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『からかい上手の高木さん』が描き続ける、甘酸っぱい日常の尊さ 長期連載となった理由を考察

リアルサウンド

20/5/27(水) 10:00

 山本崇一朗の『からかい上手の高木さん』第1巻を読んだとき、面白いと思うと同時に、これは長く連載できる話ではないと感じた。理由はふたつある。それを説明するために、まずはストーリーの大枠を書いておこう。

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 物語の主人公は、男子中学生の西片と、女子中学生の高木さん。クラスメートで、教室では隣同士の席である。授業中でも放課後でも、高木さんは、あの手この手で西片をからかう。一方の西片は、からかわれることを警戒して疑心暗鬼になったり、高木さんをからかおうとして失敗したりしている。また、高木さんの女の子らしさに、ドキドキすることも多い。それなのに西片は、高木さんが自分のことを好きなことには気づかない。高木さんの本気の言葉も、からかいとしか思っていないからだ。かくしてふたりの甘酸っぱい日常は続いていく。

 高木さんにからかわれる西片という、ストーリーのフォーマットは、第1巻第1話の「消しゴム」から出来上がっている。本作にはパイロット版(第2巻に収録されている)もあるが、そちらも同様だ。そして、消しゴムを使ったからかいに翻弄された西片は気づかなかったが、高木さんが彼を好きなことが、読者に提示されるのだ。

 つまり高木さんのからかいは、男の子が好きな女子にちょっかいを出すことの、逆バージョンになっているのである。とはいえ、からかいが行き過ぎるといじめになってしまう。作者は、からかいの内容を注意深くコントロールして、高木さんを可愛らしく描く。このバランス感覚が素晴らしい。

 だがそれゆえに、からかいのネタを考えるのが大変だろう。面白いからかいのネタは、せいぜい五巻くらいで尽きると考えた。だから長く連載できる話ではないと思ったのである。 

 そしてもうひとつの理由が、高木さんと西片の恋愛感情だ。先にも述べたように、高木さんが西片を好きだということは、最初から明らかにされている。また第1巻収録の「本屋さん」では、西片に「私、西片のこと好きだよ」といっている。もちろん、からかわれていると思っている西片は本気にしないのだが、高木さんの可愛さに目が離せなかったり、エッチな気持ちになることがある。ふたりの関係が接近する可能性は、常に胚胎しているのだ。

 そして彼らがカップルになれば、この物語は完結するしかない。しかし作者は、1話完結というスタイルを巧みに使い、ふたりの関係性を何度もリセットし、変わらない日常へと回帰させるのである。だからこそ本作は、長期連載に耐える内容になったのだろう。

 とはいえ、これだけ話が積み重なると、高木さんと西片の関係も、微妙に変化していく。一例を挙げよう。第7巻収録の「入学式」では、時間を巻き戻し、高木さんと西片の出会いが描かれている。登校初日から遅刻をし、中学生活のスタートを失敗したと頭を抱える西片。そんな彼の隣の席になった高木さんは、遅刻の理由が落し物を届けたからだと当てる。驚く西片だが、理由は簡単。西片の届けたハンカチは、高木さんのものだったのだ。このエピソードは、高木さんが西方に好意を抱き、さらにからかいを始める切っかけとして機能している。

 そして作者は第13巻収録の「値段当てゲーム」で、再びハンカチを効果的に使用する。値段当てゲームをしようという西片に高木さんは、あのハンカチを持ち出して、値段を当てさせようとするのだ。ここで高木さんが、ハンカチを通じて、西片との出会いの思い出を、どれだけ大切に思っているのか分かる。ついでにいえば、ハンカチを持つ高木さんのポーズは、「入学式」と「値段当てゲーム」で、ほとんど一緒。しかし顔の表情は違っている。その違いの中に、高木さんの西片に対する感情の変化も表現されているのだ。こうした細部のこだわりを発見するのも、本作を読む楽しみなのである。

 ところで本作は、スピンオフ作品が多い。高木さんたちのクラスメートの三人娘の日常を、作者自身が描いた『あしたは土曜日』。やはり三人娘を題材に、寿々ゆうまが作画を担当した『恋に恋するユカリちゃん』。そして稲葉光史が作画を担当し、夫婦になった高木さんと西片を描く『からかい上手の(元)高木さん』。物語世界の拡大には、元の作品のファンを獲得しようという、商業的な意図を強く感じる。でも、それが分かっていても乗せられる。もっとやれと思ってしまう。なぜなら、自分の好きな世界に、いつまでも浸っていたいからだ。

(文=細谷正充)

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