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ライムスターが語る、ヒップホップのライブの価値 「歴史が浅いからこそ、何ができるのかを試行錯誤してきた」

リアルサウンド

21/3/5(金) 12:00

 ライムスター初のオフィシャルブック『KING OF STAGE ~ライムスターのライブ哲学』(ぴあ)は、結成から30年にわたってシーンの最前線を走り続けてきた彼らが、その活動の真骨頂である“ライブ”について、メンバー三人が言葉を尽くして語った一冊だ。ターンテーブルを軸に組み立てられたヒップホップのライブだからこそ、考え尽くされたステージングの裏側には、あらゆる表現に通じる哲学がある。コロナ禍で数多くの興行が中止を余儀なくされる中、アーティストの視点から改めてライブの価値にスポットを当てた本書について、宇多丸、Mummy D、DJ JINの三人に語ってもらった。(編集部)

ただのアーティスト本ではなく、普遍的な価値を持つものに

ーー新作のリリースに伴うインタビュー記事などで、アーティストが音源作品について語るテキストはたくさんありますが、実はライブについて語るテキストは意外に少ないです。一冊まるごと、ライブに絞って語られた書籍というのは、音楽書としても画期的だと感じました。

宇多丸:この本のもとになった「ぴあ」の連載「One for the Road~47都道府県ツアー日記~」は当初、もっと軽い感じのツアーこぼれ話にするつもりでいたんだけれど、気づけばライブの捉え方や技術論についての話が中心になっていったんです。我々としては、普段からやっていることを記していっただけなんですけれど、人に伝えると「へぇ!」と思ってもらえることが意外と多いんだなと、改めて気づいていったというか。

ーーライムスターにとって、初めてのオフィシャル本というのも意外でした。

宇多丸:ラッパーの本というと、基本的にワイルドな生い立ちを語ったりする自伝がほとんどだと思うんですけれど、俺たちはそういうタイプではないし、かといってラップの教則本を出すというのも違う。写真集を出したってしょうがない(笑)。もしも本を出すなら、ただのアーティスト本ではなく、もっと普遍的な価値を持つものにしたいと考えたときに、この企画はぴったりだなと思いました。これまでライブで頑張ってきたグループだし、そこに特化することで、これまでにないタイプの本ができたのであれば、嬉しいですね。

ーーライムスターのライブが、DJのレコード二枚使いを軸としたクラシカルなヒップホップのスタイルであることを、入念に説明しているのも興味深かったです。バンドの生演奏ではなく、録音された音源を使ってパフォーマンスをするからこそ、グループとして深く「ライブの価値とはなにか?」を突き詰めて考えている印象でした。

DJ JIN:バンドがライブをするということ、ミュージシャンが人前で演奏をすることは、大昔から行われていることですけれど、ヒップホップはそれらに比べて歴史が浅いし、詳しくない人からすれば「ヒップホップのライブってどういうこと?」という疑問は当然あると思います。そもそも、DJがなにをやっているのかも知らない人が多い。ヒップホップのライブの仕組みが書かれた本もこれまでになかったから、そういう面でもお手本の一つになれば良いなという気持ちはありました。

ーーDJの教則本などは一応ありますけれど、ある一定以上のテクニックなどはDJによってバラバラですし、ほとんど独学という人が大半なので、一般に共有されていない知識がたくさんありますよね。本書で書かれている「スピーカーの片方からしか音が出ない時は、レコード針のカートリッジ接触部分を10円玉で擦ると大抵なおる」といった知識は初めて知りました。

DJ JIN:そうそう、DJのテクニックとかタンテ周りの機材的な知識って、ほとんど仲間内で口伝で広がっているだけなんです。ギターやベースやドラムに関しては、長い歴史の蓄積があるけれど、DJに関してはほとんどない。だから、そういうのを残していかないといけないという意識は、多くのDJたちにもうっすらとはあるはずです(笑)。それをまず自分で形にしてみたのが、僕の書いたパートですね。DJに関する教則本などは、もっといろんな角度のものが出て良いと思います。

宇多丸:ちゃんと歴史に残しておくべきだよね。でも、新しい教則本が出てきたとしても、10円玉のことは書いてなさそうだな。ほとんど民間伝承(笑)。

ーーJINさんがDJでありながら、全身でパフォーマンスすることに意識を傾けているというのも、まさにライムスターのライブ哲学だと感じました。

DJ JIN:この三人という最小の単位だからこそ、ライブで何を見せられるかは追求してきたし、それがライムスターの歴史でもあります。この本にも書いたように、若い頃はストイックにDJに集中していましたし、その方がクールだという価値観もわかります。でも、いろんなバンドと共演していく中で、ステージに立って何かをするのであれば、身振り手振りを交えてお客さんとテンションのやりとりをしていくことも、ライブには必要だと考えるようになりました。ミュージシャンは演奏していないときもなんらかのアクションをしたり、演奏に合わせて表情も作ったり、様々な工夫を凝らしてライブ感を作り上げているじゃないですか。ターンテーブルのライブは歴史が浅いからこそ、そういうバンドの方法論を吸収して、何ができるのかを試行錯誤しています。

ーーMummy Dさんは、宇多丸さんとの役割の違いについて自ら解説しています。

Mummy D:「もうちょい隠しておけばよかった」っていうくらい、この本ではネタバラシしちゃっていますね(笑)。宇多丸さんが客席の前の方を盛り上げる担当で、俺が後ろの方まで届けるのが担当というのは、あくまでも俺の意見で、宇多丸さんは違う考え方だったけれど、要するに我々はやはりライブを主体としたグループで、だから話し合うことがたくさんあったんです。ライブにそこまで力を入れていない、音源を主体に活動するグループもいるけれど、もしライムスターもそうだったら、この本は成り立っていない。でも、ライブに関してはこの本でもうすべて語り尽くしたので、もうネタ切れです(笑)。

宇多丸:なまじ、それを言語化しちゃったから、「違うことやらなきゃダメかな?」って変にハードルが上がっちゃったよね(笑)。

またライブが再開できる日は必ず来る

ーーファンからすると、一回のライブの前にどれだけの試行錯誤があるのかが窺い知れるのも面白いポイントだと思います。

宇多丸:ライブの流れを決めるだけでも本当に大変ですね。「セットリストに終わりなし」と書いているけれど、ライブは単に完成度を高めていけば良いというものでもない。完成度を高めると同時に、流動性や偶発性を意識しなければいけなくて。ミスやアクシデントもまたライブの面白さですから。不思議なものです。

ーーだからみなさんは、ライブ前に少しお酒を飲まれるという……。

一同:(笑)。

宇多丸:まあ、それは褒められたことではないですけれど、「バッドチューニング」は流動性や偶発性を高める要素として必要ですね。あとは、単純に気を楽にする効果もある。準備を十分にして、あとは力を抜いてステージに挑むというか。何事にしても、力を入れすぎない方がうまくいくことってあるじゃないですか。失敗したからといって、ステージで勝手に凹んでいてもしょうがないですし。

ーーMummy Dさんが本書で提言していた「おじさんはどんどんふざけなければいけない」という考え方とも通じる気がします。

Mummy D:だって、ステージ上でシリアスになっているおじさんなんて見たくないでしょう(笑)。おじさんになればなるほど、なにかをやるときには軽さが必要になってくるんです。言ってみれば高田純次さんみたいな感じが、目指すべきおじさん像じゃないですかね。

ーーバッドチューニングもそうですけれど、JINさんが忘れ物しないようにものすごく気をつけていることとか、ライブという非日常的な空間を作り上げる上でも、実はちょっとした心がけが大切なんだということがこの本から伝わってきます。その意味で、クリエイターやアーティストといった人々ではなくても、学びのある本になっていると思いました。

Mummy D:編集の方にもそれは言われました。我々が語るライブ哲学は、多くの人にとっていわゆるビジネス本のような役割もあるはずだって。「こんな話で役に立ちますか?」という感じもあるけれど、もしそうだとしたら嬉しいですね。

宇多丸:先ほど書店員の方に、「MCについての話がすごく参考になりました」と言っていただいたんですけれど、たしかにそうかもしれないと思いました。しゃべりの技術って、なにも芸能的な分野だけではなく、不特定多数の人を相手に接客をしている方などにとっても大事じゃないですか。例えば、化粧品の販売接客だって、トークスキルは武器になるはずで。グループを長く続けるコツとかも、会社員やお店をやっている人にとって役立つ話かもしれない。顧客の要望に応えつつ、こちら側の強みをどうアピールしていくかという問題は、僕らの仕事に限らず重要なことだと思うので、そういう読み方をしてもらっても面白いと思います。きっと、基本的なところはそんなに変わらないんじゃないかな。

ーーこの本が、ライブエンターテイメント業界の発展に貢献してきた「ぴあ」から刊行されるのも意義深いと思います。コロナでライブの開催が難しい中、作り手の視点からライブの価値を改めて示すような内容で、そこに感銘を受けました。

一同:……たしかに!

宇多丸:言われてみれば本当にそうですね。そもそも、ライブの魅力を別の角度から伝えようとして始めた連載でしたね。

Mummy D:それは僕の意見として書いておいてください(笑)。

DJ JIN:2019年の全国ツアーはめちゃくちゃ手応えがあったので、それがコロナで一切できなくなってしまったのは残念ですが、こうして本を通じて我々のライブに対する想いを伝えられたのは良かったと思います。またライブが再開できる日は必ず来るので、それまでにこの本を読んで、期待を膨らませてくれたら嬉しいですね。

■書籍情報
『KING OF STAGE ~ライムスターのライブ哲学』
ライムスター、高橋芳朗 著
発売中
出版社 : ぴあ
https://www.piabooks.com/kingofstage

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