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樋口尚文 銀幕の個性派たち

小木茂光、焦点を結ばないことの誘惑

毎月連載

第55回

『恋する男』(C)2019 Nest/Mermaid Films

ずっと機会あらば本連載で小木茂光のことを書きたいと思っていたのだが、なんとこのたび主演映画『恋する男』が公開された。ここで小木が扮したのは、長年奉公した会社からリストラを宣告され、一方では妻や娘から総スカンを食って離婚されてしまうという、本来なら淋しさつのるシニア予備軍みたいな男である。だが面白いのは、この男が同期から申し訳なさそうにリストラを告げられても「まあそういうもんだろうなあ」と飄々と独立し、妻子に嫌われて一人暮らしになってもあちこちの女子にやんわりちょっかいを出して、あまりシビアな境遇がこたえていないどころか、むしろ楽し気にさえ見えてしまうオッサンであることだ。そしてこの役柄に、小木茂光の軽妙で、時々ペーソスを感じさせる味がとてもハマッていておかしかった。

ところで今やこの飄々たる持ち味の個性派俳優として引っ張りだこの小木茂光が、あの80年代に大人気だったユニット「一世風靡セピア」のリーダーであったということに気づいていない人(あるいは忘れきっている人)ももはや少なくないのではなかろうか。私は小木より一歳上の同世代なので、どういう時代をどういう感覚で生きていたかというところは推察できて、そんな小木の現在のイメージには大いに共感するけれども、正直に言うとリアルタイムで見ていた「一世風靡セピア」はかなり苦手だった。もっともここには(笑)と付けてほしいところなのだが、ストリートパフォーマーがメジャーなメディアに進出したということはいいとして、しかし「一世風靡セピア」のパフォーマンスは田中小実昌ふうに言うと“カッペ”としか思えなかった。そしてそんな“カッペさ”が、全国区のヤンキーの人気をつかむためには必要なのだろうな、それについてはこの人たちは本当に納得しているのであろうか、などと勝手に心配したりしていた。

80年代前半に「劇男一世風靡」から分派して生まれた音楽ユニット「一世風靡セピア」は意外に長続きして89年まで暖簾を掲げていたのだが、今思うとこの表現の“カッペさ”はともかくとして何かこの人たちを嫌いになれないのは、バブル景気で国中が銭に狂奔していた当時、妙にこのメンバーが反時代的な真面目さを感じさせたからかもしれない。目立たない後方でダンディな髭姿で歌唱していた小木は、もともとは福井から服飾デザインを志して上京したそうで、メンバーのファッション監修もしていたというので、実は最も“都会派”の人だったのではないか。リーダーなのに、なぜか「一世風靡」どっぷりという感じのしない小木だった。

『恋する男』(C)2019 Nest/Mermaid Films

実際、「一世風靡セピア」活動終了と前後して俳優を始めた小木は、その出発点にしてすでに「一世風靡」色を感じさせなかった。奇しくも90年代後半に『踊る大捜査線』で小木は柳葉敏郎と共演するが、柳葉の力の入った演技があいかわらず「一世風靡」を思い出させたのに対し、小木のシャイでクールな雰囲気はすっかり彼の出自を忘れさせるものだった。そんな小木は厖大(ぼうだい)な数のドラマ、映画で重宝されることになるのだが、私が最初に強く俳優としての小木を認識したのは崔洋一監督『月はどっちに出ている』の在日コリアンの役だった。

長身で凄みのきいた雰囲気を出せる小木は、多くの作品で冷徹なエリートや屈折した企みある曲者の役を演じてきたが、案外主役を張るとなるとドラマ『ネコナデ』の社業のストレスにさいなまれ猫に癒される人事部長や、今回の『恋する男』の女子に目がないがカモられているリストラ社員のような喜劇的な役が回ってくる。大きなスクリーンでまじまじと小木の顔を観ていると、時々シャープでダンディな一瞬もあるかと思えばややくたびれたコミカルなオジサンの一瞬もあり、ちょっと具体性のない顔なのである。「一世風靡セピア」のど真ん中でありながら、最もそれを感じさせないところに始まり、この焦点を結ばないところがきっと小木の最大の武器なのでは、と思った。

最新出演作品

『恋する男』
東京都写真美術館ホールにて公開中
配給:マーメイドフィルム
監督:村田信男
脚本:村田信男/佐向大
出演:小木茂光/佐々木心音/出口亜梨沙/鵜飼真帆/黒木映莉花/赤松由美/YUMIKA/平山綾栞/松井勇人/上西雄大/工藤俊作

プロフィール

樋口 尚文(ひぐち・なおふみ)

1962年生まれ。映画評論家/映画監督。著書に『大島渚のすべて』『黒澤明の映画術』『実相寺昭雄 才気の伽藍』『グッドモーニング、ゴジラ 監督本多猪四郎と撮影所の時代』『「砂の器」と「日本沈没」70年代日本の超大作映画』『ロマンポルノと実録やくざ映画』『「昭和」の子役 もうひとつの日本映画史』『有馬稲子 わが愛と残酷の映画史』『映画のキャッチコピー学』ほか。監督作に『インターミッション』。新作『葬式の名人』がDVD・配信リリース。

『葬式の名人』

『葬式の名人』
2019年9月20日公開 配給:ティ・ジョイ
監督:樋口尚文 原作:川端康成
脚本:大野裕之
出演:前田敦子/高良健吾/白洲迅/尾上寛之/中西美帆/奥野瑛太/佐藤都輝子/樋井明日香/中江有里/大島葉子/佐伯日菜子/阿比留照太/桂雀々/堀内正美/和泉ちぬ/福本清三/中島貞夫/栗塚旭/有馬稲子

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