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『エンドゲーム』『IT/イット THE END』『フォードvsフェラーリ』など、映画長尺化の背景を探る

リアルサウンド

19/12/22(日) 10:00

 これまで映画館でさまざまな映画を観てきたが、上映中に「今ストーリーのどの辺にいるのだろう」と思わず時計を見てしまった作品が2本ある。1本目はピーター・ジャクソン監督による3部作の1作目『ロード・オブ・ザ・リング/旅の仲間』(2001年)、そして2本目はデヴィッド・フィンチャー監督の『ゴーン・ガール』(2014年)である。『ロード・オブ・ザ・リング』は1人のホビット、フロドによる世界を支配する強大な力を秘めた指輪を葬り去るための、様々な種族の仲間たちとの冒険を描いた長大な作品であり、また『ゴーン・ガール』も妻の失踪によって殺人嫌疑をかけられた男が、追い詰められながらも容疑を払拭するために奔走し、その後思いもしなかった展開を見せる複雑なストーリーである。ちょうど『ゴーン・ガール』を観に行く前日に1948年公開のイタリア映画『自転車泥棒』を観たこともあり、1時間29分のストーリーの中で、盗まれた大切な自転車を探す親子を、シンプルにかつ奥深く描いた同作と比べ、2時間29分にも達するその尺とストーリーの構成について、映画が66年という年月の間にいかに複雑化したものか、感じざるを得なかった。ちなみに『ロード・オブ・ザ・リング/旅の仲間』は、さらにそれを30分ほど上回る2時間58分の上映時間である。

参考:ディズニーの映画市場独走の背景には何がある? フランチャイズ作品の不振とともに考える

 そして今年2019年、3時間越えの『アベンジャーズ/エンドゲーム』を筆頭に、『IT/イット THE END “それ”が見えたら、終わり。』はホラーとしては異例の2時間49分、『フォードvsフェラーリ』(日本公開は2020年1月10日)の2時間32分など、2時間半を超える作品が並んでいる。これらを前にして、ここ最近の作品について、1つの質問が頭をよぎる。

「最近、映画の尺が長くなっていないだろうか?」

 興味を引かれたので調べてみると、『エンドゲーム』と『IT』を含む、2019年全米興行収入トップ10(12月15日現在。『フォードvs フェラーリ』は29位)のうち8本が、2時間越えの作品であった。興行収入トップ10の作品ともなると2億ドル以上を稼ぐものも多いが、この辺のタイトルというのは、ほぼ全てがいわゆる「ブロックバスター」と呼ばれる大規模作品である。

 さらに詳しく検証するため、2000年からの5年間と、2015年から今年までの5年間、それぞれの年のアメリカ興行収入トップ30作品の尺と、それらの平均上映時間を比較した。すると、平均の上映時間は両方の期間でおおむね116分~118分あたりだった。一方で、2時間以上の尺をもつ映画の本数は、2000年からの5年間では少ない年で8本、多い年で13本。対して、2015~2019年の5年間では、少ない年は12本、多い年は17本だった。つまり、2000年前半の5年間では、トップ30のうち『ロード・オブ・ザ・リング』や『ハリー・ポッター』シリーズなど、とりわけ尺が長い作品によって平均上映時間が長くなっているが、最近の5年間では、ブロックバスター映画が平均的に長くなっているのは確かなようである。

 ところで、筆者がハリウッドにある映画製作会社でインターンシップを行っていた時に与えられた仕事の一つは、会社に毎日のように送られてくる脚本を読んで、それらを評価することであった。だいたい1ページ=1分といわれる目安のもと、たまに140ページを超える脚本を見ると、まして180ページにも達するものを目にすると、キャラクターが多すぎたり、何かストーリー上の問題があるのではないかと少々身構えたものであったが、これまでは、映画の尺というのはだいたい90分~120分というのが一般的だった。その理由の一つは、劇場での興行的な部分にある。つまり、短い上映時間ならば、映画館でより多くの回数上映することができ、より多くの観客を入れることができる。一方、上映時間が長くなると、上映回数を減らさなければならなくなり、それはそのまま興行収入の減少を意味する。しかし、そういった心配を裏切り、2000年以降の2時間半を超えるタイトルたちの大ヒットが証明したのは、上映時間が長くても、大きな興行収入を稼ぐことが可能であるということだった。

 そして、2001年に公開された『ロード・オブ・ザ・リング/旅の仲間』からさらに15年以上が経った現在、ハリウッドは様々な変化に直面している。まず良質なドラマシリーズが次々と生まれた。そして、それらを配信プラットフォーム上で、好きな時に好きな場所で観ることが当たり前の視聴スタイルとなった。それによって、オーディエンスが決められた時間に映画館へ行き、お金を払って映画を観るという行為に対して、そうするだけの価値を映画側が提供することが必要になった。その価値というのは、自分の家の小さな画面ではできない映画体験であり、そんな体験を与えてくれるのは地味なヒューマンドラマではなく、派手なアクションや視覚効果で、視覚と聴覚に訴えるスケールの大きい作品である。こうして興行収入のトップは、フランチャイズ作品やスーパーヒーロー映画、ブロックバスター作品がほとんどを占めるようになった。

 映画の長尺化を後押しした理由として、この配信vs映画という構図だけではなく、テレビvs映画の熾烈な競争についても書かないわけにはいかない。HBOをはじめとしたケーブル局が質の高いオリジナルシリーズを次々と打ち出したのに続く形で、NetflixやAmazon、Huluといった配信サイトもオリジナルのシリーズを立て続けにリリースした。複数のシーズンにわたって続くことが当たり前のドラマシリーズは、長いスパンの中でより深みのあるストーリーを見せるには最適であり、同時に配信やケーブルはレーティングなどの放送上の制約が少ない。こうして、大胆かつ深みのある映像表現をもってテレビドラマは黄金時代を迎え、今では年間に500本を超える作品がリリースされるようになっている。これまで映画で活躍してきた大物監督や俳優がテレビに活動の場を移すケースが出てきたことで危機感を抱いた映画業界は、そんな現状に対処すべく、1本で完結する単発のストーリーではなく、例えば3部作としての尺の長いストーリーを描くことも頻繁に行われるようになった。

 この傾向は、特にマーベルやDCなどのスーパーヒーロー映画やファンタジーの作品を中心に見られる「シネマティック・ユニバース」系の映画で特に顕著である。これらのジャンルでは、例えば同じユニバース内に存在する主役級のトップ俳優が何人も登場する映画が増えることになった。これによって、映画のメインプロットに加え、それぞれのキャラクターの苦悩や恋愛など、何本ものサブプロットが詰め込まれ、それを演じる各俳優たちがスクリーン上に登場する時間を確保するため、映画の尺は大きく伸びた。どのストーリーラインを含むかというのは、監督や脚本家からのクリエイティブ上の要求であることもあれば、契約やマーケティングなどのビジネス的な理由からという場合もあるだろう。

 さらに、オーディエンスはこれまで映画スタジオによって作られたものをただ一方的に消費するだけであったが、ここ数年は、映画の内容に対するオーディエンスの声が一気に強くなったという背景もある。SNS上での声をきっかけに、スタジオが撮り直しや再キャスティングを行うなど、一人のオーディエンスの力が大きくなった結果、映画が炎上するというリスクを常に気にする必要が出てきた。特に原作に基づいた作品に対して、その世界観を大きく逸脱するアレンジが普通に行われていた一昔に比べ、映画製作者側は、原作により忠実な映像化を期待するオーディエンスを裏切ってしまうというリスクを避けるため、どのシーンを生かすか、削るかについてより慎重になっている。

 このコラムでは、いわゆるブロックバスター作品の尺が伸びていることの背景について考えてきたが、実は、インディペンデント系アート映画も2時間越えの作品は珍しくなくなっている。インディ系の作品は特に生き残りが厳しい中、尺を伸ばすことで生じるリスクは予算の増加だけにとどまらない。一方で、ハリウッドでアート系インディ映画の新たなホームと言われてきたAmazon、この11月に3時間29分という長大な映画『アイリッシュマン』をリリースしたNetflixと、それぞれポジションは異なるが、配信プラットフォームの強みの一つは、コンテンツの時間的なしばりがないことであるから、今後もこれらのプラットフォームでの配信を前提に作られた作品の尺が伸びる可能性は大いにあるだろう。大規模化の道をたどるブロックバスターと、最適な「ホーム」を探すアートハウス独立系映画、この尺の変化は、今後は映画館で観る「映画」というくくりだけでなく、もっと広い意味での「映像作品」としての今後の方向を示唆しているように見えて興味深い。

※参照:Box Office Mojo

(神野徹)

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