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樋口尚文 銀幕の個性派たち

志賀廣太郎、普通でいつづけることの異色

毎月連載

第23回

写真提供:レトル

 「個性派」と呼ばれるくらい、概ねバイプレーヤーは突飛であったり極端であったりユニークに際立った持ち味で覚えられることが多い。だが、なかには空気のように無味無臭な感じなのにじわじわと存在感を発揮してくるタイプも稀にいる。たとえば志賀廣太郎は、その代表格だろう。

 志賀廣太郎を最初に目だった役でテレビに登場させたのは、1995年のアップルコンピュータのCMだろうか。その4分にわたるグランドホテル形式の長尺CMで、志賀はまさにホテルのラウンジで文豪と対話する編集者(たぶん)を演じている。筒井康隆扮する大作家にMacの何がいいのかを問いかける志賀は、今よりいくぶん毛髪もあり、美声とスマートな物腰、しかしテレビのなかではあまり見かけない「そのへんにいそうな普通さ」が逆に画面のなかで強烈な異物感を発していた。

 テレビの、特にCMというポピュラーさ、キレイさ、安心感からなるハリボテ的な虚構世界に、「そのへんの人」が闖入してくるのは実はとてもインパクトのあることで、このCMを演出した山内ケンジはその感覚をしばしば狙っていた(山内演出の、やはり1995年の英会話のNOVAのCMで有名になった山崎一もその好例だ)。後に演劇に傾倒してゆく山内は、こういう大手の芸能事務所からは発掘できない異色の人材を、小劇場の舞台から見つけ出していた。私にも同様の経験があるのでそれはよく理解できるが、下北沢の猫の額のような舞台には時おり「誰なんだこの人は」と瞠目させられる逸材が潜伏していることがある。

 志賀は、このアップルのCMの頃すでに47歳になっていた。いったいそれまでどういう人生を歩んできたのかと言えば、意外や志賀は自ら演ずるよりも後進に演技の手ほどきをする教育の人であった。杉並、世田谷界隈の一般的な勤め人の家庭で育った志賀は、しかし演劇に関心の高い教員との出会いもあって幼稚園、小学校の幼き日から演技に興味を持ち、高校はもちろん演劇部であった。

 ちょうど1968年に俳優座養成所を前身とした桐朋学園大学短期大学部の専攻演劇科が設置されたので、ここへ入学。きわめて真面目な態度で授業に出席し、早朝から夜までぎっしり詰め込まれた2年間必修の実習と講義でかなりの数の学生が中途で挫折するなか、志賀は無事71年に卒業するのだが、ここでなんと選んだのは大学に残って教員側になることだった。

 そして2年ほどゼミの助手をつとめた後、私費でドイツへ留学して語学や身体表現などをあちこちで学んで帰国、78年からはふたたび演劇科の非常勤講師となった。こうして志賀は40歳まで教職畑を歩んできたが、教えるにしても自ら演ずる体験が必要と思い出して、たまさか知遇を得た劇団・青年団の平田オリザに出演を打診すると予想外にそれが実現し、41歳で舞台『光の都』に出演となった。このキャリアでの参加に、当時若者ばかりの劇団は騒然となったというが、実力派の志賀は講師を継続しながら舞台に立ち、1993年に正式な団員となる。

『川の底からこんにちは』(C)PFFパートナーズ

 こうした活動を地道に続けるうちに、志賀は映画、CM、ドラマの世界から「発見」されていったのだが、その端緒となるくだんのアップルのCMあたりですぐに火がついたというよりも、さらにゼロ年代に入って『世にも奇妙な物語 SMAPの特別編』の『BLACKROOM』演出の石井克人、『THE3名様』の脚本・監督の福田雄一など気鋭の監督たちが、先述した山内ケンジのように、「いつもの普通の志賀廣太郎」を特異なキャラクターとして読み替えることで、一気に注目の人となった。

 そんなおなじみのバイプレーヤーとなった志賀が演じた役柄をふり返ると、インテリの病院院長や大学教授といったものからいぶし銀の刑事や下町の工場経営者などさまざまだが、それらに共通するのはやはり誠実で慎ましいイメージである。そして志賀本人を知るスタッフから聞くところによれば、実際の志賀もまるでそのままの「普通の人」であるという。演出の異才たちがこんな志賀をそれぞれに「翻訳」「脚色」したくなるのは、逆に今どきここまで「普通」でプレーンな存在が見出し難いからかもしれない。そして楽しみはたまの居酒屋という、これまた「普通」すぎる志賀が、今闘病中であるという。涼しい変わらぬ表情で現場に帰還してくれることを祈る。



作品紹介

『川の底からこんにちは』
2010年5月1日公開 配給:ユーロスペース=ぴあ
監督・脚本:石井裕也
出演:満島ひかり/遠藤雅/相原綺羅/志賀廣太郎/岩松了



『ちはやふる -結び-』
2018年3月17日公開 配給:東宝
監督・脚本:小泉徳宏 原作:末次由紀
出演:広瀬すず/野村周平/新田真剣佑/上白石萌音/志賀廣太郎



『となりの怪物くん』
2018年4月27日公開 配給:東宝
監督:月川翔 原作:ろびこ
出演:菅田将暉/土屋太鳳/古川雄輝/山田裕貴/志賀廣太郎



『四月の永い夢』
2018年5月12日公開 配給:ギャガ・プラス
監督・脚本:中川龍太郎
出演:朝倉あき/三浦貴大/川崎ゆり子/高橋由美子/志賀廣太郎



プロフィール

樋口 尚文(ひぐち・なおふみ) 

1962年生まれ。映画評論家/映画監督。著書に『大島渚のすべて』『黒澤明の映画術』『実相寺昭雄 才気の伽藍』『グッドモーニング、ゴジラ 監督本多猪四郎と撮影所の時代』『「砂の器」と「日本沈没」70年代日本の超大作映画』『ロマンポルノと実録やくざ映画』『「昭和」の子役 もうひとつの日本映画史』『有馬稲子 わが愛と残酷の映画史』『映画のキャッチコピー学』ほか。監督作に『インターミッション』、新作『葬式の名人』が2019年に公開。

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