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“縛り”によってクリエイターの個性が爆発 コロナ禍を描いたオムニバス映画『緊急事態宣言』の魅力

リアルサウンド

20/9/3(木) 18:00

 『緊急事態宣言』。今でこそ聞き慣れたワードだが、実際に緊急事態宣言が発出された令和2年4月7日当初、まだ得体の知れない“ウイルス”に脅かされ世界中の人々が恐怖と不安の中で戦っていた。現在でも、多くの人がこのCOVID-19の騒ぎに大なり小なり価値観や生活を揺さぶられ続けている。そんな否が応でも歴史に刻まれるであろうこの事態を、オムニバス映画にするプロジェクトが立ち上がった。8月28日よりAmazon Prime Videoにて独占配信中の映画『緊急事態宣言』は、日本を代表する5組の監督と豪華キャストが参加し、2020年3月末に感染拡大防止策を徹底した「完全リモート制作映画」としてスタート。その後、5月の緊急事態宣言解除を受け、現場は小規模撮影も交えた製作形態に代わり、刻一刻と変化するコロナ禍をダイレクトに反映させつつ、“緊急事態”がもたらした光も影をも「映画」の世界に落とし込む。新型コロナウイルス感染拡大防止を徹底した状況で撮影、 制作が行われ、新たな映像技術や今までになかった視点からの表現で「緊急事態」をテーマに作品を編み上げたのだ。

 コロナ禍における映像制作では、テレビドラマや映像配信でも多くのクリエイターが作品を発表し話題になった。「ソーシャルディスタンス」や「リモート会議」など新しい生活様式によって生まれた価値観や言葉がホットワードになり、エンタメの世界もライブ配信や動画コンテンツへの参入への意識が高まる。さらにそれらを取り入れた作品が生まれ、新たな映像表現が試され始めているのが現状だろう。

 今回のオムニバス作品『緊急事態宣言』は、コロナ禍という“縛り”がある制作形態だからこそできた作品が収録されている。3密を完全に排除した状態での作業は、「十分な意思疎通が難しい」「満足したものが作れない」などというイメージも付随するが、今回の作品では今、3密排除が求められる状況下でどこまでクオリティを上げていけるのか、そしてそんな状況下だからこそこれまでと違う作品が作れるのではないかという挑戦の一歩として大きな意味を持ったと感じる。本作の中の非同期テック部の作品『DEEPMURO』では冒頭に前作の振り返り映像として、第一回作品『ムロツヨシショー、そこへ、着信、からの』、第二回作品『ムロツヨシショー、再び』公開までの打ち合わせの様子や、作品をどのように作り上げていったのかを観ることができる。そこからは、コロナ禍でも技術や発想を使ってより挑戦的な作品を追求していけるのだという熱量を感じ取れた。

 オムニバス映画ということで5作はそれぞれ独立した存在ではあるが、同じ苦境をともにし、同じ「緊急事態」というテーマで作られたことによる繋がりは明確に伝わってくる。それぞれのクリエイターが感じた「コロナ禍」での生活から切り取った表象が、5作を通して強固に結びつき、我々に改めて「思考させる」きっかけを与えるだろう。

 今回はとりわけ『孤独な19時』と『DEEPMURO』について、より踏み込んで言及していきたい。

『孤独な19時』

 コロナ禍の今、目の前で起こる問題を解決することさえ困難であるにも関わらず、『孤独な19時』で我々はさらに悍ましい未来を見せつけられる。だがそこに共存するのは我々のルーツを感じさせる力強いパワーであり、本作は削ぎ落とされた世界の中で主人公が感じ取る“メッセージ”に素直に帰着することができる作品であった。

 監督を務めるのは『愛のむきだし』(2009年)、『ヒミズ』(2012年)などで知られる園子温。「COVID-19収束後に現れたさらに狂暴なウイルスにより、自粛生活が果てしなく続く日本」を舞台に、緊急事態宣言下より遥かにストイックな自粛生活を強いられる世界を描く。そんな世界に生まれ、30年もの間一度も家の外に出ずに暮らしてきた主人公の音巳を斎藤工が演じる。

 フィルム時代の古典映画作品を彷彿とさせるモノクロ映像で始まる音巳の家族の描写と、その家族亡き後の部屋をほぼそのまま残し音巳の部屋に使った本作は「時間」を意識した演出が印象的だ。さらに時の経過を強く打ち出す独特な美術は作品の世界の過酷さを物語る。

 カレンダーの役割をする部屋の壁は今が2060年6月であることを示し、その数字の上に幾重にも塗り重ねられたばつ印は、この部屋の中で音巳が長い時間を過ごしてきたことの異様さを表した。黄ばんだ襖に記された家族からのメッセージや、幼い頃の音巳が描いたと思われる落書きなど、音巳と家族との歴史が刻まれる家屋は、音巳が家族への想いを強く募らせてきた背景を物語る。だが音巳が生きる世界はとてつもなく長い間、人々が「自粛」を続けてきたことで他者と出会う機会さえ許されず、次の世代を設けることも叶わない世界だった。

 住宅街であるはずの音巳の近所にも、もう音巳以外の人間は暮らしていない。とあるきっかけで外に出た音巳が通りかかる景観には、こうした時の流れの辛辣さを見せ付けるように空き家に白骨死体が転がる様が映し出される。人間が長い間、外との交流を断ち「自粛」を強化することでどんな未来が生まれるのかが描かれ、当たり前のように部屋で過ごす音巳の淡々とした語りとは対照的に、美術や演出で音巳を取り巻く「苦難」や「問題」をあぶり出す。

 本作の主人公を演じる斎藤は、家中に記録されてきた数々の思い出を眺める表情に幸せを滲ませ、一人芝居となる前半で作品の世界観をわかりやすく表現する。「コウノトリ」と呼ばれるドローンで食物が届けられる様や、毎日のポラロイドカメラでの自撮りを一枚ずつ積み重ねるように壁に貼り出すことは、さも特別なことではないように淡々と演じた。一方で外出をするという当たり前のはずの行為を、仰々しいほど“特別”なものだと表する。防護服を身に纏い、偶然出会ってしまった他人に向かって大きな声で「ソーシャルディスタンス!」と叫ぶ姿はもはや緊迫感を通り越して滑稽にも感じるが、こうした違和感の一つひとつが作品の世界観を構築していく。

 ありえないと思わせる世界を生き抜く音巳という存在は、視点を変えれば過去から見たCOVID-19時代の我々の姿にも重なる。未来というものは常にありえないことが起こる可能性を孕んでおり、作品を通してそれに気づいてしまったときに我々はどうしようもない恐怖に支配される。だが園子温はこの恐怖の果てに一筋の光を描くことを厭わなかった。それに気づいたとき、我々は少しだけ肩の荷が降りるだろう。音巳が気付くことで伝えられるこの“メッセージ”は我々に生きることの目的や意義を見出させ、宙ぶらりんに「生活」だけを繰り返す世界から救ってくれる。園が描いた「緊急事態」を受けとめることで、改めて何が我々の心や身体を蝕んでいくのかに目が向く。本作はシビアなコロナ禍に、さらにストイックに切り込む作品の体を取りつつ、その実、人が生きていくために本当に大切なことを問うているように見えた。

『DEEPMURO』

 一方『DEEPMURO』は、俳優のムロツヨシ、メディアアーティストの真鍋大度、劇作家の上田誠からなるユニット「非同期テック部」が監督を務め、今回のオムニバス作品の中でも異色の存在感を放つ。最新テクノロジーを駆使した演出を得意とする真鍋と、どんな役でも巧みにこなす卓越した演技力で人気のムロ、映画・舞台・ドラマ・アニメと表現の場を超えて演出力を発揮する上田が三者三様の個性で織りなすハーモニーは、コロナ禍のエンタメ業界を大きく牽引する。2020年春に、ムロによって集められ結成されてから「非同期テック部」はYouTubeやInstagramを作品公開の場とし、緊急事態宣言下にも精力的に作品作りを続けてきた。それらは『DEEPMURO』の構想段階とも捉えられるものであり、『ムロツヨシショー、そこへ、着信、からの』(Instagram)や『ムロツヨシショー、再び』(YouTube)での“ムロツヨシの増殖”という演出が、今回の『DEEPMURO』で活かされる。

 『DEEPMURO』はこれまでの「非同期テック部」の歩みを振り返る映像でスタートする。その後、柴咲コウとともに演技をするムロの様子に視聴者はすぐに違和感を覚えるだろう。その違和感の正体こそ本作で大きなウエイトを占める部分なのだ。このことを発端にストーリーはサイエンスフィクション仕立てで進む。しかし一方で、そこには思いもよらぬ純愛も存在するのであった。

 終始、重層的に構成された22分間はフィクションとノンフィクションの境界を曖昧にする。だが「非同期テック部」の作品が「生(なま)」の感覚を感じさせる最大の理由は、リアルな流行が作品に盛り込まれ、鮮度の高い状態で世に送り出されることにあるだろう。これは本作だけでなく「非同期テック部」の他作品にもいえることであり、オンラインミーティングアプリの「Zoom」を文字った「ズーヌッ」というワードや、任天堂の人気ゲーム「あつまれどうぶつの森」をパロディした「あつまれ同列のムロ」というフレーズ、自粛期間中に多くの芸能人がスタートした「インスタライブ」を新作発表の場に使うなど、トレンドを即座に取り入れる点で工夫が凝らされてきた経緯からも伺える。

 また、本作のために集結した役者の豪華さにも触れておきたい。ムロの事務所の先輩であるきたろうは作中でも現実さながらの設定で登場し、自身の持ち味を生かしたひょうひょうとした芝居で楽しませてくれる。さらに柴咲コウは前半と後半では大きく役割を変え、本作の一番の核となる「純愛」部分の“面白さ”を引き出す。ムロの持つ愛嬌や茶目っ気を含んだ芝居と同じトーンで演じつつ、土台の安定したキャリアの光る名演を見せ、テック×映画の新境地を表現した。

 「緊急事態」というテーマをどう捉えるかはクリエイターによって様々だ。今回のオムニバス作品を5作続けて観た後には、改めてそう感じさせられるだろう。その中で「非同期テック部」の『DEEPMURO』は他作品とは明らかに違う角度から切り取られており、試験的ともいえるトリッキーさは『緊急事態宣言』の中でも異彩を放った。

 こうして作品ごとに全く異なる個性が発揮されることが『緊急事態宣言』の魅力とも言える。ひとつの軸に対して様々なアプローチから練り上げられた作品らは、様相、切り口を変えながら真利子哲也監督作『MAYDAY』までバトンを繋いだ。個性豊かなクリエイターが織りなす作品から、それぞれの個性を感じつつ、それがどのように共鳴するのかその目で確かめてみてほしい。

■Nana Numoto
日本大学芸術学部映画学科卒。映画・ファッション系ライター。映像の美術等も手がける。批評同人誌『ヱクリヲ』などに寄稿。Twitter

■配信情報
『緊急事態宣言』
Amazon Prime Videoにて独占配信中
(c)2020 Transformer, Inc.
Amazon Prime Video:www.amazon.co.jp/primevideo
公式Twitter:@KINKYU_JITAI

『孤独な19時』
監督:園子温
出演:斎藤工、田口主将、中條サエ子、関幸治、輝有子、鈴木ふみ奈

『デリバリー2020』
監督:中野量太
出演:渡辺真起子、岸井ゆきの、青木柚

『DEEPMURO』
監督:非同期テック部(ムロツヨシ+真鍋大度+上田誠)
出演:ムロツヨシ、柴咲コウ、きたろう、阿佐ヶ谷姉妹

『MAYDAY』
監督:真利子哲也
出演:各国の人々(日本パート:岩瀬亮、内田慈)

『ボトルメール』
監督:三木聡
出演:夏帆、ふせえり、松浦祐也、長野克弘、麻生久美子

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