部:僕も、仕事だということを忘れるくらいの楽しさだった。由貴ちゃんは僕に「作ってくれてありがとう」って言うかもしれないけど、僕は逆に「作らせてくれてありがとう」という感じ。

斉藤:ここ今、泣くところですよね(笑)?

ーーでは、今回収録された全10曲について順にお聞きしていきます。

●「卒業」1985年2月21日リリース(1stシングル) 作詞:松本隆 作曲:筒美京平

武部:やっぱりアルバムの1曲目は「卒業」しかないよね。当時、「これがデビュー曲ですよ」と初めて聴かされたときの話を聞きたい。どう思った?

斉藤:私自身、アイドル歌手になるという気持ちは一切なかったんです。だから「歌を出してみたい?」と言われたとき、最初にあったのは拒否反応でした。だけど「卒業」をいただいて、松本(隆)さんの歌詞を読んだとき、素人なりにほんの少しだけ「この世界観なら私自身を委ねられる」と感じたことは覚えてます。自分の殻が硬くて、少しひんやりしてるんだけど、心のなかにすごく熱い思いを持ってる、その感じ。松本さんは私と話したこともないのに、渋谷駅に貼られていたポスターで私の写真を見ただけで、どうしてこの歌詞にしようって思ったんだろうって、ちょっと運命的なものを感じました。

武部:僕はね、由貴ちゃんの当時の担当ディレクターだった長岡(和弘)さんから「今度こういう女性をデビューさせようと思う。これから何年間か一緒に作っていきませんか?」と言われたときに、とにかくうれしかった。だから、80年代中盤からの数年間で一番思い入れを持って作れたのが由貴ちゃんの作品なんだよね。

斉藤:泣くところですよね、ここ(笑)?

武部:そして今回は、僕のピアノを核としてシンプルな編成で温かいサウンドにしようというアイデアがアルバムのコンセプトとしてあった。「リズムは入れない」というコンセプトを最初に考えていたし、1曲ずつクラシックで使う楽器をフィーチャリングして、あの当時とは違った色合いにしたいなと思ったんだよね。

斉藤:でも、リズムが無いという印象は私には無かったです。武部さんのピアノが入ってるからかもしれないけど、リズムの正確さみたいなものは歌いながら十分感じてました。ただ、私にリズム感がないだけで(笑)。私の微妙にリズムがずれる感じって、一生あのままなんですかね?

武部:そこが由貴ちゃんの歌の良さなんだから(笑)。今回は作品を甦らせるだけでなく、斉藤由貴にしか出せない世界観を色濃く出したいと思ったんだ。

斉藤:できあがった曲を聴いたら、武部さんはちゃんと私のエッセンスを全部拾ってらっしゃるんですよ。私からどうしてもこぼれて出てきてしまう表情みたいなものをすごく俯瞰して見てる。

武部:俯瞰なのかどうかは自分でもわからないんだ。ただ斉藤由貴のファンなだけかもしれないな(笑)。でも、本当に「卒業」という曲は僕らにとっての宝物だよね。

斉藤:間違いないです。

●「白い炎」1985年5月21日リリース(2ndシングル) 作詞:森雪之丞 作曲:玉置浩二

武部:今回アルバムに収録するときに一番アレンジを苦労して考えたのはあの曲かもしれない。あれをリズム無しでやるというのはチャレンジだった。マイナー調だし、もともとちょっとロックっぽい曲じゃない? それで、ピアノとチェロ4本がかっこいいんじゃないかなとある日思いついた。

斉藤:重厚でした。私、今回のチェロのアレンジを聴いたとき、脳味噌を殴られるような感動を覚えたんですよ。なぜなら、イントロから歌に乗るときのチェロの演奏は、私がもっとも好きな音運びのうちのひとつだったんです。あれはバッハがベースにありますよね。ある意味、今回のアルバムのなかでこのアレンジが一番好きです。潔くて、水墨画みたいなテイストでした。

武部:由貴ちゃんってそういうところをキャッチするのがすごく上手だよね。僕もこのアレンジはモノトーンにしたいと思ってたから。水墨画っていうのは鋭い指摘ですよ。

斉藤:やっぱり35年の付き合いですから(笑)。

ーー3曲目の「AXIA~かなしいことり〜」は、今回唯一シングルではない曲です。

●「AXIA~かなしいことり〜」1985年6月21日リリース(1stアルバム『AXIA』収録曲) 作詞・作曲:銀色夏生

武部:アルバムに収録するのは全部シングル曲縛りにしようとしてたんだけど、なぜか「この曲は外せない」と思ったんだよ。

斉藤:縛りを乗り越えて入ってきた(笑)。

武部:この曲が好きだっていう人は多いよね。

斉藤:そうですよね。いろんな人がカバーしてくれていると聞きました。

武部:当時は、スティーヴィー・ワンダーみたいにしようと思ってアレンジしたんだよね。シンセベースで、打ち込みのアルペジオが鳴ってて、そこに歌が入ってきて浮遊感があるというのが狙い通りにできた。

斉藤:私のなかでは、もっと人間の生身的な温度感を排除した、無機的な手の届かないアレンジという印象がありました。今回のバージョンで使われてるハープも、人の手の温かさみたいなところからちょっと離れた音色ですよね。

武部:原曲のアルペジオがハープっぽいということもあるし、新しいアレンジはそうしようと最初から思ったんだよ。プロローグ、エピローグ的なフレーズも曲の前後に付け足した。

斉藤:素敵です。あの付け足されたパートが、武部さんの核にあるクラシカルな部分を本当に具現化してると思います。短いフレーズなのにすべてを伝えるエッセンスがぎゅっと詰まってる。

武部:僕としては、そのちょっとした付け足しが「35年」なんだよ。35年後の自分の主張が「白い炎」のチェロであったり、「AXIA」のイントロ、アウトロだったりする。すごく自己満足なのかもしれないけどね。

斉藤:でもね、武部さんの付け足したものは潔くて、決してベタベタしないんですよ。だけど、一番そこにあったらうれしいものを濃縮して置くことができるんです。美しいアペリティフとか、最後のデザートみたいにね。そのほんの少しのところを何べんも聴いて見たくなる。

●「初戀」1985年8月21日リリース(3rdシングル) 作詞:松本隆 作曲:筒美京平

武部:「初戀」は筒美京平さんと松本隆さんの“漢字二文字三部作”の2曲目。

斉藤:松本さんから詞をいただいたとき、あまりに歌詞が素敵だったんで、歌詞カードを抱きしめて「ありがとうございます」って言ったらしいんです。そのことを松本さんはすごく印象的に覚えてくださってて。

武部:その頃、僕は最先端のデジタルなものとアナログなものをうまく調和できたらいいなといつも考えていた。「初戀」はそれがすごくうまくいった曲だった。

斉藤:打ち込みなのに冷ややかな感じがあんまりしないんですよね。もっと温かみというか切なさというか、青春のキラキラした感じがあるんです。

武部:この曲でフルートを使うというのは初期の段階からイメージできていたかもしれない。フルートって風を感じるから、それが軽やかな感じになってる。オリジナルよりも、もっと爽やかな「初戀」になったかな。

斉藤:でも、爽やかさだけじゃなくて、素直な柔らかさみたいなものを感じました。ある意味、オリジナルよりも強くそれを感じたかもしれない。オリジナルはキラキラしたソーダ水みたいにふわっとしてて、本当に最初の初恋って感じ。だけど、今回のはもっと素直で肩の力が抜けていて、初恋を歌っているのにも関わらず初恋を回想しているような柔らかい甘さを私は感じました。

武部:今回は、それぞれのサウンドに触発された歌い方をしてくれたよね。そんなふうに音で会話できたのが今回一番うれしかったことかもしれない。

斉藤:武部さんのアレンジはね、そうせざるを得なくなるんですよ。音叉みたいに共鳴する感じ。それこそ、35年の月日がなければできなかったことなのかなと思ったりします。

●「情熱」1985年11月15日リリース(4thシングル/映画『雪の断章 -情熱-』主題歌) 作詞:松本隆 作曲:筒美京平

武部:“漢字二文字三部作”の最後、「情熱」ですね。この曲は由貴ちゃんの曲のなかでは珍しいタイプじゃない? 松本さんの歌詞も凄みを増してきた。

斉藤:すごい曲だと思います。もともと『雪の断章 -情熱-』(相米慎二監督)という映画の主題歌で、その映画がすごく重い内容だったことにも合わせて歌詞は書かれたはずです。

武部:でも好きな人多いんですよ。今回は、より情感に訴える方向でアレンジしたかもしれないな。ストリングスのフレーズも、ちょっとウエットでエモーショナルな方向に振れた作りになってる。

斉藤:イントロの数秒で「情熱」の世界観をダイジェストしてますよね。私はそう感じました。

武部:僕なりの楽曲の解釈を、そういう新しいパーツに注ぎ込んだのは確かだね。由貴ちゃんも、この年齢になってあらためてこの曲を歌うと、逆に「演じている」という感覚がもっと真に迫ってくる感じ?

斉藤:そうですね。たぶん、当時の私は19歳か20歳くらいでしたけど、その頃の私にはこの曲の世界はフィクションに映っていたかもしれない。だけど、今はこの曲を歌うときは、どこかでこの世界を受け入れてますね。

「無駄なものを削ぎ落としたときに絶対に必要なものはこれ」という美学

●「悲しみよこんにちは」1986年3月21日リリース(5thシングル/アニメ『めぞん一刻』主題歌) 作詞:森雪之丞 作曲:玉置浩二

武部:通称「カナコン」。お互いにものすごく忙しかった時期で、僕と由貴ちゃんはレコーディングでは会ってないかもしれないね。

斉藤:私が覚えてるのは、河口湖スタジオでディレクターさんから「この曲はアニメ(『めぞん一刻』)の主題歌に決まったよ」と言われたときに、「えー?」ってちょっと不安な気持ちになったそのシーンだけですね(笑)。

武部:自宅に帰って作業する時間がなくて、都内のホテルでレコーディングの前日にアレンジした。イントロを変拍子にしたのはやけくそだったんだよ。

斉藤:そうなんですか(笑)!

武部:今だから言うけどね。でも、結果的にちょっとトリッキーなその感じがメロディの爽やかさとのギャップになっておもしろかった。その曲を今回はピアノとストリングスでやったんだけど、リズム楽器がないからかなり必死でピアノを弾かなくちゃいけなかった(笑)。

斉藤:サビの音階が上がるところは、私の技術力では範疇を超えるのですごく緊張したんですけど、「きちんと歌わなくちゃいけない」というよりは、楽しんで気持ちよく歌っていい歌と思ってるので、そんなに歌入れが辛かった感じではなかったです。当時ボーカルレコーディングが辛かったのは、やっぱり「青空のかけら」ですね。

●「青空のかけら」1986年8月21日リリース(7thシングル)作詞:松本隆 作曲:亀井登士夫

武部:次がその問題の「青空のかけら」だね(笑)。これが初めて1位を取ったシングル。ここで女優としてだけじゃなく、シンガーとしてもポジションを確立できた。

斉藤:当時のレコーディングで松本隆さんがスタジオにいらして、「由貴ちゃん、もうちょっとちゃんとリズムとって」とか「音程気をつけて歌おうね」って冷酷なくらい厳しい指示が飛んできてました(笑)。だけど、それは、スタジオ内に「この曲でちゃんと記録を取らせたい」という熱意がみんなに暗黙のコンセンサスとしてあったからだと思います。そのために楽曲としての完成度の高さが求められてることは感じてました。

武部:今回のアレンジでは、割と原曲に忠実だったね。あの軽快さ、青空感が必要で、マリンバを入れたり、サックスとトロンボーンを入れた。由貴ちゃん、今回の歌入れでは全然苦手そうじゃなかったよ?

斉藤:そうですか?

武部:あの当時よりもちゃんとスムーズに歌えてた。

斉藤:たぶん、あの曲だけ他と発声の仕方が違うかもしれません。曲の物語を演じる“女優歌唱”ではなく、割り切って正確さを念頭に置いて歌った印象があります。

●「MAY」1986年11月19日リリース(8thシングル) 作詞:谷山浩子 作曲:MAYUMI

武部:来ましたね。

斉藤:来ましたよ。ウフフ。

武部:「MAY」は、僕が「シングルにしよう」と推した曲だから思い入れが強いんですよ。なぜか直感的にそう思った。

斉藤:これがシングルになったかならなかったかで、私の歌手人生は相当違った道を歩んだ気がします。武部さんが推薦してくださったことには感謝しかありません。

武部:例えばアルバム曲でみんなが好きだと言ってくれる「予感」とか「3年目」と同じような匂いを持ってる曲だよね。

斉藤:そうですね。何かを狙うみたいなあざとさの対極にある、痛々しいほどの素直さ、切なさのある曲です。

武部:これで斉藤由貴ワールドがまたひとつ確立できた気がする。

斉藤:あの歌は私にとって「卒業」とはまったく別の意味だけど宝物になったなと思います。

武部:今回のレコーディングでは、ボーカルブースに入って由貴ちゃんがイントロで僕が弾いたピアノを聴いたときに泣き出した。

斉藤:泣かずにはいられなかった、あのイントロは。武部さんのピアノの持つ力と言うしかないんですけど、何か「許される感じ」がすごくしたんです。「そのままでいいんだよ」と許される感じがして、そしたら歌えなくなっちゃったの(笑)。

武部:曲に宿ってるものを音にするのが僕の仕事で、それがすごく大事だと思っていて、今回の「MAY」は一番それがよくできたと思ってる。

斉藤:「武部さんに会わせてくれてありがとうございます」って気持ちになりました。

●「砂の城」1987年4月10日リリース(9thシングル) 作詞:森雪之丞 作曲:岡本朗

斉藤:当時、「私の曲にしてはすごくカジュアルで心地いい歌だな」と思いました。私の曲は、割と聴く側に緊張感を強いるところがある曲が多いと思っていたので、こういう感じの曲をもらえたのはすごくうれしかったです。「あなたにも普通のところありますよ」って言われた感じ(笑)。

武部:オリジナルのレコーディングのとき、ディレクターの長岡さんが、僕が持って行ったアレンジを聴いて「こういうベースラインのノリで聴かせたい」って口で説明してくれた。長岡さんは以前、甲斐バンドのベーシストだったからね。その場で変更したことをよく覚えてるから、そのラインは今回も変えないようにと思ってた。

斉藤:それって長岡さんに対するプレゼントでもありますね。

武部:今回は、この曲のカジュアルな楽しさを表現するにあたっては、アレンジをアカペラにしようと思った。ソウルフルなアカペラじゃなくて、昔のビーチ・ボーイズみたいな爽やかさ。

斉藤:私は35年前のアレンジもすごく好きですよ。

●「さよなら」1987年11月18日リリース(10thシングル/映画『さよならの女たち』主題歌) 作詞:斉藤由貴 作曲:原由子

斉藤:今回のアルバムで唯一私が作詞を手がけた曲です。

武部:これが最後に入ってよかった。同じ言葉でも詞を書いた当時と今の気持ちは変わってるはずだしね。今回の選曲をするオンラインミーティングで、最後のひとつを争う曲がたくさんあったなかで、この曲に決まった。由貴ちゃんが推したんだよね。

斉藤:今の私のマネージャーさんが「どうしてもこの曲が好き」って猛烈にプッシュして来たんです(笑)。「ものすごくいい曲だから今の由貴さんにぜひ歌ってほしい」って。それで「じゃ、やってみようか」って始まりでしたね。

武部:レコーディングも僕と由貴ちゃん二人だけで、ピアノと歌を「せーの」で同時に録った。あれがよかったね。

斉藤:そうですね。そう思いました。何回も録り直してうまくなることが肝要ではなかった。一番最初のひと匙で薄くそぎ取って味わうことが大事。この曲での私のボーカルは、すごく揺れてるところがたくさんあったじゃないですか。

武部:それがいいんじゃないですか(笑)。

斉藤:「よし、これで行こう」と決断した武部さんはすごいなと思いました。愛ですね(笑)。

武部:整ったものより、こういうもののほうが心が動いたりするじゃない。

斉藤:この歌が最後になったことが、この『水響曲』というアルバムにとってすごく重要だったと思います。

ーーアルバムタイトルの『水響曲』はどのように決まったんですか?

斉藤:今回は私の35周年アルバムになってますけど、私のなかでは武部さんと私で作ったアルバムという認識なんです。イーブンに私の選んだ字、武部さんが選んだ字を持ち寄ってひとつの世界観を表せる言葉がいいと思ったんです。だからすごくよかったです。

武部:「いいタイトルだね」ってみんなに言われるよ。響きもいいし、字面も綺麗だし、今までになかった言葉。

斉藤:「曲」という言葉を入れたときに全体が整いましたね。

武部:すべてを表してる気がした。35年ということ、クラシカルなアレンジを施したこと、いろんなことがすべて含まれている言葉になった。

ーーそういう意味でもあらためてお聞きしたいのは、デビューから35周年が経って、レコーディングの技術も進歩してあらゆる選択肢がある時代に、今回このアコースティックなアレンジが必要だと思われた理由です。

武部:80年代は、たくさん音を重ねることがかっこいいし贅沢だという美学があった。今は、時代も自分も、由貴ちゃんもそうかもしれないけど、「いろんな無駄なものを削ぎ落としたときに絶対に必要なものはこれ」という美学にちょっと変わってきたのかもしれないな。

斉藤:人生と同じで、自分の年齢がだんだん積み重なっていきますよね。人間が持ちうるものってやっぱり限界があって、必要じゃないもの、本心から好きとは思えないものは振り向かずにどんどん捨てていいんだと思うんです。余計なものを削ぎ落として、本当の自分だけで表現する。それって危ういかもしれないけど、そこを表現することの大切さみたいなものを私は今回のアルバムですごく感じました。

武部:やっぱりそれが35年経った我々が辿り着いた一個の結論かもしれない。35年前の我々に「こんな未来が待ってるんだよ」って伝えたいよね。でもそれは続けてきたから言えることでさ。途中でリタイアしたりしてたら、こんな作品は作れなかった。お互いにめげずに続けてきてよかったね(笑)。

斉藤:そう思います(笑)。

ーー斉藤さんの歌も、武部さんのアレンジもこの二人だからわかる魅力を引き出しあってると強く思いました。これは節目のアルバムで実現した特別なことだったかもしれないですけど、また次への始まりだったらいいなとも思ってます。

武部:これでおしまいになるのは残念だよね。由貴ちゃんは表現者としてまだまだやり残してることはたくさんあると思う。これからまた新たな曲を今の僕だったり今の由貴ちゃんでできることとして表現できる場があるといいよね。

斉藤:そうですね。私は武部さんの演奏で私が歌を歌って、というのをぽつぽつとできたらいいなとすごく思います。

武部:1曲ずつ録って配信するとかね。

斉藤:武部さんとライブでご一緒するのすごく好きなんです。演奏と歌がその時その時で呼応するじゃないですか。信頼関係が音に表れる。あの感じって、そんなになかなかあることじゃないと思うんです。やっぱりお互いのフィールドで積み重ねてきたものがあってこそなので。その科学変化とか光合成みたいな感覚って、きっと音楽の醍醐味だと思うんですよね。

武部:それが今回再確認できたことがうれしかったね。

斉藤:本当にありがとうございました。素晴らしかったです。

斉藤由貴「卒業 (from水響曲)」スタジオライブ(feat.武部聡志)

■リリース情報
デビュー35周年記念セルフカバーアルバム
『水響曲』※読み:すいきょうきょく
発売日:2021年2月21日(日)
通常盤:CD ¥3,000+税
収録曲:
1. 卒業
2. 白い炎 
3. AXIA〜かなしいことり〜
4. 初戀
5. 情熱 
6. 悲しみよ こんにちは 
7. 青空のかけら 
8. MAY 
9. 砂の城 
10.「さよなら」 
全10曲収録

初回限定盤:2CD ¥4,000+税 
※セルフカバーと同一楽曲のオリジナルバージョンを収録した特典ディスク付き
収録曲:
Disc 1:水響曲(セルフカバー)
1. 卒業
2. 白い炎 
3. AXIA〜かなしいことり〜
4. 初戀
5. 情熱 
6. 悲しみよ こんにちは 
7. 青空のかけら 
8. MAY
9. 砂の城
10.「さよなら」 

Disc 2:オリジナルバージョン
1. 卒業
2. 白い炎 
3. AXIA〜かなしいことり〜
4. 初戀
5. 情熱 
6. 悲しみよ こんにちは 
7. 青空のかけら 
8. MAY
9. 砂の城
10. 「さよなら」 

配信情報:2021年2月21日(日)より、デビュー35周年記念セルフカバーアルバム「水響曲」収録全曲、主要定額音楽ストリーミング配信(サブスクリプション)サービスおよびiTunes Store、レコチョク、moraなど主要ダウンロードサービスにて順次配信スタート

※対応ストリーミングサービス:
Apple Music、Amazon Music、AWA、KKBOX、LINE MUSIC、mora qualitas、Rakuten Music、RecMusic、Spotify、YouTube Music、dヒッツ、うたパス、SMART USEN
作品ページはこちら

ビクターエンタテインメント公式Twitter(@VictorMusic)

■ライブ情報
『斉藤由貴〜Billboard Live Tour “水響曲”  featuring 武部聡志〜』<全会場Sold Out>
3月6日(土) ビルボードライブ大阪
3月28日(日) ビルボードライブ横浜
4月2日(金) ビルボードライブ東京
※全会場、1stステージ 開場14:00 開演15:00 / 2ndステージ 開場17:00 開演18:00

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