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宇多田ヒカル渾身のラブソング並ぶ『初恋』に代わり、浦島坂田船が首位に 最新チャートを考察

リアルサウンド

18/7/14(土) 10:00

参考:週間アルバムランキング2018年7月16日付(2018年7月2日~2018年7月8日・ORICON NEWS)

 今週の話題は、もちろん6月27日にリリースされた宇多田ヒカルの『初恋』。デビュー作を想起させるタイトルですが、「本場仕込みの天才R&B少女現わる!」とセンセーショナルに騒げた当時の我々リスナーは、今思うとなんとも無邪気というか表層的だった気がします。月日の長さは、好むと好まざるとにかかわらず、彼女にとんでもない深みを与えてしまった。洋楽っぽいで片付けられない日本語のポップス、しかも軽く聞き流すことのできない渾身のラブソングが、ここにはずらりと並んでいます。

 もちろん、少々ユーモラスな「パクチーの唄」のような一曲もありますが、全体のトーンはかなりシリアス、そして言葉が生々しい。永遠を願うがゆえに死を想うような筆致には、『初恋』という響きの甘酸っぱさとは対局のニュアンスがあるのです。だからこそ深く刺さる。トラックの美しさに圧倒され、複雑なリズムの構築に驚き、歌詞や譜割りの凄まじさに戦慄を覚えたあと、私は思わず叫びたい衝動に駆られました。これ、まさに最高傑作。二年前にミリオンを突破した前作『Fantôme』を上回る内容ではないでしょうか。

 さて、こういう大物の作品が出るとき、リリース日をぶつけようとするチャレンジャーはさすがにいなくなりました。前作の時はEXILEのベスト盤が同週発売でとんでもない数字対決を繰り広げていたのですが、今回、宇多田に勝負を挑んだ大物はゼロ。前週に続き、今週も然りです。さだまさし、德永英明などベテランが入ってはきましたが、これぞ宇多田の好敵手といえる作品は特になし。宇多田が他を大きく引き離し連続首位となるのは予想済みでした。

 蓋を開けてみれば、『初恋』は今週5.3万枚を売り上げて、累計はすでに25.7万枚を突破。素晴らしい作品がドカンと売れるのは気持ちがいいです。ただ……なんということでしょう、これは首位の記録にあらず。宇多田より2000枚多い5.5万枚のセールスで今週1位を奪取したのは、浦島坂田船『V-enus』だったのです。えぇーっ? 誰なのっ?

 知らないのかよ、と笑う人は笑ってください。まったく知りませんでした。浦島坂田船とは男性ボーカルグループで、うらたぬき・志麻・となりの坂田。・センラというハンドルネームで活躍する4人組。結成の2013年からニコニコ動画で「歌ってみた」「生放送」などの投稿を続けてきたそうで、今ではラジオ番組風のトークや、バラエティタッチの企画が大人気。男女を問わず若い世代から絶大な支持が集まり、昨年メジャーデビューに至ったようです。

 知らない立場で一気に調べたから乱暴は承知ですが、要するに浦島坂田船は、歌えるうえにトークも面白く、体当たり企画もこなせるネット界のマルチアイドル、みたいな存在でしょうか。楽曲も初めて聴きましたが、どんなタイプの曲でも楽しそうに歌い、また歌声の違いも含めて各自のキャラを活かしているところ、けっこうジャニーズっぽいなと思います。ただし世界のクリエイターからトレンドを薄く意識した楽曲を集める嵐などとは違い、彼らはいい意味でチープというか、真似してみたくなる親しみやすさがある。どこまで意識的かはわかりませんが、これぞまさに2010年代ネット社会の申し子でしょう。

 ヒャダインや米津玄師など、ネットから火がつき有名になったミュージシャンは過去にもいましたが、彼らはネット→各メディアが注目→CMやアニメなどタイアップ主題歌を担当→本格的ブレイクという手順を踏んでいたわけです。しかしこの『V-enus』は全曲ノンタイアップ。ニコ動を“自分たちに最も適したメディア”として駆使する浦島坂田船には、どうやら「マス」に進む必要がないようです。それでも5.5万枚が売れるのだから、うーん、凄い時代になったものです。

■石井恵梨子
1977年石川県生まれ。投稿をきっかけに、97年より音楽雑誌に執筆活動を開始。パンク/ラウドロックを好む傍ら、ヒットチャート観察も趣味。現在「音楽と人」「SPA!」などに寄稿。

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