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池上彰の 映画で世界がわかる!

『クーリエ:最高機密の運び屋』―“キューバ危機”の裏で繰り広げられていたスパイ戦

毎月連載

第40回

1962年10月、世界は終わりかけたことがあります。私が小学校6年生のときでした。「ああ、僕はまだ小学生だというのに死んでしまうのか」と絶望的な気持ちになったものです。“キューバ危機”が勃発したからです。

当時、アメリカとソ連(ソビエト社会主義共和国連邦)は、互いに核兵器の開発競争をしていました。大量の核兵器を製造していたのですが、その核兵器を直接、相手の国の首都に撃ち込むだけの長距離ミサイル(ICBM=大陸間弾道弾)を開発できていませんでした。

そこで両国は、それぞれ相手の国の近くに中距離ミサイル基地を建設することにしました。アメリカは中東のトルコにミサイルを配備。ソ連の首都モスクワを狙うことができるようにしたのです。

これに対してソ連が取ったのは、アメリカの“裏庭”と称されたカリブ海のキューバに核ミサイルを配備することでした。ここからならワシントンやニューヨークまで届くからです。

アメリカの偵察機がキューバにソ連の核ミサイルが運び込まれている写真を撮影。ケネディ大統領がホワイトハウスからテレビ演説をして、ソ連に対し核ミサイルの撤去を求めます。

そのときソ連は、追加の核ミサイルを貨物船へキューバに運搬中でした。アメリカ軍はキューバを海上封鎖。貨物船がキューバに近づくのを阻止しようとします。これがキューバ危機です。

ソ連の貨物船は、ソ連海軍の潜水艦が警備していました。アメリカは、ソ連の潜水艦を浮上させるため、爆雷を海中に投下します。これは後になって判明するのですが、ソ連の潜水艦は、間近で爆雷が爆発したのを「核戦争が始まった」と誤解。核ミサイルをアメリカに向けて発射する寸前だったのです。艦内で、「もう少し様子を見ましょう」と止めた人間がいたことで、核戦争には至らずに済んだのです。

また、ソ連が核ミサイルを撤去しなければ、アメリカはキューバに侵攻し、基地を破壊ないしキューバを占領することまでオプションとして検討していました。

一方、ソ連も、アメリカがキューバに侵攻すれば、西ベルリンに侵攻して占領することを計画していました。当時のベルリンは東西に分断され、西ベルリンはアメリカ側に属していたからです。そうなれば、西ベルリンをめぐって米ソの戦争に発展していたでしょう。まさに世界は核戦争一歩手前だったのです。

祖国を裏切ったGRU高官とイギリスのセールスマンによるスパイ活動

こうしたソ連のキューバへの核ミサイル配備の情報をアメリカにもたらしたのは、ソ連のGRU(軍参謀本部情報総局)のオレグ・ペンコフスキーでした。

アメリカのCIA(中央情報局)は、さらに情報を得るため、イギリスのMI6(秘密情報部)に協力を要請します。というのも、ソ連国内にいたCIAのスパイはソ連によって処刑され、情報が得られなくなっていたからです。

CIAとMI6が目をつけたのは、大使館や情報機関に無関係で、ソ連と西側を行き来することが疑われない人物。それが、東欧諸国に工業製品を売っているイギリス人のセールスマンであるグレヴィル・ウィンでした。

ウィンはセールス名目でソ連に入り、ペンコフスキーと接触。ペンコフスキーがもたらしたキューバの核ミサイルに関する情報をMI6とCIAに引き渡します。

当時、アメリカはキューバ上空を飛行中の偵察機がソ連の核ミサイルを発見したと発表しましたが、その情報は、クーリエ(運び屋)のウィンが伝えたものだったのです。

でも、こうしたスパイ活動は、ソ連がCIA内に確保していたスパイによってソ連に伝えられます。さて、ペンコフスキーとウィンの運命やいかに。

小学生の私が絶望し、やがて「命拾いした」と安心した裏では、こうしたスパイ戦が繰り広げられていたのです。

掲載写真:『クーリエ:最高機密の運び屋』
(C)2020 IRONBARK, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

『クーリエ:最高機密の運び屋』

9月23日(木・祝)、TOHOシネマズ 日比谷ほか全国ロードショー

監督:ドミニク・クック
出演:ベネディクト・カンバーバッチ、メラーブ・ニニッゼ、レイチェル・ブロズナハン、ジェシー・バックリーほか

プロフィール

池上 彰(いけがみ・あきら)

1950年長野県生まれ。ジャーナリスト、名城大学教授。慶應義塾大学経済学部卒業後、NHK入局。記者やキャスターをへて、2005年に退職。以後、フリーランスのジャーナリストとして各種メディアで活躍するほか、東京工業大学などの大学教授を歴任。著書は『伝える力』『世界を変えた10冊の本』など多数。

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