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碧海祐人が語る、楽曲に通ずる“地元からの逃避行”というテーマ 影響を受けたカルチャーも明かす

リアルサウンド

20/9/9(水) 16:00

 愛知在住のシンガーソングライター・碧海祐人が、デビューEP『逃避行の窓』をリリースする。

 音数を極力削ぎ落としたジャジーでメロウなトラックの上を、気怠くもスウィートな歌声がたゆたう。ヒップホップやR&Bなどからの影響を強く感じさせつつ、フックの効いたメロディにはJ-POPのエッセンスも散りばめられており、そのハイブリッドなポップセンスは星野源や米津玄師にも通じるものがある。また、サンファやキング・クルール、トム・ミッシュらを輩出したサウスロンドンの音楽シーンや、アンビエントミュージックなどからインスパイアされた音像は一筋縄ではいかない中毒性を孕んでおり、ノンプロモーションながら数多くの人気プレイリストに選出されるなど、すでに国内外のリスナーから熱い注目を集めている。

 地元の愛知で鬱々とした日々を過ごし、「音楽は常に自分にとって“逃避行の窓”だった」とインタビューで語ってくれた碧海。そんな彼がこのデビュー作に込めた思い、そこに至るまでの道のりなどについて、じっくりと聞いた。(黒田隆憲)

Mr.Childrenからジム・オルークまで……碧海祐人を築いてきた音楽ルーツ

ーーまずは、碧海さんが音楽に目覚めたきっかけを教えてもらえますか?

碧海:母親が音楽教師の免許を持っていて、ピアノの教師をやっていたこともあったので、小さい頃から身近に音楽はありました。家には何故かギターがあって、中学生の頃からコブクロさんやMr.Childrenさんなど、トップチャートに入ってくるようなメジャーな曲をずっと練習していましたね。高校に入る頃になると、自分でも曲が作れたら面白いだろうなと思って、最初はありきたりな曲をずっと作っていました(笑)。

ーーバンド活動はやらなかったのですか?

碧海:高校生の頃に文化祭用のバンドを組んだことはあったんですけど、それきりで終わってしまいました。「オリジナルを作ろうよ」と言っても、そこまでの熱量が他のメンバーになかったんです。大学に入ると課題が忙しくて、「こりゃバンドなんてやってる時間ねえぞ」と自分から遠ざけてしまったところもあります。それで、家にこもって一人で音楽を作るようになりました。授業の関係でMacBook Proを購入したんですけど、そこに入っていたGarageBandを開いたのがきっかけです。最初のうちは、高校生の頃に作ったオリジナル曲を引っ張り出してきて、ちょっと録ってみたのが始まりです。それが今につながっている気がしますね。

ーー「ありきたりな曲」とおっしゃいましたが、どんなオリジナル曲だったんですか?

碧海:それこそ「弾き語りの延長」というか。いろいろな曲をコピーしていくうちにコードの流れとか、どう歌ったらその人たちっぽくなるか?とか。無意識下で分析をしていたところがあって。それを自分のオリジナルに取り込んでみるような感じでしたね。

 オリジナル曲を作ることに対して、最初からあまりハードルを高く設定していなかったのは、まずは模倣から入ったところは大きかったのかもしれないです。たくさん模倣をしてきたので、それが自分の引き出しになっていたというか。で、その頃からヒットチャート以外の音楽もどんどん掘っていくようになったんですけど、それもGarageBandを使ってアレンジなどやるようになったのが大きいと思っていますね。

ーー影響を受けた音楽として、ceroや君島大空、米津玄師などを挙げていますが、その辺りを聴くようになったのもその頃?

碧海:そうです。特に、去年の春くらいに君島大空さんのEP『午後の反射光』を聴いたのが、自分の中ではものすごく大きかった。単に楽曲の寄せ集めではなく、EPというフォーマットを使って自分の世界観を提示することの意味を教えてもらったというか。「こういうことなんだな」って腑に落ちたし、自分もこういう作品を作りたいと強く思うきっかけにもなりましたね。

 あと、最近は「なんでも楽器やな」と思うようになって。ストローで笛を作ってみたり、昔使っていた小さなオカリナやハーモニカを引っ張り出してきたり。そういう「ジャンク楽器」が、実は『逃避行の窓』に結構入っているんですよ。あとは生活音。タンブラーに何かが当たった時の金属音に、エフェクターを通して変な音にしてみるとかは、一人で部屋で作っていたからこそ生まれたアイデアでした。

ーーそれってアンビエントミュージックからの影響も大きいですか?

碧海:ああ、それはあるかもしれない。一時期はブライアン・イーノやジム・オルークにハマっていたこともあったので。それに、そういう遊び心のようなものを取り入れることができるのは、バンドというフォーマットに縛られていないからなのかなとも思います。

「ずっと俺はここにいるのかな」みたいに思うこともあって

ーーデビューEP『逃避行の窓』は、ここに並んだ曲たちが「逃避行」への「窓」になっているという意味が込められているのかなと思いました。

碧海:はい、自分でもそう思います。1stシングル『秋霖』も「逃避行」がテーマ。愛知県のド田舎でもがいていた自分が、ある意味では東京に逃げてきて。そこで感じたことも歌詞に入れていますし。8月にアップした2ndシングル『Comedy??』のリリックビデオでも表現しているように、僕は夜中に街を徘徊することが多いんですけど(笑)、それは今、住んでいる息苦しい街も、深夜になるとちょっと心が軽くなるからなんですよね。

碧海祐人 – Comedy??(Official Lyric Video)

ーーそういえば、「秋霖」のMVは名古屋市の伏見で撮影されたものですよね。あの映像の中でも、夜の川沿いを碧海さんが歩いています。

碧海:あのMVでは、川の向こう側で陽気に踊りまくっている自分と(笑)、それを憂鬱そうに眺めながらフラフラと歩いている自分という2つの姿を映しているんですけど、それは「目指すべき憧れの自分」と、「そうなれない今の自分」を表現しているんです。ちょうどあの歌詞を書いていたときに、「音楽を生業にしていきたい自分」と「就職して安定した収入を得ながら趣味で音楽をやるべきだと考える自分」との間で葛藤していたんですよね。しかも、そのときに読んでいたのが村上春樹の『ねじまき鳥クロニクル』で、あの小説の中でも主人公が大変な葛藤というか、苦しみの中にいる状況が自分と重なる部分があるなと。「こうなりたい」という思いと、「何しているんだろう」という思い、その狭間で彷徨っている感じが「秋霖」の歌詞でもMVでも、うまく出せたんじゃないかと思っています。

ーー地元に対しては、レペゼンというより「愛憎」が入り混じる気持ちなのですか?

碧海:そうですね、割とネガティブな気持ちが強いかもしれない(笑)。住んでいる場所が、とにかくド田舎なんですよ。名古屋はまだ都会的なイメージがあるかもしれないんですけど、僕が住んでいる辺りは夜の10時にはほとんど人がいなくなる。なので、決して嫌いではなんですけど「ずっと俺はここにいるのかな」みたいに思うこともあって。「抜け出したい」「どこかへ行きたい」という気持ちも強いんですよね。愛知県の「出身」であることに対して何もネガティブな気持ちはないし、むしろそこは強調してもいいんですけど、愛知県を「拠点」にしているかというと、そういうつもりでもない……という感じでしょうか(笑)。

ーーなるほど。それと歌詞の世界も独特ですよね。文学的あるいは詩的な言葉遣いというか。

碧海:もともと読書は苦手な方だったんです。歌詞も視点がバラバラになっていたり、文体が散らかったりするのはそのせいですね(笑)。僕は映画をよく観るのですが、音楽にとっての言葉は、映画にとっての衣装や美術だと思っているので、あまり言葉が前に出過ぎないようには気をつけています。ちなみに僕は、風景について書くのが好きなので、そこで映画の影響はめちゃめちゃデカいと思います。

ーー映画は、どんな作品が好きですか?

碧海:最近は、ちょっとベタになるけど『タクシードライバー』です。本当に好きなんですよ、見ていてずっと興奮するというか(笑)。そこからマーティン・スコセッシを深掘りしたり、関連で新しい映画にも手を伸ばしたりしていますね。

ーー以前のインタビューで、2ndシングル『Comedy??』は映画からの影響も大きいとおっしゃっていましたよね?

碧海:それこそ『タクシードライバー』から『ジョーカー』に行って、「笑う」ということについて考えました。「Comedy??」には楽観的な部分も欲しかったので、そこはテレビで観たチャールズ・チャップリンの『モダンタイムス』も参考にしました。どんどん貧困になっていく状況を、笑いにしているのがすごい! と思ってそれを曲の核にしていますね。あとは『ジョーカー』に影響を与えた『キング・オブ・コメディ』にもインスパイアされました。

ーー他にはどんな作品が好きですか?

碧海:監督でいうと、ラース・フォン・トリアーやギャスパー・ノエが好きなんですよ。でも、そのあたりは作品そのものよりも、監督の「モノづくり」への姿勢に学ぶところが大きい。実験的だし「いや、それはないやろ」という描写まで100パーセント本気でやり切るじゃないですか(笑)。試験的、実験的であることって狙うべきものじゃないと思うんですけど、そういう要素は自分の作品にもあって欲しいと思っています。

ーー「Comedy??」の話に戻りますが、この曲は後半で急激にピッチが下がるところもインパクトありますよね。

碧海:ありがとうございます。あそこは米津玄師さんの「Paper Flower」という曲で、最後ピッチがグッと落ちていくところからインスパイアされました。ずっと頭の中で寝かせていたアイデアだったんですけど、具現化するのは大変で(笑)。ピッチチェンジのオートメーションを何回も何回も書き直し、ようやく納得のいく仕上がりになりました。

ーー「夕凪、慕情」では石若駿さんがドラムを叩いています。

碧海:実際に叩いているところを見させてもらったんですけど……いやあ、凄かったです。石若さんの存在が音楽そのものというか。レコーディング中は終始感動していました。基本的に『逃避行の窓』は僕が一人で作った作品なんですけど、この曲のように「第三者」の視点が入ることで、自分の曲が予想もしない方向へ転がっていくのも楽しかったですね。ミックスダウンも今回big turtle STUDIOSの藤城真人さんが入ってくださって、そこでまた曲の雰囲気がガラッと変わったのが嬉しかったです。

夕凪、慕情 / 碧海祐人 (Official Music Video)

ーー「Atyanta」のローファイなボーカル処理や、途中で音像がガラッと変わる構成なども印象的でした。

碧海:サウスロンドンのシーンが気になっている時期だったんです。プーマ・ブルーやキング・クルールあたりの、歪みとショートディレイでできた、荒々しさと優しさが同時にあるような音作りがカッコ良くて、この曲ではそういう要素を取り入れてみました。今回のEPの世界観にもマッチしつつ、自分の幅も見せられたかなと思っています。

ーー話を聞いていると、碧海さんはプロデューサー的な視点も持っている人なのだなと思いました。自分の作品に対して、熱量を持ちつつも客観的な視点を忘れていないというか。

碧海:そうなんですかね(笑)。昔から「全てに関わりたい」という気持ちが強くて。友人にも多趣味だと言われるのもそういうことなのかなと。今回「秋霖」のMVを自分でディレクションしてみたのも、いろんな立場を味わってみたいというか。「やってみんとわからんよな」という気持ちがあるからなんですよね。

ーー自分でやってみることで、それを専門にしている人たちの凄さに気づくこともありますし。

碧海:ほんとそうなんですよ。やってみることで、自分以外の人が関わってくれた時に、その人がどれだけすごいスキルを持っているのかも分かる。それこそ藤城さんにミックスを今回お願いした時も、自分でミックスまでやってみた経験があったからこそ、藤城さんがどれだけすごい技術を持った方なのかも分かったんですよね。その上で具体的なリクエストもしやすかったし、お互いのイメージも共有しやすかったというか。ただ、あんまり細かく言いすぎると煩わしいんじゃないかなという葛藤もあります(笑)。自分の考えを相手に伝えることって、今までずっと一人でやってきたぶん「難しいな」と感じる時もありました。

ーー今、世の中はコロナ禍ですが今後どんな活動をしていきたいですか?

碧海:今回のレコーディングで学んだことを強化しつつ、自分でできるところはとことん追求して、任せた方がいいところはいろんな人に任せていくというか。僕の音源というよりは「碧海祐人」というグループみたいな(笑)。そのくらいの気持ちで、スタッフも含めて「こうした方が楽しいんじゃない?」みたいに思ったことをどんどん言ってもらって、一緒に「碧海祐人」を作っていきたい。

 あと、『逃避行の窓』はわりとゆったりとしたBPMの曲が多かったので、次は速い曲も作ってみたいです。

ーー今作のように、これからも碧海さんの音楽は「逃避行の窓」であり続けたいと思いますか?

碧海:そう思います。僕は「気にしい」というか、いつも周りに気を配っている性格なので、時々苦しくなることもあって。家にいても、どんどん息が詰まっていくような気分のときは、大抵音楽を聴いていないときなんですよ(笑)。そういう時に、自分が「最高だな」と思う曲だけを集めた「お気に入りのプレイリスト」を聴きながら深夜の街を徘徊していると、救われる気分になる。僕の曲も、そういう存在であったらいいなと思います。誰かの「お気に入りのプレイリスト」に入るような、「逃避行の窓」のような存在でありたいですね。

■リリース情報
『逃避行の窓』
9月9日(水)
形態:CD/Digital
¥1,500(税抜)
<収録曲>
01.Tragedy(intro)
02.夕凪、慕情
03.残照
04.裏窓 (interlude)
05.Comedy??
06.Atyanta
07.秋霖

V.A. 『S.W.I.M. #1 -polywaves-』
9月9日(水)
形態:CD/Digital
¥1,000(税抜)

■イベント情報
『mona records「S.W.I.M.」PARTY』
9月26日(土) 14:00 OPEN/14:30 START
<出演者>
asmi/SPENSR/碧海祐人/カメレオン・ライム・ウーピーパイ/and more.
Ticket : ¥2,400+1D600(LivePocket
Online Streaming Ticket : ¥500 (TBA)
Venue : mona records
※イベントの内容は変更となる場合あり

■関連リンク
碧海祐人 Twitter
碧海祐人 Instagram
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