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ジョン・ラセターの移籍は何を意味する? ディズニー/ピクサーにみる、アニメーション界の展望

リアルサウンド

19/3/27(水) 16:00

 近年、アニメーション業界において最もネガティブで衝撃的なニュースの一つが、ジョン・ラセターがセクハラ問題によって2018年末にディズニーを退社したことだろう。

参考:ブラッド・バード監督が見せつけた“格の違い” 『インクレディブル・ファミリー』のすごさを解説

 ラセターといえば、いまや世界のアニメーションのスタンダードになったといえる“CGアニメーション”発展における代表的存在であり、「ウォルト・ディズニー・アニメーション・スタジオ」と「ピクサー・アニメーション・スタジオ」の制作を「チーフ・クリエイティブ・オフィサー」として統括し、さらにディズニーパークのアドバイザーを務めるなど、クリエイティブな意味において、かつてのウォルト・ディズニーの立場に最も近い人物だったといえる。

 そんなラセターが、早くも2019年から「スカイダンス・プロダクションズ」の新しいアニメーション部門である「スカイダンス・アニメーション」の“ヘッド”に就任、仕事に復帰した。ここでは、彼の業績を振り返りながら、この移籍の意味するものや、今後のアニメーション界の展望について考えていきたい。

 2017年、有力な映画プロデューサーのハーヴェイ・ワインスタインによるセクハラ、性的暴行が大問題となり、その地位を追われるという出来事があった。この問題を受け、他のケースでも同様の被害を受けた人々がそれを告発するという「#MeToo運動」が盛り上がった。ラセターが糾弾を受けたのも、この流れによるものだった。

 ディズニー/ピクサーの製作に関して絶対的な存在であったラセターは、女性従業員の体に触れたり、望まないハグやキスを強要するなどの行為を日常的に行っていたとされる。これは立場を利用した女性への人権侵害であることはもちろん、アニメーション業界で活躍しようとする女性たちの未来をつぶすような行動であり、ラセターが業界にどこまで貢献していようと、擁護のしようがない行動であることは言うまでもない。そして、子どもたちに夢を与える企業としてコンプライアンスを重んじるディズニーが、このケースを許すはずもない。

 だが一方で、ラセターの人間性に問題があろうと、彼がクリエイターとして有能で、同時にアニメーションを愛していることは紛れもない事実である。ラセターは子どもの頃からアニメーションへの憧れが強く、高校生になってディズニーの劇場アニメーション『王様の剣』(1963年)を、クラスメートにバレないようにこっそりと観に行ったり、ディズニー・アニメーション・スタジオに絵を送ったりしていた。大学時代にはカリフォルニアのディズニーランドで働き、「ジャングルクルーズ」の船頭を務めながらスタジオに入ることを夢見ていた。

 カリフォルニア芸術大学では、のちに『リトル・マーメイド』を手がけることになるジョン・マスカーや、『インクレディブル・ファミリー』のブラッド・バードと出会う。彼ら学生が授業を受けた教室「A113号室」は、一部のアニメーターたちのルーツとなり、「A113」という英数字を、ゆかりあるアニメ作家たちが自作の中に登場させている。

 ラセターがディズニーに就職したときには、すでにディズニーは死去しており、会社の勢いや作品のクオリティーは以前に比べ低迷していた。そんな彼が作品づくりに失望しているときに出会ったのが、コンピューター・グラフィックスだった。そのときに彼は立体的な表現に驚き、「これこそディズニーの追い求めたものだ」と思ったのだという。

 その後、CGアニメーション企画を個人的に上層部に売り込んだことによって、ラセターは先輩となるアニメーターたちの反感を買い、結果として会社を解雇されることになる。そこからコンピュータ科学者エドウィン・キャットマルと出会い、ピクサーの前身となる、ジョージ・ルーカスのスタジオ「ILM」コンピュータ部門へと入る。

 ラセターが監督を務めた『トイ・ストーリー』(1995年)からの「ピクサー・アニメーション・スタジオ」の快進撃はご存知の通りだろう。ふたたび低迷を見せていたディズニーに請われ捲土重来したラセターは、ディズニーとピクサー作品の両方を統括する立場となった。CGによって圧倒的な表現力を得たディズニーは、内容的な成功とともに大ヒット作を連発することになる。かつてラセターがCGの可能性に見た、革新性を追っていくディズニーの“スピリット”は間違っていなかったのだ。

 理由はともかく、今後ディズニー、及びピクサーは、ラセターという大きな核を失ったままの制作を余儀なくされることとなる。彼が抜けたクリエイティブ面でのディズニーの後任は、『アナと雪の女王』(2014年)のジェニファー・リー監督、ピクサーの後任は『インサイド・ヘッド』(2015年)のピート・ドクター監督となる。

 一方、ラセターが移籍した「スカイダンス・アニメーション」はどうだろうか。このスタジオは、『ミッション:インポッシブル』シリーズ4作目以降や、製作中の『トップガン:マーヴェリック』など大作を手がける制作会社「スカイダンス・プロダクションズ」の新たなアニメ部門である。製作している長編のアニメーション企画には、『カンフー・パンダ3』(2016年)のアレッサンドロ・カローニ監督による『Luck(原題)』、『シュレック』(2001年)のヴィッキー・ジェンソン監督による『Split(原題)』などがある。これらや、その後の企画には、ラセターの意向が反映され、それを通してディズニーのスピリットが受け継がれることが考えられる。

 ただ、ラセターが加わったことによる懸念もある。「スカイダンス・アニメーション」のスタッフには女性も多い。彼女たちの心理的な不安や、スタジオの求心力の低下など、彼がいることでのマイナス面は無視できないだろう。実際、俳優のエマ・トンプソンは、ラセター加入を受けて、抗議のため“Luck”の声優を降板することを選んだ。ラセターは、そこまでのことをしてしまったのだ。

 現在、ディズニー/ピクサーのシェアを奪うことを目指し、「スカイダンス・アニメーション」のライバルとなるような既存のアニメーションスタジオの数は、アメリカだけでも少なくない。『ミニオンズ』(2015年)が好評な「イルミネーション・エンターテインメント」、『レゴ(R)ムービー 2』(2019年)の「ワーナー・ブラザース・アニメーション」、『スパイダーマン:スパイダーバース』(2018年)が記憶に新しい「ソニー・ピクチャーズ アニメーション」、『KUBO/クボ 二本の弦の秘密』(2016年)の「ライカ」、『カンフー・パンダ』シリーズの「ドリームワークス・アニメーション」、そして『アイス・エイジ』シリーズの「ブルースカイ・スタジオ」などだ。

 ラセターが統括してきたディズニー/ピクサーが、これまでそれら強力なスタジオに対して圧倒する存在でいられたのは、両スタジオに業界を革新し続けるスピリットが存在したからであろう。今後、それらの追撃をかわしていけるかどうかは、ラセターがどれだけスタッフにその核を伝えられたか、そしてそれに触発される新たな才能の出現にもかかってくるはずだ。さらに、混沌とし始めた状況のなか、ラセター擁するスカイダンス参入によって業界の趨勢がどのように変化するのか。頂点を奪い合うアニメーションスタジオの戦いは、いままで以上に目が離せなくなった。(小野寺系)

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