Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play
Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play

中川右介のきのうのエンタメ、あしたの古典

三島由紀夫、三船敏郎、石原慎太郎、市川染五郎(松本白鸚)……1967年の“ミスター・ダンディ”たち

毎月連載

第17回

19/11/12(火)

三島由紀夫(1966年9月10日)(写真:AP/アフロ)

私の著書のなかに、毎年、11月になると売れる本がある。

『昭和45年11月25日 三島由紀夫自決、日本が受けた衝撃』(幻冬舎刊)で、タイトルからおわかりのように、三島由紀夫が自決した日について書いた本だ。

『昭和45年11月25日 三島由紀夫自決、日本が受けた衝撃』(幻冬舎刊)

その「三島事件」の時、私は10歳、小学4年生で、「有名な作家が自衛隊に乗り込んで、切腹して、介錯されてクビがはねられた」という漠然とした記憶しかない。

本を書くにあたり、三島の作家としての評価とか、文壇でのポジションもさることながら、どうして、ひとりの作家が自殺しただけ(その死に方は普通ではないが)なのに、大事件となったのかを知りたくて、いろいろ調べた。

そのなかで、当時の若者が読んでいた「平凡パンチ」という雑誌が、事件の3年前の1967年に「現在の日本でのミスター・ダンディ」という人気投票をしていたのを見つけた。

読者に投票を呼びかけたところ、11万1192票が集まり、三島は1万9550票を取って、堂々の1位になったのだ。

と書いても、どれくらいすごいか、イメージがわかないだろうから、2位以下も紹介しよう。順に、三船敏郎、伊丹十三、石原慎太郎、加山雄三、石原裕次郎、西郷輝彦、長嶋茂雄、市川染五郎(松本白鸚)、北大路欣也である。

半世紀が過ぎて、亡くなったのは三島、三船、伊丹、裕次郎の4人。長嶋は名誉職に就いているが、ほかは皆、まだ現役で活躍している。

石原慎太郎が参議院議員になるのは1968年なので、この時点では「作家」である。つまり、俳優や歌手、スポーツ選手を押し退けて、作家が2人も上位に入っていた。いまこういう人気投票をして、作家はランクインするだろうか。これだけを材料にして断言はできないが、いまよりも作家の知名度、つまり社会的影響力は高かったと思われる。

一方で、スポーツ選手が長嶋だけというのは、意外だ。単純な人気投票ではなく「ダンディ」が基準なので、スポーツ選手は入らなかったのだろうか。スポーツ選手がおしゃれになっていくのは、もっと後だ。

裕次郎よりも慎太郎のほうが上なのも意外である。これも、「ダンディ」度は慎太郎のほうが高いということか。

歌舞伎役者がひとりランクインしたが、市川染五郎は東宝へ移籍し、ミュージカルとストレートプレイに出るほうが多かったので、歌舞伎役者として認識されていたかどうか。

ともあれ、浮き沈みの激しい芸能界のなかでは、1967年のミスター・ダンディたちは、息が長い。

松本白鸚はミュージカル『ラ・マンチャの男』で半世紀に渡り主役を演じ続けた

『ラ・マンチャの男』

市川染五郎は、その後、9代目松本幸四郎となり、2018年に2代目松本白鸚を襲名し、その襲名披露公演は2018年1月から19年4月まで続いた。

西郷輝彦や北大路欣也は、いまもテレビドラマなどに出ているが、主役ではない。加山はコンサートをいまも続けているが、一年中、公演があるわけではない。石原慎太郎も政治家は引退し、たまに小説を書いている程度だ。

松本白鸚は歌舞伎座などで1か月25日の公演で、主演を続けている。というより、主役しか演じない。その意味で、いちばん現役度が高い。

歌舞伎は、同じ役を何十年ものあいだ、演じ続けるのが当たり前だ。70歳を過ぎた役者が10代の青年を演じることも珍しくはない。白鸚も、『勧進帳』の武蔵坊弁慶など、何十年も演じている役がいくつもある。

だが、白鸚の場合、歌舞伎だけでなく、ミュージカルやストレートプレイも演じている。そのミュージカルでの当たり役が、『ラ・マンチャの男』だ。日本での初演は1969年だった。前述の「ミスター・ダンディ」で9位になった2年後である。

それから半世紀の間、何度も上演され、この秋も日本初演50年と銘打たれて上演された。主役の俳優の名前は、染五郎から幸四郎、白鸚と変わっているが、同一人物が半世紀も演じ続けたのだ。

こういう例は、ミュージカルでは、他にないのではなかろうか。森繁久彌の『屋根の上のヴァイオリン弾き』は、1967年初演で、最後が86年だったので、とっくに抜いている。

『ラ・マンチャの男』の主人公セルバンテスは、もともと、「若者」の役ではないから、若づくりをする必要はない。白鸚が70歳を過ぎたいまのほうが、役に合っているのではないだろうか。逆に言えば、あの若さでこの役をやっていたことのほうが驚きだ。

役者は成長し、ある時点からは老いていく。この作品の場合、「老い」はマイナスではない。もちろん、動けなくなったり、声量が乏しくなれば別だが。

『ラ・マンチャの男』の主演の白鸚は歳をとればとるほどいい味を出しているが、その音楽は、昨今のミュージカルとは明らかに「違う」。

多分、1969年の初演時は、この音楽も斬新で新鮮だったのだろうけど、いまは「昔懐かしい」感じだ。新作としては通用しないと思うのだ。しかし、それでいい。新作ではないのだから。

演劇では、杉村春子の『女の一生』『欲望という名の電車』や、森光子の『放浪記』のように、ひとりの俳優が何十年も同じ役を演じ続ける例があったが、最近は、そういう大女優もいなくなった。

歌舞伎は、前述のようにひとりの役者が何十年も同じ役を演じるのが当たり前なので、白鸚が『ラ・マンチャの男』と『アマデウス』を、何十年も演じられるのは、この役者が、まさに歌舞伎役者だからなのだろう。

さて ──最初に戻るが、来年は三島事件から50年。つまり、三島の小説は全て、50年以上前に描かれたものとなる。

50年以上前に亡くなった作家で、ほぼ全作品が新刊書店の棚に並んでいる人は少ない。三島はその数少ない例外だ。

ミスター・ダンディたちは亡くなった4人を含め、作家や俳優としての寿命が長い。「ダンディ」という基準で投票したにしろ、1967年の若者たちは「見る目」があった。

作品紹介

『昭和45年11月25日 三島由紀夫自決、日本が受けた衝撃』

発売日:2010年9月1日
著者:中川右介
幻冬舎刊

ミュージカル『ラ・マンチャの男』

劇作・脚本:デール・ワッサーマン
作詞:ジョオ・ダリオン
音楽:ミッチ・リー
翻訳:森岩雄/高田蓉子/福井崚(訳詞)
振付:エディ・ロール
演出:エディ・ロール/松本白鸚
出演:松本白鸚/瀬奈じゅん/駒田一/松原凜子/石鍋多加史/荒井洸子/祖父江進/大塚雅夫/白木美貴子/宮川浩/上條恒彦/他

プロフィール

中川右介(なかがわ・ゆうすけ)

1960年東京生まれ。早稲田大学第二文学部卒業後、出版社アルファベータを創立。クラシック、映画、文学者の評伝を出版。現在は文筆業。映画、歌舞伎、ポップスに関する著書多数。近著に『手塚治虫とトキワ荘』(集英社)、『玉三郎 勘三郎 海老蔵 平成歌舞伎三十年史』(文藝春秋)など。

『玉三郎 勘三郎 海老蔵 平成歌舞伎三十年史』
発売日:2019年9月20日
著者:中川右介
文藝春秋刊

新着エッセイ

新着クリエイター人生

水先案内

アプリで読む