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樋口尚文 銀幕の個性派たち

江口のりこ、立ち入り禁止の「個性派」街道

毎月連載

第61回

20/10/29(木)

(C) 2020 「事故物件 恐い間取り」製作委員会

TBSの人気ドラマ『半沢直樹』の第二シリーズが、このドラマ冬の時代に目覚ましい視聴率を稼いだが、そこで新たなキャラクターとして最も注目されたのが国土交通大臣に扮した江口のりこだった。新しいもの好きのメディアはこぞって江口をとりあげ、ちょっとした江口のりこブームの感さえあった。しかし、江口はさぞかしとまどったことだろう。私は今「新しいもの好き」と書いたが、それは(ごく普通のテレビの視聴者はともかくとして)特にテレビメディアが江口の存在に気づいていなかったから勝手に「新しいもの」を発見したと勘違いしたに過ぎない。

江口のりこは「新しい」どころか芸歴二十年の苦労人である。ネットニュースか何かで「『半沢』でにわかに目立ったぽっと出の女優に見えて実は」という失礼極まりない枕の文章を目にして呆れかえった。けっこう初期から(一度見たら忘れない風貌、雰囲気ゆえ)出演作の数々を観てきた者としては、このたびの江口をめぐる『半沢直樹』狂騒曲には「なんで今さら」と思うばかりであった(本人が最もそういう趣旨の発言をしていたが)。そもそも『半沢直樹』のドラマの演技というよりはバラエティの「顔芸」じみた芝居で啖呵を切りまくるというパターンがはなはだ苦手なのだが(NHKの大森寿美男脚本『天使にリクエストを』のような作品世界や芝居を見ていると本当にほっとする)、それでも『半沢直樹』に注目すべきところがあるとしたら、それはここまで地上波のテレビドラマが弱り切っているなかで、どんな塩味の濃いジャンクな芝居をもってしても視聴者を振り向かせようという作り手側の野心や迫力がみなぎっている点だろう。

そんな通常の江口のりこのあり方からすると場違いな感もあるウケ狙いづくしの『半沢直樹』なれど、実在の某女性議員のろくでもない発言をまねしたり、権力のシンボルだった盆栽をぶち壊したり、いかにも大衆の喜びそうなあざとい演技を求められつつ、これはこれで江口もお仕事のひとつとして粛々とこなしていた。というよりも、あまりにいつもの江口のりこの居場所からするとメジャーで華々しいステージだったので、機嫌よく遊んでみせている感じであった。それはいいとして、これで初めて江口のりこを知ったメディアや視聴者の盛り上がり具合は、いかにも「にわかブーム」と言ったムードで辛かった。

俳優という仕事は自らの資質に合った作品を積み重ねて評価を高めながら、「旬」をつくらないことも大切だと思う。最近、コロナ禍における地下鉄の混雑緩和をアピールするポスターで「旬」の過ぎた芸人たちをスタイリッシュに撮って「ピークを知る男」というコピーをつけた企画が笑いとともに評判となっていたが、芸人ならこうして「旬」の終わりをもネタにできるが、ふつうの俳優は何かの役柄で過度に騒がれて「旬」をつくってしまうと、ろくなことがない。

というのは「旬」をつくると、偏った一時の人気と引き換えに「飽きられる」という事態を招き、またその「旬」のきっかけとなった「当たり役」のイメージが強すぎて以後のキャスティングの幅が狭まったりする。そもそも「当たり役」というのは演技の細部がどうこうというよりもある目をひく役の鋳型にはまっているということであって、言わばなじみやすく「キャラクター化」されているということだ。それははたして俳優にとって長い目で見て得なことだろうか。生粋の個性派から一気にメジャーに躍り出た人といえば往年の川谷拓三を思い出すが、あんなふうに「キャラクター化」されてしまうと、どうしても以前の怪優の雰囲気はデオドラントされてしまう。さんざん取材を受けた江口のりこは「正直なところもう放っておいてほしい」と呟いていたが、インタビューに応えてそんなことを言えるのはとても健康的なことだ。

江口のりこは1980年、現在の姫路市に両親と五人兄妹の大人数の家族に次女として育ち、中学を出る頃には映画やテレビで芝居に強い関心を持ち、上京して東京乾電池の門をたたいた。新聞配達などのバイトをこなしてかなりつつましい生活にも耐えながら、ゼロ年代に入るとじわじわと映画、テレビ、CMの端役の仕事が舞い込むようになった。私はおそらく2003年の犬童一心監督の映画『ジョゼと虎と仲間たち』あたりでは顔と名前が一致していた気がするが、翌年のタナダユキ監督『月とチェリー』では主役に抜擢された。

もちろんこの異色のたたずまいゆえ主役はわずかだが、とにかく個性派の脇役として以後は厖大な作品に顔を出してきた。『半沢直樹』人気のさなかに公開された映画『事故物件 恐い間取り』でも飄々と怪演を見せて笑わせてくれたが、このマイペースに「異色の脇役」を引き受け続ける姿勢は貴重だ。特にバラエティ感覚のテレビメディアは、こういうこつこつとした「怪優」を「キャラクター化」して日なたに引っ張り出してお茶の間向けに除菌滅菌、「旬のネタ」として面白がってはポイ捨てしてゆくが、江口のりこの「個性派」街道にはうかつに足を踏み入れてほしくないのである。

最新出演作品

『スマホを落としただけなのに 囚われの殺人鬼』
2020年2月21日公開 配給:東宝
監督:中田秀夫 原作:志賀晃
出演:千葉雄大/白石麻衣/鈴木拡樹/音尾琢真/江口のりこ

『仮面病棟(2020年3月6日、原作、監督) - 東野良子 役[10]
2020年3月6日公開 配給:ワーナー・ブラザース
監督:木村ひさし 原作:知念実希人
出演:坂口健太郎/永野芽郁/内田理央/江口のりこ/朝倉あき

『君が世界のはじまり』
2020年7月31日公開 配給:バンダイナムコアーツ
監督・原作:ふくだももこ
出演:松本穂香/中田青渚/片山友希/金子大地/江口のりこ/古舘寛治

『事故物件 恐い間取り』
2020年8月28日公開 配給:松竹
監督:中田秀夫 原作:松原タニシ
出演:亀梨和也/奈緒/瀬戸康史/江口のりこ/MEGUMI/木下ほうか

『ソワレ』
2020年8月28日公開 配給:松竹
監督・脚本:外山文治
出演:村上虹郎/芋生悠/岡部たかし/康すおん/花王おさむ/江口のりこ

プロフィール

樋口 尚文(ひぐち・なおふみ)

1962年生まれ。映画評論家/映画監督。著書に『大島渚のすべて』『黒澤明の映画術』『実相寺昭雄 才気の伽藍』『グッドモーニング、ゴジラ 監督本多猪四郎と撮影所の時代』『「砂の器」と「日本沈没」70年代日本の超大作映画』『ロマンポルノと実録やくざ映画』『「昭和」の子役 もうひとつの日本映画史』『有馬稲子 わが愛と残酷の映画史』『映画のキャッチコピー学』ほか。監督作に『インターミッション』『葬式の名人』。新著は『秋吉久美子 調書』。

『葬式の名人』

『葬式の名人』
2019年9月20日公開 配給:ティ・ジョイ
監督:樋口尚文 原作:川端康成
脚本:大野裕之
出演:前田敦子/高良健吾/白洲迅/尾上寛之/中西美帆/奥野瑛太/佐藤都輝子/樋井明日香/中江有里/大島葉子/佐伯日菜子/阿比留照太/桂雀々/堀内正美/和泉ちぬ/福本清三/中島貞夫/栗塚旭/有馬稲子

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