Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play
Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play

砂糖増量中のシンデレラ・ストーリー「わたしの幸せな結婚」シリーズから目が離せない理由とは?

リアルサウンド

20/9/23(水) 20:00

 不幸な境遇にある少女が、ある出来事を切っかけに幸せをつかむ。いわゆる“シンデレラ・ストーリー”は、今でもさまざまな形で物語となり、多くの女性読者に愛されている。現在、第4巻まで刊行されている、顎木あくみの『わたしの幸せな結婚』も、そのひとつといっていい。明治・大正期を意識した和風世界を舞台に、ひとりの少女が幸せになっていく物語である。

 主人公の美世は、帝都に大きな屋敷を構える斎森家の長女だ。ちなみに斎森家は、代々、異能者を輩出してきた、特別な家である。他にも異能者の家は幾つかあり、帝に重用され、この国に古来より現れる異形を退治してきた。しかし美世には、異能者に必須の見鬼の才がない。幼くして母親が死ぬと、父親はすぐに再婚。父と継母の間に生れた妹には、見鬼の才があった。

 そのような事情に加え、父母の結婚の経緯もあり、美世は斎森家で使用人同然の生活を強いられる。また、継母と妹からは日常的に虐待を受けている。父親は見て見ぬふりだ。しかし美世の嫁入りが決まったことで、すべてが変わる。相手は、冷酷無比と噂される軍人の久堂清霞。異能者で、帝国陸軍の対異特務小隊の隊長をしている。

 大勢の婚約者候補が三日も経たずに逃げだしているという清霞は、初対面から美世に冷たく当たった。だが美世に逃げ帰る先はない。いままでの暮らしから、極端に自己評価の低い彼女は、とまどいながらも久堂家で過ごすうちに、清霞が冷酷な人間でないことに気づいていく。また清霞の方も、いままでの女性たちとは違う美世を気にかけるようになる。しだいに清霞と心を通い合わせる美世だが、斎森家や、他の異能者の家の思惑により、清霞と引き離されるのだった。

 以上が第1巻の粗筋だ。物語に登場した時点の美世は、とにかく自己評価が低い。だが、物語の設定がしっかりしているので、読んでいてイライラすることはない。すぐに思考をマイナス方向に転がしていくヒロインが、どうやって幸せになるのか、ドキドキしながらページを捲ってしまうのだ。

 もちろん久堂清霞の描き方も巧みだ。異能者としての実力は折り紙付きだが、男性とは思えぬほどの儚い美しさを持ったイケメン。母親との確執や、いままでの婚約者候補の言動を見て、女性に幻滅していたが、美世を知ることによって、徐々に変わっていく。第1巻の時点で、美世と清霞が相思相愛であることは確定しており、その上で作者はカップルの障害を設定しているのである。

 しかも、各巻の障害が、よく考えられている。まず第1巻は、美世の実家の斎森家だ。自分を虐待し、家の道具として扱う斎森家に、清霞との暮らしで人間性を取り戻した美世が立ち向かう展開が気持ちいい。

 そして第2巻は、美世の母親の実家である薄刃家が、障害としてクローズアップされる。併せて、第1巻から匂わされていた美世の秘密も判明。ふたりを取り巻く人物も増加し、世界が一気に拡大された。この2冊が、シリーズのプロローグといっていいだろう。

 さらに第3巻になると、清霞の両親が登場。対異特務小隊の仕事で、両親の家を拠点にする清霞に、美世も付いていく。そんな彼女に清霞の母親・芙由は、初対面から攻撃的な言葉を浴びせるのだ。そう、第3巻は嫁姑問題になっている。嬉しいのは美世が、積極的に芙由と仲良くなろうとすること。ずいぶん成長したなあと、感慨深いものがある。また、清霞の仕事の方で、シリーズを通じての敵になるであろう人物が出現。衝撃的なラストまで含めて、大いに盛り上がる。

 それを受けた第4巻では、敵に狙われる恐れのある美世が、身を守るために対異特務小隊で日中を過ごすことになる。ここで彼女が出会うのが、清霞の元婚約者候補の女軍人・陣之内薫子だ。清霞と親しい様子を見せる薫子に、美世はやきもき。正確には違うのだが、第4巻は元カノ問題を扱っているのだ。

 このように本シリーズは、1巻ごとに美世に障害を与え、それを乗り越えさせることで、彼女を成長させている。そして成長する美世は、清霞に対する愛を強めていく。清霞の方も同様だ。だからハッピーエンドが約束されていることを承知の上で、砂糖増量中のシリーズがどうなるのか、先が気になってならないのである。

■細谷正充
1963年、埼玉県生まれ。文芸評論家。歴史時代小説、ミステリーなどのエンターテインメント作品を中心に、書評、解説を数多く執筆している。アンソロジーの編者としての著書も多い。主な編著書に『歴史・時代小説の快楽 読まなきゃ死ねない全100作ガイド』『井伊の赤備え 徳川四天王筆頭史譚』『名刀伝』『名刀伝(二)』『名城伝』などがある。

■書籍情報
『わたしの幸せな結婚』
著者:顎木あくみ
イラスト:月岡月穂
出版社:富士見L文庫
https://lbunko.kadokawa.co.jp/special/watashino/

新着エッセイ

新着クリエイター人生

水先案内

アプリで読む