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笑福亭鶴瓶が戦後の総理大臣・吉田茂に SPドラマ『アメリカに負けなかった男』を観て考えたこと

リアルサウンド

20/2/24(月) 8:00

「そんなこと言ったってなぁ、戦後の日本を作ったのは自民党だぞ」

参考:松嶋菜々子、『アメリカに負けなかった男』に吉田茂を支えた元芸者役で出演 「意識したのは“粋”」

 いきなり個人的な思い出話になってしまい恐縮だが、今から20年ほど前、筆者が出版社に勤めていた頃、上司に当たる編集長が、酒の席で時の政権を批判する先輩たちに向かってそう言った。今ではバリバリの右寄りオピニオン雑誌を発行しているその人だが、当然、そのときから自民党びいき。戦中生まれの身としてその子供世代が何を言うかと思ったのだろう。当時、若かった私は、日本史の教科書を思い出し「戦後の自民党って、吉田茂とか佐藤栄作のあたりのことを言っているのかなぁ」とぼんやり考えた。不勉強ゆえ教科書以上の知識はない。リアルタイムの記憶もない。私たちは吉田茂が死んだ1967年以降に生まれた世代である。

 そんな私にとって、2月24日放送のテレビ東京系のスペシャルドラマ『アメリカに負けなかった男~バカヤロー総理 吉田茂~』の内容はとても興味深かった。物語は、笑福亭鶴瓶の演じる吉田茂が対米戦争を回避しようと画策しているところから始まる。そこから敗戦となり焼け野原になった市街地が映し出され、外交官だった吉田は外務大臣、やがて総理大臣に就任。マッカーサーが率いるGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)との交渉役となって、得意のユーモアも交えながらマッカーサーと折衝し、アメリカから食糧支援などを引き出す。

 鶴瓶と言えば、歴史ものでは大河ドラマ『西郷どん』(NHK総合)で岩倉具視を演じたことが記憶に新しい。岩倉役はまず見た目が違う!ということで、大河クラスタにとってはトラウマになったぐらいのキャスティングだったが、本作での吉田茂役はアリかナシかで言ったらアリ。見た目も岩倉役ほどの違和感はなく、丸顔でたれ目、大きな体というのは吉田茂像とリンクする。鶴瓶は関西弁を封印して政治用語を駆使し、長セリフもこなす。さらに、吉田が政治の表舞台に立ったのは現在の鶴瓶と同じ67歳ごろで、年齢の一致が演技にリアリティを付与している。そして終盤、吉田が念願である日本の独立にこぎつけ、サンフランシスコ講和条約の調印に臨むとき、完成した原稿を見て思わず涙を落とす表情には胸を打たれた。

 そもそも鶴瓶本人が政治家向きではないか。TVのレギュラー番組ではさまざまなゲストを迎えて軽妙にトークし、「鶴瓶の家族に乾杯」(NHK総合)と「A-Studio」(TBS系)では、毎週のように全国各地に取材に出かけ、初めて会った市井の人々とも、にこやかに交流している。フットワークが軽く、バイタリティがある。ドラマの収録では、周囲への気遣いを欠かさなかったという。その本質的なところで、政治家役はしっくりくる。

 また、生田斗真は1年前の大河ドラマ『いだてん』(NHK総合)出演時、「鶴瓶の家族に乾杯」にゲストとして登場していた。本作では吉田茂を側近としてサポートした白洲次郎を演じている。24歳上の吉田を「じいさん」と呼び、タメ口で話し、時に叱咤さえする白洲は、イメージどおりの自由人。英語のセリフも多いが、生田はナチュラルに話し、かつ米国に対して屈しない白洲の精神の強さを表現している。

 吉田にとっての白洲とはなんだったのか。また、吉田が自分の政治派閥を作るために集めた“吉田学校”の面々、佐藤栄作(安田顕)、池田勇人(佐々木蔵之介)、田中角栄(前野朋哉が怪演!)と白洲の違いはどこにあったのか。それを言い表した吉田の後妻・こりん(松嶋菜々子)のセリフが印象的だ。

 吉田邸では、三女・麻生和子(新木優子)がイヴァンカ・トランプ的ポジションとなってファーストレディの役割を果たし、その長男・太郎は吉田に「おじいちゃん、いつママを帰してくれるの」と聞く。このかわいい太郎くんこそ、今の副総理なのである。また、吉田学校の中心人物であった佐藤栄作は、安部総理大臣の祖父・岸信介の実弟であるので、まるで現政権トップの“ファミリーヒストリー”を見ている思いにもなる。

 75年前の敗戦は国体が維持できるかどうかの瀬戸際だった。GHQ占領下、多くの国民は貧しく、プライドが持てずにいた。その暗い時代に、アメリカと交渉し早期の独立を果たした吉田茂は、たしかに頼れる総理大臣だっただろう。自由民主党総裁となりその後に続いた佐藤栄作、池田勇人らも同じく。そのときの記憶があるがゆえに「戦後の日本を作ったのは自民党だ」と考える人の気持ちはわかった気がする。そして、その思いは今でも、国民の過半数が共有しているのかもしれない。そこにはきっと敗戦直後のどん底状態には二度と落ちたくないという心理が働いていて、つまり、戦後はまだ終わっていないんだなとも考えさせられた。

 若松節朗監督の演出は奇をてらわず、暴力シーンや涙々のエモーショナルな場面も作らず、史実を基に吉田の言動を映し続ける。映画の監督最新作『Fukushima 50』(3月6日公開)でも2011年の福島第一原発の事故をドキュメンタリータッチで描き、吉田所長(渡辺謙)らの取った行動をジャッジせずに映し出した。「経験したことがない原発事故の人間模様を忠実に映像に収めたいと思いました」という映画について語った監督の姿勢は、このドラマでも貫かれているように見えた。(小田慶子)

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