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川本三郎の『映画のメリーゴーラウンド』

宮崎アニメ『風立ちぬ』から、成瀬巳喜男作品、山本富士子主演『如何なる星の下に』まで、今回は、隅田川、佃の渡しづくしです。

隔週連載

第24回

19/5/14(火)

 宮崎アニメ『風立ちぬ』(2013年)で、飛行機の設計を夢見る堀越二郎は、青年時代、関東大震災後の東京で、訪ねてきた妹と共に隅田川を走る「一銭蒸気」に乗って、深川から浅草に行った。
 「一銭蒸気」は、昭和のはじめ、隅田川を運行していた乗合い船で、いわば水上バス。蒸気船が乗客を乗せた客船を曳いて走る。明治のはじめに運航が開始され、当初の運賃が一銭だったので「一銭蒸気」と呼ばれた。川を行く蒸気船だったので「川蒸気」とも。
 昭和前期が全盛期で、下町の人々にとっては日常生活に欠かせない足になっていた。『風立ちぬ』は、それを踏まえている。
 同時代の映画でこの「一銭蒸気」が出てくるものとして、昭和十年(1935年)の成瀬巳喜男監督『乙女ごゝろ三人姉妹(きょうだい)』がある。川端康成作『浅草の姉妹』の映画化で、浅草に暮らす三人姉妹(細川ちか子、堤真佐子、梅園龍子)を描いた庶民劇。
 このなかに、人に使われて「門付け」(いまでいう「流し」)をしている可愛い娘(三條正子)が出てくる。
 三味線を持って酒場やカフェに行き、お客に「歌わせてよ」と声を掛ける。修行中の身なので、なかなか客がつかない。
 ある時、気晴しに「一銭蒸気」に乗る。川風が、落ち込んだ心を慰めてくれる。ちょっとした行楽気分になる。
 当時、船のなかでは行商人が食べ物や土産物、本や雑誌を売っていた。この日は、若い女性が、新しい薬を売っていて、まず試供品を配る。三条正子は、無料だと知って「わたしにも頂戴」と言って、貰い受け、薬を大事そうに帯のあいだにしまう。あとで仲間の一人が病気になった時、それを飲ませる。微笑ましい。

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