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ビリー・アイリッシュと家族が見つめる“少しぼやけた世界” 成長映したドキュメンタリーを観て 

リアルサウンド

21/3/11(木) 12:00

 『ビリー・アイリッシュ:世界は少しぼやけている(原題:Billy Eilish: The World’s A Little Blurry)』は、最近の音楽ドキュメンタリーに見慣れている身としては、どこか異様とも思える作品に仕上がっている。ナレーションは一切なく、解説は時系列と場所を示すのみ。本作を完成させるために撮り下ろされたインタビュー映像もなければ、ドキュメンタリーの目的を説明するテキストもない。ただ、淡々と2018年から2020年初頭を中心に撮影された、ビリー・アイリッシュと彼女の周りにいる人たちの様子を捉えた映像が続くだけ。にも関わらず、2時間20分という驚くほど長尺の作品に仕上がっている。

 それはつまり、本作の監督であるR・J・カトラー氏は、わざわざ自分で物語を語らなくとも、代わりに膨大な映像が物語を浮かび上がらせてくれることを期待しているのだ。そして、それは見事に成功している。10代後半という若さで驚くほどの成功を実現させたポップスターが、その成功とどのように対峙してきたのかが生々しく描かれている本作は、明確に物語を語らなくとも多くの人々にとって共感出来る内容となっている。

 それは、厳密に言えば本作が「ビリー・アイリッシュの物語」ではなく、「ビリー・アイリッシュと家族の物語」を映し出したものだからであろう。

家族として、ビリーのために出来る最善の選択とは

 本作の前半パートは、1stアルバム『WHEN WE ALL FALL ASLEEP, WHERE DO WE GO?』の制作風景と、同時期に実施されたツアーの様子を中心に構成されている。インタビューなどで語られていた「自宅でのレコーディング」では、特にレコーディング用に整備されていない部屋の中で、PCや楽器を触る兄・フィニアスとマイクを握るビリーが相談しながら、後に10億回以上再生される大ヒット曲を作り上げていく。多くの人が「レコーディング」と聞いて想像する光景とは明らかに異なるこの映像は、それ自体が興味深いものになっている。

ビリー・アイリッシュ

 だが、このレコーディング映像を見ていると、一見すると仲良く同じ方向に向かって努力しているように見えるフィニアスとビリーの間に、楽曲制作に対する考え方の違いがあることに気付かされる。楽曲制作者としてのプレッシャーを感じ、誰もが共感するようなヒット曲を書いてレーベルの担当者を黙らせたいと考えるフィニアスに対し、そのような楽曲を好まず、また人気が高まること自体への負担を感じているビリーは、やがてぶつかりあってしまう。だが、フィニアスは「若く野心的なプロデューサー」と「妹が苦しむことを不安に思う兄」の2つの姿の狭間で悩み、その悩みを抱えたままアルバムを完成へと導いていく。

ビリー・アイリッシュ

 このような葛藤に悩まされるのは、2人の母親であるマギー・ベアードにとっても同様である。ツアーに同行し、ビリーのサポートを担当する彼女は、多忙を極めるツアーによって強い負担を感じる娘の姿を見続けることになる。負担が高まったことで、ビリーは持病のチック症(顔をしかめる、口を尖らせるなどの動きを本人の意思とは関係なく繰り返してしまう症状)を悪化させ、元々弱かった足を痛め、当時の恋人との関係性の悪化に悩み、そしてファンの期待に応えられているのかどうかについて不安を抱くようになっていく。だが、あくまでビジネスパーソンとしても立ち振る舞う必要があるマギーは、ビリーのことを心配そうにじっと見守りながら、その時々でビリーがやるべきことを(本人が拒もうと)冷静に指示していく。ここにも、ビジネスと家族、2つの物事の狭間で悩む姿が描かれているのである。

 前半のクライマックスは、2020年のコーチェラフェスティバルである。自身の人気を証明する、壮絶な盛り上がりを見せたステージの裏側で、完璧主義者であるビリーは自身のパフォーマンスのレベルの低さに苦しみ、恋人に助けを求めるも来てくれることはなく、失意の底へと堕ちていく。

一人の若者が家族に支えられながらポップスターへと変わっていく瞬間

 そんなビリーを失意の底から救ったのは意外な人物だった。彼女にとって最愛のアーティストであり、彼女と同様に若くして絶大な成功を収めたジャスティン・ビーバーである。ビリーが落ち込んでいたタイミングで、彼が参加した「bad guy」のリミックスが到着し、結果その音源が彼女を励ます最高の治療薬となったのである。そして、コーチェラフェスのアーティストエリアにて遂に直接の対面を果たした2人。様々な感情が押し寄せ泣き続けるビリーを、ジャスティンは優しく受け止めていた。帰宅中の車内で、その時のことを振り返りながら感動している彼女に対して、フィニアスは「彼(ジャスティン)が感じた気持ちはお前にも分かるだろ」と話す。ジャスティンからのメッセージを受け取ったビリーは、明らかにこれまでと意識が変わっていったように見えた。

 やがて、ビリーは恋人と決別し、アルバムツアーで足を痛めた際にもステージを続けファンと向き合い、その後もエクササイズを継続しながら戦う道を選ぶ。ツアー中に実施された「No Time To Die」の制作においても、思うように声が出ない状況に苦しみながら、最終的にはライブ後に録音したボーカルテイクで楽曲を完成させている。勿論、本人にとって納得のいかない出来事があり、それに対して家族に文句を言う場面もあるが、それでもその先へと前進していく姿を様々な映像から感じ取れることができる。そして、遂に迎えた2020年のグラミー賞では、主要4部門を含む多くの賞を授賞。ジャスティンからもお祝いのメッセージが届けられ、家族全員で大喜びしながら本作はクライマックスへと向かっていく。

 コーチェラフェスの頃には、「スクリーンに注目が集まるだろうから、自分の姿が見られなくて嬉しい」と語っていたビリーだが、本作の最後を飾るパフォーマンス映像では、ファンの前に立って堂々とした歌声を披露している。そして、エンドロールで流れるのは、これまでにないほど未来へのポジティブな期待で溢れた楽曲「my future」だ。この時間の中で、ビリーは間違いなく大きく変化し、成長した。それは家族にとっても同様であり、だからこそ乗り越えることが出来たのだろう。

 2時間20分のも及ぶ膨大な映像の数々が浮かび上がらせているのは、ある音楽好きの家族に生まれたビリー・アイリッシュが直面する激動と混乱の日々、そしてそれを家族全員で乗り越え、ポジティブな未来へと向かっていく物語である。

ビリー・アイリッシュ

■ノイ村
92年生まれ。普段は一般企業に務めつつ、主に海外のポップ/ダンスミュージックについてnoteやSNSで発信中。 シーン全体を俯瞰する視点などが評価され、2019年よりライターとしての活動を開始
Twitter : @neu_mura

ビリー・アイリッシュ■作品情報
『ビリー・アイリッシュ:世界は少しぼやけている』
Apple TV+にて配信中
視聴はこちら

監督:R・J・カトラー
出演:ビリー・アイリッシュ、フィニアス・オコネル、マギー・ベアード、パトリック・オコネル

ビリー・アイリッシュ日本公式サイト

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