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川本三郎の『映画のメリーゴーラウンド』

刑期を終えた健さんがうまそうに飲むサッポロ「赤星」の話から、鉄道模型が好き、コイン遊び、けん玉好き…"遊び好きなギャング"たち。最後は『狼は天使の匂い』の話につながりました。

隔週連載

第56回

20/8/4(火)

 山田洋次監督の『幸福の黄色いハンカチ』(1977年)の高倉健は、酔った末の喧嘩で人を殺してしまい、網走刑務所に服役していた。
 刑期を終えてようやく出所したところから物語が始まる。刑務所を出た高倉健が、まず何をするか。
 刑務所の前に大衆食堂がある。そこに入ると、まずビールを注文する。そのあと品書きをざっと見て、「醤油ラーメンとカツ丼」。
 ビールがくる。瓶ビール。それをコップでうまそうに飲む。何年ぶりかのビールがいかにもうまそう。
 このビールは、東京ではあまり見ないが、北海道では定番のサッポロのラガー。赤い星のマークが付いているので通称「赤星」。
 拙著の映画化、向井康介脚本、山下敦弘監督の『マイ・バック・ページ』(2011年)のラストで妻夫木聡演じる主人公が横丁の居酒屋で一人、飲むビールがこの「赤星」だった。

 長年、刑務所に入っていた男が出所して町に出た時にまずするのはなんだろう。
 その点で印象的なのが、以前にも紹介したフランスのフィルム・ノワール、イヴ・アレグレ監督の『目撃者』(1957年)。
 ロベール・オッセン演じる主人公のギャングは、いま5年間の刑務所暮しを迎え、列車でパリに戻ってくる。
 弟分のジャン・ガヴァン(ギャバンではない)が出迎える。再会した二人は歩く。ある店のショウウィンドウの前で足をとめ、目を輝かせてながら中を見る。
 宝石泥棒でもするのかと思うと違った。ショウウィンドウの中には、鉄道模型があり、二人はそれを子供のようにうれしそうに見る。

 このギャングと鉄道模型という組合せが意表を突いたが、映画のなかではギャングや悪党が案外、子供のように無邪気に遊びに夢中になる。そのアンバランスが心に残る。
 “遊び好きのギャング”が登場したはしりはギャング映画の古典、ハワード・ホークス監督の『暗黒街の顔役』(1932年)だろうか。
 ポール・ムニ演じるギャング(モデルはアル・カポネ)の用心棒、当時、新人のジョージ・ラフトがいつも無言でコインを指で弾いて遊んでいる。コインを放り投げて受け止める。そのさまが格好いいということで、ジョージ・ラフトは一躍、有名になった。
 映画のなかでジョージ・ラフトはポール・ムニの妹と親しくなる。妹に対して近親相姦的な愛情を持つポール・ムニはこれを嫉妬しジョージ・ラフトを銃で撃つ。ラフトは階段をころげ落ち、息絶える。彼の指から落ちたコインが床をころころと回り、やがて止まる。
 このラストもラフトの人気を高めた。

 ジュリアン・デュヴィヴィエ監督の伝説的名作『望郷』(1937年)ではジャン・ギャバン演じる主人公のペペル・モコがアルジェリアのカスバに逃げ込む。ある時、仲間を裏切った男に制裁を加える。
 この時、子分のひとりが制裁など他人事とばかりクールに拳玉に興じている。これも“遊び好きのギャング”の早い例として映画史上の語り草になっている。
 『目撃者』のロベール・オッセンが主演したフィルム・ノワール、エドアール・モリナロ監督の『殺られる』(1959年)では、シャンソン歌手フィリップ・クレイ演じる殺し屋が、いつもクロスワード・パズルで遊んでいるのも“遊び好きのギャング”の系譜を受継いでいる。

 遊び好きのギャングがたくさん出てくる映画といえば、ルネ・クレマン監督の『狼は天使の匂い』(1972年)が随一だろう。
 冒頭にルイス・キャロルの「愛しき者よ、僕たちは寝る時間が来たのに眠るのを嫌がっている年老いた子どもに過ぎない」という言葉が引用されているように、ギャング映画なのに大人の童話の楽しい雰囲気を持っている。原作はデヴィッド・グッディス。脚本はセバスチャン・ジャプリゾ。
 ヘリコプターの操縦を誤って、多数のジプシー(現在の呼称はロマ)の子どもを殺してしまったジャン=ルイ・トランティニャンが復讐しようとするジプシーに追われ続ける。パリからニューヨークへ、さらにモントリオールへ。そして小さな島へ。
 その島には、店閉まいした小さなホテルがあり、そこをロバート・ライアンのボスをはじめギャングたちが、隠れ家にしている。トランティニャンは彼らの仲間になる。
 ホテルの名前が『不思議の国のアリス』にちなんで「チェシャキャット」になっているのも、大人のお伽話を思わせる。
 そして出てくるギャングたちが、それぞれに子どものように遊び好き。次回、それを思い出してゆこう。

 

イラストレーション:高松啓二

紹介された映画


『幸福の黄色いハンカチ』
1977年 松竹
監督:山田洋次 原作:ピート・ハミル
脚本:山田洋次/朝間義隆
出演:高倉健/倍賞千恵子/武田鉄矢/桃井かおり/渥美清/たこ八郎/太宰久雄
DVD&Blu-ray:松竹



『マイ・バック・ページ』
2011年 アスミック・エース
監督:山下敦弘 原作:川本三郎
脚本:向井康介
出演:妻夫木聡/松山ケンイチ/忽那汐里/石橋杏奈/中村蒼/韓英恵/長塚圭史/山内圭哉/古舘寛治/あがた森魚/三浦友和
DVD&Blu-ray:バンダイビジュアル



『目撃者』
1957年 フランス
監督:イヴ・アレグレ 原作:ジェームズ・ハドリー・チェイス
脚本:ルネ・ウェレル
出演:ロベール・オッセン/ジェラール・ウーリー/ジャン・ガヴァン/ローラン・ルザッフル/アントネラ・ルアルディ



『暗黒街の顔役』
1932年 アメリカ
監督:ハワード・ホークス 原作:アーミテージ・トレイル
脚本:ベン・ヘクト
出演:ポール・ムニ/アン・ドヴォラク/カレン・モーリィ/ジョージ・ラフト
DVD:IVC



『望郷』
1937年 フランス
監督・脚本:ジュリアン・デュヴィヴィエ 原作:ロジェ・アシェルベ
出演:ジャン・ギャバン/ミレーユ・バラン/リーヌ・ノロ
DVD:エー・アール・シー株式会社



『殺られる』
1959年 フランス
監督:エドゥアール・モリナロ 原作:G・モリス・デュムラン
脚本:G・モリス・デュムラン/アルベール・シモナン
出演:ロベール・オッセン/フィリップ・クレイ/エステラ・ブラン/マガリ・ノエル
DVD:IVC



『狼は天使の匂い』
1972年 アメリカ=フランス合作
監督:ルネ・クレマン 原作:デヴィッド・グッディス
脚本:セバスチャン・ジャプリゾ
出演:ロバート・ライアン/ジャン=ルイ・トランティニャン/レア・マッサリ/アルド・レイ
DVD&Blu-ray:KADOKAWA



プロフィール

川本 三郎(かわもと・さぶろう)

1944年東京生まれ。映画評論家/文芸評論家。東京大学法学部を卒業後、朝日新聞社に入社。「週刊朝日」「朝日ジャーナル」の記者として活躍後、文芸・映画の評論、翻訳、エッセイなどの執筆活動を続けている。91年『大正幻影』でサントリー学芸賞、97年『荷風と東京』で読売文学賞、2003年『林芙美子の昭和』で毎日出版文化賞、2012年『白秋望景』で伊藤整文学賞を受賞。1970年前後の実体験を描いた著書『マイ・バック・ページ』は、2011年に妻夫木聡と松山ケンイチ主演で映画化もされた。近著は『あの映画に、この鉄道』(キネマ旬報社)。

  出版:キネマ旬報社 2,700円(2,500円+税)

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