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植草信和 映画は本も面白い 

日本のアニメはいかにして生まれたか─『にっぽんアニメ創生記』ほか

毎月連載

第37回

20/3/25(水)

『にっぽんアニメ創生記』

『にっぽんアニメ創生記』渡辺泰/松本夏樹/フレデリック・S・リッテン著(集英社・2,600円+税)

かつて手塚治虫が、「この本は、驚異的な企画だ。わたしたちが知りたかったあらゆる分野の記載はおろか、作品の詳しい資料──スタッフや長さや内容の紹介──まで調査して載せているのだから、これはもう歴史的な作業である」と絶賛した『日本アニメーション映画史』(有文社/1978)。その共著者である渡辺泰氏が執筆者として名を連ねる本書『にっぽんアニメ創生記』は、今まで語られてこなかった「日本アニメの黎明期」にスポットを当てた画期的なアニメーション研究書だ。

日本初の商業アニメーション短編映画は、1917年公開の『凸坊新畫帖(でこぼうしんがちょう) 芋助猪狩の巻』(新畫帖はアニメの意)を監督した下川凹天(へこてん)、同年に公開された現存する最古のアニメフィルム『なまくら刀(日本凸坊新畫帖 塙凹内名刀の巻)』の幸内純一、また同じく同年に『猿蟹合戦』を手がけた北山清太郎という日本国産アニメのパイオニアとも言える3人にスポットを当て、日本のアニメがいかにして生まれたかを解説していく。

アニメ生誕百周年を記念し、一般社団法人日本動画協会が立ちあげたプロジェクト「アニメNEXT 100」の一環として刊行された本書は、以下のような3部構成になっている。

「第一部 日本のアニメーションの黎明期 ──パイオニア3人の肖像」
「第二部 『なまくら刀』発見ものがたり」
「第三部 『アニメ』が始まった時─1919年までの日本アニメーションを通して─」

「第一部」はアニメ研究家・渡辺泰の70年以上に亘る(現在86歳!)地道な研究と広範なネットワークを駆使して、3人のパイオニアの業績、生涯をたどり日本アニメ黎明期を俯瞰する傑出した論考。

「第二部」は『なまくら刀』フィルムの発見者である映像文化史家・松本夏樹が、フィルム発見までの具体的な経緯と作品の成立過程を炙り出すと同時に、当時の映画を取り巻く時代風俗までをも考察した画期的な文化論。

「第三部」はドイツ人で日本アニメ研究の第一人者であり現代史研究家のフレデリック・S・リッテンが当時の文献を考証、日本アニメの誕生前後の時代状況を学術的に考察。多数の矛盾する資料を突き合わせながら歴史的な事実を浮かび上がらせていく手法はミステリー小説を読んでいるかのような知的興奮を与えてくれる。

3篇どれもが示唆に富み、日本アニメの誕生の瞬間を生き生きと伝えてくれる画期的な論考だ。世界に冠たる日本アニメの研究書が、先の『日本アニメーション映画史』を含め僅か3冊しかなかった現実が、本書の出現で著しく前進する日が近いことを予感させる。

巻頭の荒俣宏、富野由悠季、ちばてつや各氏の推薦コメントが本書の価値と意義を物語っている。

『THE HOLLYWOOD BOOK CLUB/ハリウッド・ブック・クラブ スターたちの読書風景』スティーヴン・レイ著/入間眞訳 (竹書房・3,000円+税)

『THE HOLLYWOOD BOOK CLUB/ハリウッド・ブック・クラブ スターたちの読書風景』

宇多田ヒカルの名曲『初恋』に、「うるさいほどに高鳴る胸が 柄にもなく竦む足が今…」というフレーズがある。

「ハリウッドのスタジオの名もなきスチルカメラマンたちが撮影したスターたちの読書風景」55枚で構成されているこの写真集を見た時、その『初恋』の「高鳴る胸、すくむ足」の歌詞が甦った。

『THE HOLLYWOOD BOOK CLUB/ハリウッド・ブック・クラブ スターたちの読書風景』は、やっと手にした小銭を握りしめて映画館に駆け込んでいた頃に評者が恋し、憧憬したスターたち55人が収められた写真集だ。

ジェームズ・ディーンで始まり、マリリン・モンロー、ソフィア・ローレン、ベティ・デイヴィス、サミー・デイヴィス・ジュニア、ハンフリー・ボガート、ローレン・バコール、ジンジャー・ロジャースなどなど、ジーグフェルド・フォーリズ・ガールで終わる55人のスターたちが各々〈本〉を手にポーズする、わが青春のスターたちの美しいモノクロ写真が収められている。

著者のスティーヴン・レイは、「本と映画は、サイレント映画時代から切っても切れない関係にあった。……『ハリウッド・ブック・クラブ』はふたつの異種媒体が交わる場所で、愛書家と映画ファンが出会う祝祭である」と述べている。

確かに、「俳優たちは銀幕で厚い本を読むことによってその役柄を表現してきた」し、「小説、伝記、歴史書、ルポルタージュ、回顧録、SF──何千、何万という出版物が、映画の原作」となってきた。

そんな映画と本が切り離せない関係であることを、本書に収められたスターたちの写真が証明している。

55枚そのどれもが想像力を刺激してやまないのだが、中でも飛び切りのお気に入りはマリリン・モンローがソファベッドに座って『The Poetry and Prose Of Heinrich Heine』(ハインリヒ・ハイネの詩と散文)を読んでいる写真だ。

レイは「マリリン・モンローは本を手にした姿をカメラマンに撮らせることが多かった。……本は頭の空っぽなブロンドというイメージを打ち消す助けとなった」と皮肉っている。

背景の書棚には、このころ不倫関係が始まったアーサー・ミラーのフレーム写真が。彼女は本当にかわいい女性だったに違いない。

その他、『聖衣』を読むサミー・デイヴィス・ジュニアの真剣な眼差し、ローレン・バコールの写真集『侵略と進軍』を見つめる険しい顔、デニス・ホッパーがスタニスラフスキーの『俳優修業・第一部』に書かれているエクササイズに集中する姿…どれもがフォトフレームにして卓上に置きたくなる写真ばかりだ。

本書を、映画好きな友人や恋人の誕生日プレゼントにしたらどんなに喜ばれるだろかうと思う。「うるさいほどに高鳴る胸が~」、こちらはそんな季節はとうに過ぎたというのに。

『マーティン・スコセッシ 映画という洗礼』佐野亨編(河出書房新社・2,200円+税)

『マーティン・スコセッシ 映画という洗礼』

今年のアカデミー賞授賞式のポン・ジュノ監督のスピーチに心が洗われる思いがした。

「映画を勉強していた若い頃、最も印象に残ったのは〈個人的なことこそがもっとクリエイティブなことだ〉という言葉でした。その言葉は偉大なるマーティン・スコセッシによるものでした。わたしはスコセッシ監督の作品で映画を学んだのです。ですから、こうして候補者として名前が並んだことだけで光栄です」。

もちろん同じ監督賞にノミネートされている目前のスコセッシに対するリップサービスと取る人もいるかもしれないが、評者にはポン・ジュノの心の底から出た言葉だと思えた。

ま、それはともかく本著『マーティン・スコセッシ 映画という洗礼』は、そのスコセッシについて書かれた映画監督本。

芝山幹郎と渡部幻の巻頭対談「スコセッシは相当なキレ者だ」。「映画小僧が映画だけで生き延びていくのは難しいけれど、彼は他の追随を許さない映画小僧であることに加えて、文学にも美術にも音楽にも通じている」(芝山)など傾聴すべき発言が多々あって面白い。しかしたった24ページだから物足りなさ感が残る。

以降の海野弘、港岳彦、大森さわこ、南波克行の〈論考〉もなるほどと首肯できるが、どれもが短すぎるのが残念だ。

「彼こそが映画を生き、映画に尽くす、まさしく総合映画人」(南波克彦)たる偉大なるマーティン・スコセッシ監督に対して、今少しのリスペクトを捧げてほしかったと思わざるをえない。

プロフィール

植草信和(うえくさ・のぶかず)

1949年、千葉県市川市生まれ。フリー編集者。キネマ旬報社に入社し、1991年に同誌編集長。退社後2006年、映画製作・配給会社「太秦株式会社」設立。現在は非常勤顧問。著書『証言 日中映画興亡史』(共著)、編著は多数。

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