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「国民作家の地位は、宮崎駿から宮藤官九郎へ」中森明夫が論じる『あまちゃん』の震災描写

リアルサウンド

13/10/9(水) 8:00

 中森明夫氏がNHK連続テレビ小説『あまちゃん』と、ヒロイン天野アキを演じた能年玲奈について語り尽くす集中連載第2回。第1回「中森明夫が『あまちゃん』を徹底解説 NHK朝ドラ初のアイドルドラマはなぜ大成功したのか?」に引き続き、今回は『あまちゃん』で震災を描いた脚本家・宮藤官九郎への評価から、アイドル史における能年玲奈の”可能性の中心”まで、中森氏が縦横無尽に語った。インタビュアーはアイドル専門ライターの岡島紳士氏。

宮藤官九郎は現在の最大の国民作家

――『あまちゃん』が震災を描いたこと自体についてはどうでしょうか。

中森:NHKの朝ドラというお年寄りも東北の人も見ている場で、まだ2年半しか経っていないセンシティブなテーマを取り上げる。これは、宮城県出身の宮藤さんと、音楽を担当した福島育ちの大友良英さんというコンビでなければできなかったと思います。これまでサブカルチャー的な若者主体のドラマの書き手だった宮藤さんにとっては、まだ傷の癒えていない震災を描くのは大変なことだったでしょうね。僕は宮藤さんをポスト・モダンの代表的なクリエイターだと思っていました。つまり、戦争、学生運動などの大きな物語ではなく、“小ネタ”をうまく描く作家だと。宮藤官九郎は初めて「大きな物語」を書いた。作家としてジャンプしたんだと思います。

 アイドルは大したものじゃないとか、サブカルチャーで軽いものだとか言われますが、AKB48はいまだに震災のチャリティーをやっているし、震災後の東北を励まし続けてきた。作中では「GMTなんて偽善じゃないか」「でも、元気にしてくれるよね」というやりとりもありましたが、毎日2000万人が観ている“テレビ小説”の影響力は圧倒的です。新聞の連載小説に近いものだし、司馬遼太郎でも、村上春樹でもなく、宮藤官九郎こそ現在の最大の国民作家だと思います。

 『あまちゃん』で震災が描かれたのは、関東大震災の90年後の翌日でした。奇しくも前日には、『風立ちぬ』で関東大震災を克明に描いた宮崎駿が引退宣言をしている。去年亡くなった僕のおふくろは毎日NHKの朝ドラを観ていて、夏の時期になると戦争の場面で決まって涙を流しながら自分の戦争体験を語っていました。僕は戦争を知らない世代なので、その涙の本当の意味は分かりませんでしたが、しかし東日本大震災を経験し、それが『あまちゃん』で描かれるのを観て、「こういうことだったのか」と理解ができた。これが国民作家のやることであって、その地位が宮崎駿から宮藤官九郎に移ったのではないかと思います。彼はクドカンと呼ばれて飄々とした人ですが、『あまちゃん』でそういう役割を担ったのではないかと。

――宮藤官九郎は時代を描ける作家になったという意味でしょうか?

中森:「時代」という大きな話で見ると、例えば戦前までは軍国主義で領土を拡大していったが、それは大失敗だった。これは宮崎駿のテーマでもあるでしょう。その後、日本は『三丁目の夕日』的な高度成長期を経て、経済大国になりますが、その果てにはバブルの崩壊があり、何が豊かなのかがわからなくなった。

 そんな中で『あまちゃん』を観ていて、面白かったのはアキの祖母、宮本信子が演じた“夏ばっぱ”の言葉です。母の春子はアキがアイドルになることに反対するのに対し、夏ばっぱは「観光海女は人を喜ばすのが仕事。アイドルも同じだからやればいい」と言う。ここで貫かれている価値観は、“人を喜ばせること”です。僕は『アイドルにっぽん』という本で、軍事大国になるとか、経済でバブルになって浮かれて騒ぐのではなく、「日本はアイドルになるべきだ」と書きました。アイドルは歌がうまいわけではないが、周りの人が元気になる。北三陸では、人を喜ばせて自分も喜ぶという社会が見事にできています。

能年玲奈こそが『あまちゃん』を超え、アイドルの未来を切り開く

20131009-nakamori-02.JPG約2時間にわたって『あまちゃん』を語った中森明夫氏

 また、『あまちゃん』で素晴らしいのは、その夏ばっぱが経営するスナック「リアス」です。ユイちゃんがグレて問題を起こしても、ユイちゃんのママが不倫らしきことをしても、ばっぱが「もうよかっぺ」と言えばそれで終わり、というゆるい感覚。学生やアルバイトのちょっとしたいたずらや、ツイッターでのちょっとした発言がものすごい攻撃を受けてしまう、生きづらい現実の社会とは逆です。あまロス(あまちゃんロス症候群)が話題になっているのは、番組が終わって「リアス」のような場所が失われた感覚があるからではないでしょうか。言うなれば、行きつけのお店がなくなってしまった感じ。

 しかし、『あまちゃん』ではすでに“あまロス対策”に答えている。本作は、内向的なアキが東京でいじめられて引きこもっていたとき、三陸に引っ越して夏ばっぱに会い、東京にはない素敵な人間関係があることを見つける話です。そこで彼女は海女になり、地域アイドルとして周りを楽しませるが、それは東日本大震災で失われてしまう。これは、いまのあまロスの視聴者と同じ状況です。そして、その後の物語は失われたものを作り直すことがテーマになっている。あまロスの処方箋は、僕ら自身が自分の場所を作り直していく、ということではないでしょうか。

――現状のアイドルシーンに対し、『あまちゃん』あるいは能年玲奈はどんなことを投げかけているのでしょうか?

中森:宮藤さんははっきりとは言いませんが、インタビューなどを読むと、やはりAKB48は好きじゃないんじゃないか。太巻こと荒巻太一は明らかに秋元康のパロディでしょう。最後はいい人になっているけれど、全体としては東京のアイドルグループが風刺され、皮肉に描かれている。アキはGMTに選ばれるがクビになり、映画女優として名を挙げて、太巻は改心。そして、ユイとのユニット「潮騒のメモリーズ」で復活します。つまり、現在の東京のグループアイドルを構造上否定し、ローカルアイドルの勝利を謳っている。

 『あまちゃん』はAKB批判というより、アイドルシーンの批評であり、その結果として、能年玲奈が突出した。今や彼女はAKBを含む現在のアイドルの中でもトップレベルの人気者です。その上で僕が思うのは、『あまちゃん』を到達点としてたたえてしまったら、アイドルシーンが終わってしまうのではないか、ということです。この作品は80年代からのアイドルの富の多くを取り込むことによって成立している。そうであるなら、今度は僕らが『あまちゃん』からアイドルを奪い返さなくてはならない。『あまちゃん』を到達点ではなく、あくまでアイドル史の通過点とするために。『あまちゃん』によって総括されきっていないものとは何か? それが能年玲奈です。能年玲奈こそが『あまちゃん』を超えるものであり、アイドルの未来なんだと。今度、出る『午前32時の能年玲奈』(河出書房新社)という僕の本で書いたのは、そういうことなんですね。若い世代は能年玲奈に朝の輝きを見る。しかし、僕らのような80年代アイドルを見てきたものにとっては夜を超えた光を感じる。同じものを見ても二重性を帯びるんです。午前8時と32時に。つまり能年玲奈は「朝」と「超・夜」の二重の輝きによって満たされている。これが『あまちゃん』から導き出された僕の最大のテーゼであり、能年玲奈の可能性の中心です。能年玲奈はアイドルの未来を切り開きますよ!!

アベノミクスではなく、アマノミクスを!

――『あまちゃん』の内容についてもう一つ、最後に鈴鹿ひろ美が、影武者たる春子が歌っていた「潮騒のメモリー」を自分で歌うシーンがあり、これに感動したファンが多かったようです。こちらについてはどう捉えましたか?

中森:小泉今日子もそうですが、歌がうまいというより、ものすごく味がありますね。80年代には春子が影武者として歌い、才能ある少女がアイドルになれない、という悲劇を産んでしまった。しかし、そのおかげでアキという女の子が生まれたのも事実なんです。そのアキは東京で鈴鹿ひろ美の付き人になり、アイドルとして育てられます。つまりアキは鈴鹿ひろ美と天野春子という二人の母親を持って、2010年代のトップアイドルの女王位を継承する。これは小泉今日子と薬師丸ひろ子という80年代2大アイドルの女王位を継承する能年玲奈とパラレルです。

 鈴鹿ひろ美の歌うシーンがなぜあれだけ感動するかというのは、やはり歌詞を書き換えたからでしょう。東日本大震災があった中で、「三途の川のマーメイド」なんてひどい話です。しかし、鈴鹿ひろ美はそれを「三代前からマーメイド」と天野家の歌詞として、自分の歌声で歌い上げた。かつて自分がアイドル生命を抹殺したひとりの女性の人生を肯定してみせた。それが感動を呼んだのでしょう。

――なるほど。中森さんは、「間違った歴史を今から書き換えて肯定的なものにする」という行為は『あまちゃん』に限らず、現実にも必要だとしていますね。

中森:『あまちゃん』には、現実との異常なシンクロを感じるんです。サンミュージックの社長の死や、藤圭子と宇多田ヒカルの物語……特に宇多田ヒカルについては、母親が達成できなかった夢を娘が芸能界で実現したという意味でも、重なります。さらには、『あまちゃん』が放送された年に、東京オリンピックの開催が決まったこと。前回の東京オリンピックが開催されたのは1964年です。プロ野球で王貞治が55本の本塁打記録を達成した年でもある。今年はヤクルトスワローズのバレンティンがその記録を破りました。今年は1964年的なものが更新される年なんですよ。

 64年は『あまちゃん』の中でも重要な年です。元祖アイドルの夏ばっぱが「橋幸夫歌謡ショー」で一緒に歌った年でもある。また、現実では吉永小百合が映画『潮騒』に主演した年で、「潮騒のメモリー」はそのオマージュです。そして、能年玲奈は吉永小百合のように、国民的女優になった。

20131008-nakamori-03.JPG左・岡島紳士氏/右・中森明夫氏

 夏ばっぱ、春子、アキという三世代の時代で、日本は終戦から経済復興を遂げ、世界に冠たる国になりました。アキちゃんならぬアベちゃん(安倍首相)も、このストーリーに重なります。おじいさんであるところの岸信介がアイドル(総理)になり、父の晋太郎さんはなれなくて、自分が再びアイドルになったというのも不思議な符合です。経済復興はけっこうだし、東京オリンピックで盛り上がるのもいい。ただ、かつての時代を反復するように日本はよくならないだろうし、いまだ解決していない原発事故の問題もある。やはりアベノミクスではなく、アマノミクスでしょう。『あまちゃん』のモデルでみんなが喜びあって経済のみではなく心の復興をめざすべきではないでしょうか。7年後の東京オリンピックの開会式には潮騒のメモリーズを再結成して、そこでものすごくアナーキーなパフォーマンスをやってもらって、みんなで久しぶりに「じぇじぇじぇ」って(笑)。
第3回「『あまちゃん』的な価値観が次の時代を作る」中森明夫が示す、能年玲奈と日本の未来に続く
(インタビュアー=岡島紳士/写真・文=編集部)

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