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伊吹と志摩のように前に進むしかない 『MIU404』が視聴者に向けて投げかけたメッセージ

リアルサウンド

20/9/7(月) 6:00

 9月4日に最終回を迎えた『MIU404』(TBS系)の余韻と興奮がいまだ冷めやらない。「綾野剛と星野源という綺羅星のごとき二大スターを主役に据えた、スピード感あふれる痛快刑事ドラマ」という“ガワ”をまとったこの作品が、2020年の夏に日本の視聴者に向けて投げかけたメッセージはあまりにも深遠で、巨大な銅鑼の残響のように今も鳴り続けている。

「一話完結のノンストップ『機捜』エンターテインメント!」

「綾野・星野がバディを組み24時間というタイムリミットの中で犯人逮捕にすべてを懸ける!」

 『MIU404』の番組公式サイトのイントロダクションにはこう書かれている。放送開始前の番宣やスポットCMを見る限りでは「華やかなキャスティングだな」「なにやらテンポの良さそうなドラマだな」ぐらいにしか思っていなかったのに、いざ蓋を開けてみればその見事な作劇と構成、物語の深淵にぐいぐいと心を掴まれていった視聴者は少なくないのではないだろうか。

 『MIU404』は「刑事ドラマ」という箱の形をしていながら、中に詰まっているのはまぎれもなく人間ドラマだ。それも、世界の歴史に刻印されることとなったこの2020年を生きる我々に痛切に響く、とてつもなくアクチュアルな人間ドラマだ。もともと社会問題に深く切り込んだ作劇であったところに、コロナ禍に起こったさまざまな事件や現象が不思議なくらいにシンクロするという事態は、作り手も予想だにしていなかったことだろう。

 緊急事態宣言発令で撮影がストップし放送が約3カ月先送りに。話数も削減された。制作陣は口々に「綱渡りのような心境だった」と語り、一時は放送そのものさえ危ぶまれたという。そんな中このドラマを最終話まで届けてくれたことに感謝の念を禁じ得ない。天変地異により生じたハンデにも屈せず、むしろそれを逆利用するかのように、オリンピックが延期されたコロナ禍の2020年を生きる私たちに向けた「それでも今できることを積み重ね、日々を生きていく」というメッセージをこめたエンディングに変更した。奇しくもこの未曾有の事態が画竜点睛のような役割を果たすことになったという、ドラマの成り立ちのミラクルさも含め忘れることのできない作品となった。

 こうした境遇にさらされながらも“生き延びた”ドラマだけあって、回を追うごとにスタッフ・キャストの「祈り」にも似た気迫が画面越しにひしひしと伝わってきた。特に綾野剛・星野源の主演両者と、久住を演じた菅田将暉の鬼気迫る演技はK点を超えた感があった。「少しでも良い世の中を目指し、身を賭して闘う」という姿勢が、物語の中の伊吹と志摩、それを演じる綾野と星野、共演者、スタッフのストイックさと見事に交差していた。

 そう、このドラマはストイックだった。第5話「夢の島」で日本語学校事務員の水森(渡辺大知)が叫んだ「外国人はこの国に来るな! ここはあなたを人間扱いしない」「ジャパニーズ・ドリームは全部嘘だ!」という台詞は、こうした問題を見て見ぬふりをしてきた私たちひとり一人の胸に突き刺さる痛烈な自己批判だ。おそらく書き手である野木亜紀子自身も胸に突き刺さりながらこの台詞を書いたのではないだろうか。

 本作には、今の作り手の多くがあまりやりたがらない、日本人としての、ひいては人間としての「自己批判」や「自戒」「内省」の念が随所に垣間見られた。ラスボス・久住が最後に吐いた「俺はお前らの物語にはならない」という台詞は、犯罪者にわかりやすい物語を付加してエンタメ的に消費するメディアやそれを求める視聴者への警鐘であったし、世の闇の本質は簡単に明文化できるものではないという示唆にもみえた。加えて「意のままに物語を動かせる神目線」にならず、現実と地続きにある場所で這いつくばって闘う野木自身の書き手としての矜持のようにも思えたのだ。この誠実さは、ドラマの中で何度も繰り返された「『正義』とはなんぞや」という問いにも通じる。

 そして、厳しさと背中合わせの優しさ。この作品には光の当たらない存在への優しいまなざしが常に貫かれていた。父親のモラハラによるトラウマがトリガーとなり一線を超えてしまう青年と、息子を自殺させてしまった十字架を背負う夫婦(第2話「切なる願い」)、青春をかけた陸上を奪われた高校生たち(第3話「分岐点」)、裏カジノから蟻地獄に嵌り逃げられなかった元ホステス(第4話「ミリオンダラー・ガール」)、「ジャパニーズ・ドリーム」の名のもと搾取され続ける留学生(第5話「夢の島」)、トランクルームで暮らすワケありの人々(第7話「現在地」)。罪は罪であると毅然と断じつつも、いつでもマイノリティの声にならない叫びを代弁していた。

 第4話「ミリオンダラー・ガール」で青池透子(美村里江)が「最後にひとつだけ」と望みを託し、1億円の宝石を女子児童慈善団体に送るとき、彼女が差出人の欄に書いた「Girls too」ーーー「私も同じ逃げられなかった女の子として」の文字が目に焼き付いている。このドラマは、世界中のどこにでもいるたくさんの「too」たちに捧げられた花束だった。

 一向に明るくならない世の中である。しかし、それでも生きていかなければいけない。8月23日に放送された『米津玄師×野木亜紀子「MIU404」対談』(TBSラジオ)にて野木は、今この時勢の中フィクションを作ることについて、「当たり前のことを言っていかなきゃいけない時代だと思っている」と語った。そうした作り手の真摯さからなる、厳しくも優しいこの作品を胸に「やるせなさひっ下げて」冗談でも言いながら、私たちは前に進むしかない。伊吹と志摩のように。

■佐野華英
ライター/編集者/タンブリング・ダイス代表。ドラマ、映画、お笑い、音楽のほか、生活や死生観にまつわる原稿を書いたり本を編集したりしている。

■放送情報
金曜ドラマ『MIU404』
出演:綾野剛、星野源、岡田健史、橋本じゅん、黒川智花、渡邊圭祐、金井勇太、菅田将暉、生瀬勝久、麻生久美子
脚本:野木亜紀子
演出:塚原あゆ子、竹村謙太郎、加藤尚樹
プロデュース:新井順子
音楽:得田真裕
製作:TBSスパークル、TBS
(c)TBS

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