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川本三郎の『映画のメリーゴーラウンド』

ヘプバーン『ローマの休日』の話から…髪を切る女性、丸坊主のパルチザン、…最後は、ショートヘアのジーン・セバーグにつながりました。

隔週連載

第48回

20/4/14(火)

『ローマの休日』のオードリー・ヘプバーンは、トレヴィの泉の前にある床屋に入る。思い切って髪を切ってもらう。
 椅子に座って、「髪を切って」。長い髪の女性がそう言うので床屋は驚く。「このくらい?」と長い髪の先のほうを少しだけかと聞くと、王女のオードリーは「もっと短く、もっと」。
 「本当にいいんですね」と床屋のほうが逡巡するのが可笑しい。1950年代でもまだ女性が髪を切るのは珍しかったのだろう。
 この場面のオードリー・ヘプバーンは本当に自分の髪を切った。短い髪のオードリーの可愛いこと。本人も鏡を見て、思わずにっこり。女性のショート・ヘアはここから始まったといっても大仰ではないだろう。

 オードリー・ヘプバーンは『ローマの休日』のあと、もう一本で髪を短くしている。
 フレッド・ジンネマン監督の『尼僧物語』(1959年)。第二次世界大戦前のベルギーでオードリー演じる敬虔な女性はカトリックの修道院に入る決意をする。若い女性にとって大変な決意である。
 修道院に入り、しばらく見習いの期間があっていよいよ尼僧になる。その儀式として長い髪を切る。この映画でも、オードリー・ヘプバーンは、本当に自分の髪を切ったという。
 この映画は、最後、意外な終わり方をする。オードリーは長く務めた修道院を出ることになる。なぜか。第二次世界大戦が始まり、ドイツ軍がベルギーを占領する。難民救済の仕事をしていた父親がドイツ軍に殺される。教会は中立の立場をとる。教会かレジスタンスか。その板挟みに悩んだ末に、彼女はレジスタンスを選ぶ。映画は、彼女が修道院を出てゆくところで終わる。

 第二次世界大戦も女性の髪と縁がある。
 マルグリット・デュラス原作、アラン・レネ監督『二十四時間の情事』(1959年)の、フランスから広島にロケに来た女優(エマニュエル・リヴァ)には、つらい過去がある。
 第二次世界大戦中、彼女はドイツ占領下の町でドイツ兵と愛し合った。ドイツ兵だから愛したのではなく、愛した男がたまたまドイツ兵だったのだろう。
 それでも、フランス人には、敵兵と恋愛することなど許し難いことだった。そのため、フランスが解放された時、彼女は町の人々に捕えられ、リンチ同然に髪を切られ、丸坊主にされ、町を引き回された。女性にとって屈辱である。
 ドイツに占領された国では、解放後、ドイツ兵と通じた自国の女性への処罰として、髪を切って丸坊主にしたことが多くあったようだ。
 マーティン・リット監督に『五人の札つき娘』(1960年)という異色作がある。凄い日本題名だが、原題も“Five Branded Women”。
 いまではほとんど語られない映画で、ビデオになっていないし、テレビで放映されることもまずないが、年輩の映画ファンなら御記憶だろう。
 第二次世界大戦下のユーゴスラヴィアが舞台。小さな村の五人の女性たちがドイツ兵を愛してしまう。そのため怒った村人たちが、彼女たちの髪を切り、丸坊主にしてしまう。
 五人の“札つき娘”は、その後、パルチザンに加わり、ドイツ兵と戦うことになる。
 レジスタンス映画なのだが、丸坊主の女性たちが戦うというので、珍品扱いされてしまった。
 五人を演じる女優が凄い。シルヴァーナ・マンガーノ、ジャンヌ・モロー、ヴェラ・マイルズ、バーバラ・ベル・ゲデス、カルラ・グラヴィーナ。
 当初は、マンガーノではなくジーナ・ロロブリジータが予定されていて、彼女の丸坊主の写真が日本の映画雑誌に載って話題になったこともあったが、結局、彼女は降り、製作者であるイタリアの大プロデューサー、ディノ・デ・ラウレンティスの夫人、シルヴァーナ・マンガーノに変わった。

 映画史上、髪を短くした女優で有名なのは、戦前のアメリカの女優ルイーズ・ブルックスだろう。1929年にドイツに行き、G・W・バプスト監督の『パンドラの箱』で断髪の魅力を見せつけた。
 戦後の女優でいえば、ジーン・セバーグが随一。オットー・プレミンジャー監督の『聖女ジャンヌ・ダーク』(1957年、未公開)で坊主に近いほど、極端なショートにした。これが似合ったためだろう、フランソワ・サガン原作、プレミンジャー監督の『悲しみよこんにちは』(1958年)の小悪魔的なセシルを演じた時にも、この髪型にした。セシル・カットとして大評判になったことは御存知の通り。
 これ以後、ミア・ファロー、マルレーヌ・ジョベール、そしてツイッギーらショートヘアのスターが続いてゆく。
 日本でショートの似合った女優は、個人的な思いでは、1960年代、倒産してしまう新東宝で少女役が可愛かった星輝美が心に残る。『悲しみよこんにちは』公開時のイベント、ミス・セシール・カット・コンクールに優勝して新東宝入りした。若くして引退してしまったのが惜しまれるが、近年の新東宝リバイバル・ブームで再び注目を浴びているのはうれしい。

 

イラストレーション:高松啓二

紹介された映画


『ローマの休日』
1953年 アメリカ
監督:ウィリアム・ワイラー 原作:ダルトン・トランボ
脚本:ダルトン・トランボ/ジョン・ダントン
出演:オードリー・ヘプバーン/グレゴリー・ペック/エディ・アルバート
DVD&Blu-ray:パラマウント



『尼僧物語』
1959年 アメリカ
監督:フレッド・ジンネマン 原作:キャスリン・ヒューム
脚本:ロバート・アンダーソン
出演:オードリー・ヘプバーン/ピーター・フィンチ/ディーン・ジャガー
DVD:ワーナー・ブラザース・ホームエンターテイメント



『二十四時間の情事』
1959年 フランス=日本
監督:アラン・レネ 原作・脚本:マルグリット・デュラス
出演:エマニュエル・リヴァ/岡田英次
DVD&Blu-ray:アイ・ヴィ・シー



『五人の札つき娘』(原題:Five Branded Women)
1960年 アメリカ
監督:マーティン・リット 原作:ウーゴ・ピッロ
脚本:イーヴォ・ペリッリ
出演:シルヴァーナ・マンガーノ/ジャンヌ・モロー/ヴェラ・マイルズ/バーバラ・ベル・ゲデス/カルラ・グラヴィーナ/ヴァン・ヘフリン



『パンドラの箱』
1929年 ドイツ
監督:G・W・バプスト 原作:フランク・ヴェーデキント
脚本:ラディスラウス・ヴァイダ
出演:ルイーズ・ブルックス/フリッツ・コルトナー/フランツ・レデラー/グスタフ・ディーズル
DVD:紀伊國屋書店



『聖女ジャンヌ・ダーク』
1957年 アメリカ=イギリス
監督:オットー・プレミンジャー 原作:ジョージ・バーナード・ショー
脚本:グレアム・グリーン
出演:ジーン・セバーグ/リチャード・ウィドマーク/リチャード・トッド/アントン・ウォルブルック/ジョン・ギールグッド



『悲しみよこんにちは』
1958年 アメリカ=イギリス
監督:オットー・プレミンジャー 原作:フランソワ・サガン
脚本:アーサー・ローレンツ
出演:ジーン・セバーグ/デヴィッド・ニーヴン/デボラ・カー/ミレーヌ・ドモンジョ
DVD:ソニー・ピクチャーズエンタテインメント



プロフィール

川本 三郎(かわもと・さぶろう)

1944年東京生まれ。映画評論家/文芸評論家。東京大学法学部を卒業後、朝日新聞社に入社。「週刊朝日」「朝日ジャーナル」の記者として活躍後、文芸・映画の評論、翻訳、エッセイなどの執筆活動を続けている。91年『大正幻影』でサントリー学芸賞、97年『荷風と東京』で読売文学賞、2003年『林芙美子の昭和』で毎日出版文化賞、2012年『白秋望景』で伊藤整文学賞を受賞。1970年前後の実体験を描いた著書『マイ・バック・ページ』は、2011年に妻夫木聡と松山ケンイチ主演で映画化もされた。近著は『あの映画に、この鉄道』(キネマ旬報社、10月2日刊)。

  出版:キネマ旬報社 2,700円(2,500円+税)

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