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氷室冴子『ざ・ちぇんじ!』の革新性とは? 受け継がれる「とりかえばや物語」の魅力

リアルサウンド

20/12/23(水) 10:00

 コバルト文庫の看板作家として活躍し、かつては少女の読書の定番だった氷室冴子。そんな氷室受容に“断絶”が生まれ、若年層のなかで氷室が読まれなくなって久しい。

 代表作として知られる『なんて素敵にジャパネスク』や、「とりかへばや物語」を翻案した男女逆転コメディ『ざ・ちぇんじ!』は、ある時期までは少女たちに親しまれ、平安文学の魅力を知る入門書としての役割を担っていた。だが氷室冴子が若年層に知られていない現在では、そうした文脈で言及される事はほとんどないだろう。全国の小中高生の読書状況を調べた「学校読書調査」を見ると、氷室冴子の名前は2000年を最後にランキングから消えている。若者向けの流行の移り変わりは早く、時代の空気感を反映したエンターテインメント小説は、時とともに古びていく。

 もっとも、氷室作品に改めて触れると、物語やキャラクターがもつ時を超えた魅力に気づかされるだろう。そして、そんな氷室冴子作品のエッセンスは、より間口の広いメディアを介して出会うことも可能なのだ。氷室作品の数々をコミカライズし、原作の魅力を引き出す作風で人気を博した漫画家に山内直実がいる。名コンビともいえる氷室・山内のタッグは大ヒットを生み出し、コミカライズ累計部数は1000万部を突破した。

 そんな山内版『ざ・ちぇんじ!』が、白泉社のアプリ「マンガPark」で10月から配信されている。今回はこの作品を取り上げ、後半では同一の古典を題材にしたさいとうちほの漫画『とりかえ・ばや』にも言及しながら、今もなお人々を魅了する異性装物語を見ていきたい。

 「新釈とりかえばや物語」と銘打たれたように、『ざ・ちぇんじ!』は古典を下敷きに執筆された小説だ。平安後期の成立といわれる「とりかへばや物語」は、長い間評価されず、近年になってその価値が見直されていった作品である。氷室は1983年という早い時期にこの古典に着目し、少女向きに改変したエンターテインメント小説として発表した。

 古典をベースにしつつも、ストーリーには氷室オリジナルの要素が多い。「とりかへばや物語」では、男として出仕するヒロインが妊娠出産し、姫の恰好をした弟も女東宮を妊娠させるなど、作中には生々しい男女関係が登場する。氷室は原作を巧みにアレンジし、少女向けの平安コメディとして物語を大胆に改変してみせた。

 権大納言・藤原顕通は2人の子宝に恵まれたものの、人には決して言えない悩みを抱えている。活発で利発な姉の綺羅姫は男の子のように育ち、異母弟の綺羅君は内気で迷信深い母親の方針で女として育てられている。やがて15歳を迎えた姉は男君として元服、弟は女君として裳着を済ませ、性別を偽ったままそれぞれ宮廷に出仕することになった。

 本来の性別が明らかになれば、帝をたばかった罪で親子は罰せられるだろう。かつて綺羅姫は家出先の北嵯峨にて、裸で泳いでいる姿を帝に目撃されていた。帝は美しい姫の面影が忘れられず、彼女の弟(の恰好をした本人)にも興味を抱くのだった。そんな帝の関心とさまざまな勘違いは、2人を次々とトラブルに巻き込んでいく。

 その結果、綺羅姫は女であることを隠して同性の三の姫と結婚し、のちに三の姫は宰相中将との密通で妊娠してしまう。男装した綺羅姫自身も、宰相中将に迫られたうえに失踪する。残された綺羅君は、2人が本来の姿に戻ることでこの男女逆転生活に結着をつけようと決意。そして姉を探し出すため、男の恰好に戻って動き出すのだった――。

 スピード感あふれる物語は最後まで波乱万丈の展開をたどり、無事ハッピーエンドに着地する。ぐいぐい読ませる楽しい小説だが、緻密な時代考証に基づく平安時代の描写や、現代的な言葉をミックスした口語文体には、氷室の高度なテクニックが注ぎ込まれている。それらの読みやすさを裏づける、作家としての確かな技術は改めて評価されるべきだろう。

 山内直実によるコミカライズ版『ざ・ちぇんじ!』は、1986年から連載が始まり、花とゆめCOMICSから全4巻で刊行された。山内の溌剌とした絵柄は氷室作品と相性がよく、平安時代のキャラクターもいきいきと動き回る。原作の軽快さはそのままに、少女漫画らしいケレン味を加えたドタバタコメディは、平安時代が苦手な読者でもするりと入っていける親しみやすさがある。初の平安ものとなった本作を経て、山内は『なんて素敵にジャパネスク』のコミカライズにも取り組み、大好評を博した。

 なお同じ古典を題材にした漫画として、2012年から連載されたさいとうちほの『とりかえ・ばや』全13巻にも触れておきたい。こちらは『ざ・ちぇんじ!』よりも原典に近いストーリーとなっており、それぞれのアレンジの違いを読み比べるのも面白い。氷室版の帝は終始蚊帳の外に置かれた不憫なキャラクターだったが、『とりかえ・ばや』では少女漫画のヒーローらしい造形となり、ヒロインとのロマンスも魅力的に描かれている。

 『とりかえ・ばや』を読むと、本作が現代的な感覚でアップデートされた「とりかへばや物語」であることを実感させられる。『ざ・ちぇんじ!』は80年代に発表された作品であるため、「おかま」の描写をはじめ、作中のジェンダー観やセクシャリティの描き方には、今日の視点からみると古さがあるのは否めない。とはいえ、そうした一面は『ざ・ちぇんじ!』の革新性や鮮やかさすべてを損なうものではないことも付け加えておきたい。

『さようならアルルカン/白い少女たち 氷室冴子初期作品集』 ところで、現在氷室冴子作品のうちコバルト文庫の主要作は電子化されたが、紙版で刊行された作品の多くは品切れで、入手困難な状況が続く。そうしたなか、12月16日に『さようならアルルカン/白い少女たち 氷室冴子初期作品集』(集英社)が刊行され、デビュー作や書籍未収録短編が復刊されたのは朗報だった。青依青のイラストが印象的なカバーも、これまでの氷室作品とは一線を画す雰囲気に仕上がっている。新しいパッケージによる氷室作品復刊の流れが、今後も続くことを期待したい。

■嵯峨景子
1979年、北海道生まれ。フリーライター、書評家。出版文化を中心に取材や調査・執筆を手がける。著書に『氷室冴子とその時代』や『コバルト文庫で辿る少女小説変遷史』、編著に『大人だって読みたい!少女小説ガイド』など。Twitter:@k_saga

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