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Clubhouseなど最旬キーワードも 「ゲームストップ株騒動」が映画業界と深く関係する理由

リアルサウンド

21/2/6(土) 12:00

 アメリカにおける2021年1月の水曜日は、4つの“I”で言い表せる。1月6日は“Insurrection(暴動)”で議事堂襲撃事件を表し、13日は”Impeachment(弾劾)“で、史上初となる2度目のトランプ前大統領弾劾訴追決議案が下院で可決された。20日はバイデン新大統領の”Inauguration(就任式)“、そして27日は”Investment(投資)”の大混乱を表す。その“投資”について、1月末に勃発した「ゲームストップ株騒動」は、現在も盛んに報道が行われている。

 ことの発端は、インターネットのフォーラムサイトReddit内の投資フォーラム“Wall Street Bets(WSB)”で情報交換をしていた個人投資家が集い、投資アプリ「ロビンフッド」を使い特定銘柄の株を購入したことから始まった。彼らが狙いを定めた銘柄は、ウォール街のヘッジファンドが“空売り(ショート)”と呼ばれる手法で取引していた銘柄で、ロビンフッダーたちが大量の買い注文を入れたおかげで株価は高騰、ショートスクイズ(空売りによって供給不足・需要過多となった銘柄が高騰する現象)を起こしてしまった。株価下落を想定し空売りをかけていたヘッジファンド数社は、青天井で高騰する高値で株を買い戻さなければならなくなり、敗北を宣言する事態となった。WSBで情報交換されていた、ヘッジファンドが空売りをかけていた銘柄はいわゆる“死に体ビジネス(dying business)”企業で、その中にはゲーム周辺機器小売店のゲームストップ、全米に展開するシネコンチェーンのAMCエンターテイメント、スマートフォンが誕生する前は人気機種だったブラックベリー、カジュアル衣料の一大チェーンだったExpressなどが含まれている。ゲームストップの株価は1月27日の135%上昇を含めると、1月に入ってからすでに1700%上昇、AMCは300%、ブラックベリーは275%も上昇していた。

 と、ここまでがニュースで報じられている情報だ。アメリカの株式市場で起きた特定銘柄の株価上昇・下落がなぜリアルサウンド映画部で報じるに値するかというと、この現象には現代を読み解く様々な要素が含まれていて、近いうちに数々の映像作品となり、気鋭のクリエイターが事件の一部始終を解き明かしていくことになるからだ。

 報道による騒動のおおまかな考察は、いけ好かないビジネスをしているヘッジファンドを個人投資家グループがギャフンと言わせた、エスタブリッシュメントVSアウトサイダーというものだった。よくある既定路線である。また、インターネットを駆使した新手のいたずらとも見られ、K-POPファンがTikTokで呼びかけてトランプ陣営の支持者集会のチケットを買い占め会場を空にした事件や、バイデン大統領就任式でのバーニー・サンダース上院議員のミトン(手袋)がインターネットミーム化し一瞬のうちに拡散されたことと同類で、暇を持て余したネットユーザーが束になり社会にもの申した、というもの。見方によっては、SNSによって集結した暴徒が民主主義の根幹を揺るがす事件を起こした1月6日の議事堂襲撃事件も、同列に語ることができるかもしれない。安易な株取引アプリが乱立し、パンデミックによりジェットコースターのような動きを見せた株式市場に大量の未熟なトレーダーが参入したことによって、市場のルールが崩壊したと結ぶ論調だ。

 だが、その市場のルールは本当に機能していたのか?という言説もある。スマートフォンで簡単に使える株取引アプリの「ロビンフッド」は、ゲーム感覚で小規模取引ができることから若い世代に人気がある。ヘッジファンドが空売りをかけていた銘柄、ゲームストップ、AMC、ブラックベリー、Expressなどは、市場と消費者の変化に対応できずに厳しい経営状況に追い込まれたと見られる企業だ。それと同時に、アメリカの若者文化を担ってきた、ある世代にとって馴染み深いブランドでもある。新型コロナウイルスのパンデミックは、配信事業者の台頭によってじわじわと経営不振に追い込まれていたシネコンチェーンのAMCを容赦なく直撃した。だが、AMCはロビンフッダーが株を買い漁る直前の1月25日に、約9億ドルの追加資金を得て破産危機を脱したと発表している。市場がすっかりオンラインゲームに移行し、ゲーム周辺機器販売ビジネスでは苦労しているように見えたゲームストップも、決算書を読み解くと極めて健全な財務状況であることがわかっている。ブラックベリーも、今は携帯端末ビジネスではない分野に業務転換している。金融のプロであるはずのヘッジファンドは、目先の情報だけでそれらの企業に狙いを定め、空売りをかけて食い物にしようとしたーー。中世の物語の主人公、ロビンフッドの物語を思い出すと、この騒動を違った視点で見ることができるだろう。

 インターネットフォーラムによって導かれた群衆の英知が、一国の経済を脅かしたとする見方もある。WBSのハンドルネーム“DeepFuckingValue”ことキース・ジル氏が発信する投資情報をもとに、数万人とも言われるレディッター(Redditer)が追随し、ゲームストップ株などがミームストック化していった。1月27日には、IOSのアプリストアおよびアンドロイドのGoogleプレイでロビンフッドのアプリがダウンロード数1位になり、個人個人がそれぞれロビンフッドを使い買い注文を集中させた。個人が束になりヘッジファンドが仕掛ける非情な空売り取引を攻撃する姿は、小さな存在が集合知を得て大きな敵と闘う姿勢と重なる。『クイーンズ・ギャンビット』で孤高のチェスプレイヤー・ベスが今まで闘ってきた良きライバルたちの英知を集約して、最高の勝利を勝ち取ったシーンのように……。

 こうして、世間の注目を一手に引き受けることになった株売買アプリ、ロビンフッド。CEOのウラジミール・テネフは33歳のブルガリア系移民で、スタンフォード大学の同窓生バイジュ・バットとともに2013年にロビンフッドを設立した。ロビンフッドとゲームストップ株騒動報道が過熱する中、超特大のスターが最高の舞台を用意し参入してきた。1月31日午後、テック界・スタートアップ界の大スター、テスラCEOのイーロン・マスクがTwitterに「Clubhouseにて、今夜10時、LA時間」と投稿。

 Clubhouse(クラブハウス)とは、1月中旬より日本でも急速に広まっている招待制音声SNSアプリのこと。日曜深夜、クラブハウスのイーロン・マスクのルームに現れたのは、時の人ウラジミール・テネフだった。2日ほど前にクラブハウスのアプリをダウンロードしたところ、共通の友人によってマスクを紹介されたテネフはこれがクラブハウスデビューで、「で、実際どうなってんのよ?」という業界大先輩によるあけすけな聴取を受けた。テネフの声は緊張で多少上ずりながらも、マスクの誘導で騒動の顛末をていねいに説明していく。流行り始めた最新SNSアプリで、アメリカ中が注目する騒動の最新情報が本人の口から語られる。iPhoneの向こうの聴衆は興奮で震えていたことだろう。

 世間の注目と関心に比例するように、ハリウッドからも熱視線が注がれている。MGMは、『ソーシャル・ネットワーク』(2010年)の原作『facebook 世界最大のSNSでビル・ゲイツに迫る男』の著者で、アーロン・ソーキンと共に共同脚本家を務めたベン・メズリックがこれから執筆する本『アンチソーシャル・ネットワーク(仮題)』の映画化権を取得。メズリックは、『ソーシャル・ネットワーク』を製作したマイケル・デ・ルカと再度タッグを組む。他方、Netflixは『ハート・ロッカー』(2009年)と『ゼロ・ダーク・サーティ』(2012年)でアカデミー賞脚本賞を受賞しているマーク・ボールが脚本を執筆、『好きだった君へのラブレター』シリーズのノア・センティネオが主演を務めるプロジェクトに着手したと報じられた。ハリウッドではこれ以外にもいくつかのプロジェクトが動いていると言われている。この題材がハリウッド垂涎のネタだという裏付けとして、ゲームストップ株騒動が報じられてから、金融ジャーナリストのマイケル・ルイス氏が“空売り”をテーマに執筆した『世紀の空売り 世界経済の破綻に賭けた男たち』をアダム・マッケイ監督が映画化した『マネー・ショート 華麗なる大逆転』(2015年)、ウォール街の狂騒をマーティン・スコセッシ監督、レオナルド・ディカプリオ主演で描いた『ウルフ・オブ・ウォールストリート』(2013年)といった作品がiTunesのレンタルチャートを上がっていることが挙げられる。

 米国下院金融サービス委員会長のマキシーン・ウォーターズ下院議員は、2月18日にロビンフッドのテネフCEOとシタデル、メルヴィンといったヘッジファンド数社の代表を招集、DeepFuckingValueことキース・ジル氏とそしてゲームストップ社代表の出席を求め、公聴会を開くと発表した。まだまだゲームストップ株騒動の全貌は明らかではなく、今後の市場がどう動くかの見通しもわからない。だがひとつ確かなことは、世間は現代性に満ち溢れたこの事件を鋭い視点で描く考察を切望しているということだ。

■平井伊都子
ロサンゼルス在住映画ライター。在ロサンゼルス総領事館にて3年間の任期付外交官を経て、映画業界に復帰。

■リリース情報
『マネー・ショート 華麗なる大逆転』
ブルーレイ+DVD セット発売中
価格:3990円(税別)

出演:クリスチャン・ベール、スティーヴ・カレル、ライアン・ゴズリング、ブラッド・ピット
監督:アダム・マッケイ
脚本:アダム・マッケイ、チャールズ・ランドルフ
原作:マイケル・ルイス『世紀の空売り 世界経済の破綻に賭けた男たち』(文春文庫刊)
販売元:パラマウント
(c)2015 PARAMOUNT PICTURES. ALL RIGHTS RESERVED.

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