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山本益博の ずばり、この落語!

第十一回『八代目林家正蔵』 平成の落語家ライブ、昭和の落語家アーカイブ

毎月連載

第11回

19/4/30(火)

『THE八代目正蔵』林家正蔵 (C)ユニバーサル ミュージック

 八代目林家正蔵は、本名岡本義。明治28年(1895年)5月16日東京生まれ。林家正蔵の名跡を持つ海老名家から「一代限り」の条件でその名前を譲り受け、晩年、「正蔵」を返上した後、「彦六」を名乗った。没年は昭和57年(1982年)1月29日、享年87歳だった。

 なにより、明治の匂いを漂わせる落語家で、とつとつとした口調、鼻にかかった口跡で渋くて地味な芸風だったから、私が寄席やホール落語へ足繁く通った昭和40年代後半から50年代、桂文楽、三遊亭圓生、柳家小さんに比べると人気はいまひとつだった。とりわけ、得意とする演目『鰍沢』『火事息子』『首提灯』『中村仲蔵』『淀五郎』などの噺が圓生と重なったため、やや理屈っぽい噺の運びの正蔵は損をした感が否めない。その『淀五郎』で、昭和43年(1968年)芸術祭賞を受賞している。

 だが、いま思い出すと、『宿屋の仇討』『がまの油』『煙草の火』『一眼国』などは、正蔵の高座が最も印象深い。『あたま山』というシュールな噺も、正蔵の手にかかるとじつに楽しい滑稽噺になるのだった。

 正蔵というと、怪談噺、芝居噺ということになり、「道具入り芝居噺」は、昭和45年(1970年)2月から隔月で6回、神田神保町の「岩波ホール」で開かれた『林家正蔵芝居噺の会』で演じられ、12本の芝居噺が16ミリフィルムに記録された映像が残されている。

 その道具入り芝居噺は、現在、弟子の林家正雀に受け継がれているが、そうした正蔵の高座を知らぬ落語ファンも、弟子の林家木久蔵(現木久扇)の創作『彦六伝』で知る人も多いと思う。

 正蔵の人となりを知るうえで欠かせないのが昭和42年(1967年)に青蛙房から刊行された『林家正蔵随談』(麻生芳伸編)で、「トンガリの正蔵」の異名をとった正蔵が、いかに真摯で律儀であったかを知ることができる貴重な一冊である。

麻生芳伸編『林家正蔵随談』(青蛙房刊) 写真提供:山本益博
林家正蔵夫妻・自宅前
麻生芳伸編『林家正蔵随談』(青蛙房刊) 写真提供:山本益博

 じつは私、一度だけ金原亭馬生師匠のお遣いで、台東区稲荷町の正蔵師匠のお宅へ迎えに上がり、師匠を浅草のすし屋までお連れする役を仰せつかったことがある。

 稲荷町から浅草まで、正蔵師匠をタクシーでお連れする予定だったが、師匠は、地下鉄で行くと言ってきかない。そこで、稲荷町から浅草まで2駅だが地下鉄に乗ることになった。稲荷町の駅で切符を購入しようとすると、自分の切符は自分で買うと言われた。浅草演芸ホール、上野鈴本、新宿末広亭の寄席に出かける際には定期券を使うのだが、仕事以外に乗るときには、新たに切符を買い求めるのだという。このとき、あまりの律儀さにびっくりしたことを今でも思い出す。

 この話にはおまけがついていて、浅草のすし屋での話が長くなり、当時、東京生まれ下町育ちでいながら、練馬の上石神井に下宿していた学生の私は、正蔵師匠のお宅に泊めていただくことになった。浅草からはタクシーで稲荷町の四軒長屋にお住いのご自宅に戻り、二階の六畳の部屋に泊めていただいた。

 5月16日の正蔵師匠の誕生日にお祝いに出かけると、お客にふるまわれるのが、名物「牛めし」で、かなり甘い味付けの牛丼だったが、今や「八代目林家正蔵」を思い出すたびに蘇る懐かしい味である。

豆知識 『リレー落語』

(イラストレーション:高松啓二)

 リレー落語は、一つの噺を複数の演者でつないでいく落語のことを言います。いつ頃から始まったのか定かではありませんが、寄席ではなく、ホール落語やラジオの余興として考えられた高座ではないでしょうか?

 例えば『子別れ』。この人情噺は、「上・中・下」と三つに分けられるほどの長講なのですが、今、聴くことができるほとんどは「下」の『子はかすがい』と題された噺で、「上・中」を演る落語家はほとんどいません。立川談志は通しで『子別れ』をやりましたので、『子別れ』の「上・中」を談志が、「下」を古今亭志ん朝がつないだリレーの『子別れ』が実現したら、後世に伝えられる名演になったのではなかろうかと勝手に夢想したほどです。

 かつて、ラジオの公開放送で『富久』を古今亭志ん生、金原亭馬生、古今亭志ん朝の親子3人でつないだリレー落語がありました。これなどとても貴重な録音といえますね。

 リレーにむいた長講では『三軒長屋』があります。私なら前半を柳家さん喬、後半を柳家権太楼でつないでもらいたいという夢を持っています。

プロフィール

山本益博(やまもと・ますひろ)

1948年、東京都生まれ。落語評論家、料理評論家。早稲田大学第ニ文学部卒業。卒論『桂文楽の世界』がそのまま出版され、評論家としての仕事がスタート。近著に『立川談志を聴け』(小学館刊)、『東京とんかつ会議』(ぴあ刊)など。

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