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Chara、ダンスミュージックで際立つ“声”の存在感 新作『Baby Bump』をDJ目線でレビュー

リアルサウンド

19/1/11(金) 16:00

 Charaの新作『Baby Bump』の発売日にファッション誌elleとChara共催の『Baby Bump』のリリースパーティー『ELLE × Chara “Holy Bumpy”』が渋谷のContact Tokyoであった。その時に、僕はCharaの作品に度々参加しているmabanuaとKan Sanoと共にメインフロアでDJをすることになった(僕がCharaの音楽をよくわかっているから、という枠ではなくて、Charaの周りのミュージシャンのことをよく知っているから、という枠で呼ばれたんだと思う)。

 その時の選曲にはあらかじめリクエストがあって『Baby Bump』の雰囲気に合うものにしてほしいということ、また『Baby Bump』からの曲を何曲か混ぜてほしいことだったので、僕もmabanuaもKan Sanoもそれに沿って選曲をしていた。ちなみに僕はそのリクエストに合わせて、スティーブ・レイシーやジ・インターネットやゴールドリンクやMndsgn絡みの音源など、80~90年代のテイストがあって、同時に生演奏っぽい質感を取り入れている現行のUSのR&Bを中心に選曲をしていった。ここではその時にContactで聴いたり、自分でDJをしていて感じた印象を交えながら、『Baby Bump』のことを考えてみようと思う。

 まずはサウンドチェック時に驚いたことから書き始めたい。フロアでふらふらしながら会場の音の感じを聴いていたところにmabanuaがかけた『Baby Bump』の低音の鳴りに僕はびっくりした。バスドラやベースの低音がものすごく強く鳴っていて、音ではなくて、耳では感じ取れないレベルの異常に低い音域まで入っているような感覚があった。つまり、クラブでのプレイにも対応されているくらいのサウンドがそこには入っていたということに現場で気付いたのだった。実はその時点では資料をもらっていなくて、クレジットも見ていなくて気付かなかったのだが、mabanuaやLUCKY TAPESのKai Takahashi 、Tendreなどとともに、Seihoがトラックを手掛けていた。そのラインナップを見て、その時の低音にも納得したのだった。つまり『Baby Bump』はそういったディテールまで作り込まれた作品である、ということだ。個人的な関心としては、アナログもリリースされるらしいので、そっちの鳴りもクラブで聴いてみたいと思った。

 そして、実際にDJをやって自分でこのアルバムからの曲をかけてみて感じたのは選曲のやりやすさ。そりゃ合いそうな曲を用意してきたんだから当然だろうと言われそうだが、このアルバムに収録されている曲に関しては、前述のようなUSのR&Bを中心とした曲たちとも違和感がなく、同じムードの中で同じ地平のものとしてかけることができた。J-POP枠でここまでスムースに馴染んでくれるものも珍しい。

 理由はいくつかある。例えば、「Pink Cadillac」がPファンク系譜のシンセファンクだったり、「Chocolate Wrapping Paper」はぶっといシンセベースが印象的なブギーだったり、「Baby Bump」がディープなハウス風だったり、「Twilight」がアーバンなディスコだったり、「Everybody Look」はオールドスクールなディスコラップとも繋がりそうなファンクだったり、70〜90年代くらいのブラックミュージックをリバイバルしている近年のトレンドとも接続していて、たとえば、ジャズ周りだとサンダーキャットやテラス・マーティン、ブランドン・コールマン、ファンク方面ならMndsgnとかDamFunkとか、もっとポップなところだったらマーク・ロンソンやYaejiだったり、アンバー・マークだったり、そういったところと音色やテクスチャーを共有している部分もある。前述の低音同様、音響面でも遜色がなく、同じ質感のものとして鳴ってくれた。

 そして、最も大きな理由は楽曲の構成だろう。初っ端の「Pink Cadillac」がいきなり象徴的だが、基本的にビートはほぼループでできていて、コードも同じもののループのようなシンプルなもので、いわゆるJ-POP的なサビに向かって盛り上がるような構成はなく、そもそもいわゆるサビと言えるような部分があるような無いような曲だったりもする。それはまさに僕がDJの際にもっていった楽曲たちとも共通する構成だったので、それまでにかけていたR&Bとも同じようなフィーリングのままきわめて自然に繋がってくれた。そういう意味では、この『Baby Bump』の曲たちは海外の曲との相性がいいとも言えるかもしれない。

 そういえば、このアルバムの中でかなりポップでキャッチ―な「愛のヘブン」「Cat」あたりもでさえも曲の構成はかなり平坦で、ミニマルなビートのループの上でCharaが歌うダンスミュージック仕様だ。とはいえ、このアルバムの中では最もJ-POP的な歌ものの構成に近い歌が聴けるものにはなっている。ただ、Charaのボーカリストとしての個性的なスタイルゆえに、そういった曲でさえもただの歌ものにはならないのがこのアルバムの面白いところだ。

 時にポエットのように、時にスポークンワードのように、その語り口やリズムを使い分けて多彩な表現を聴かせたかと思えば、同時にその印象的な声をザラッとさせたり、スムースにしたり、つぶしたり、空気感を増やしたりして、その声の質感を自在に変えて、サウンド化させていて、ウワモノとして、時にボイスサンプル的にも機能させる。しかも、その質感にリヴァーヴをかけたり、ドライにしたりウエットにしたりして、その威力を増幅させたり、その声を重ねてコーラスにしたり、異なる質感の声を(定位も意識しつつ)並べたりもする。そうやって、オートチューンやハーモナイザーを使うのではなく、(一部トークボックスは使っているが)その魅力や特性を知り尽くした自身の声を効果的に変化させたり、組み合わせることで、歌だけでも、ウワモノだけでも、サウンドだけでもなく、ある種のアトモスフィアとしても鳴らしていることがこのアルバムを特別なものにしている。それが、日本語の詞でありながら、USのR&Bと並べても自然に溶け込んでくれた理由のひとつでもあるだろう。

 声をどう扱うかというのは2010年代のポップミュージックが持ち続けているひとつのテーマだと思うが、Charaは独自のやり方でひとつ答えを出していると思った。このアルバムにおけるSeihoをはじめとする参加ミュージシャンやプロデューサーたちの貢献度は言うまでもないが、最終的にはCharaというボーカリストの声の絶対的な存在に気付かされるアルバムでもあるのだろう。

 ちなみにそのDJの際、僕は日本のアーティストの曲を3曲だけ持っていっていた。それはmabanua「Tangled Up」と、中村佳穂「GUM」と、TAMTAM「Nyhavn」だった。DJをするなら『Baby Bump』からどう繋ぐかを考えてみたりするのも、このアルバムの面白い楽しみ方のひとつかもしれない。

■柳樂光隆
79年、島根・出雲生まれ。ジャズとその周りにある音楽について書いている音楽評論家。「Jazz The New Chapter」監修者。CDジャーナル、JAZZJapan、intoxicate、ミュージック・マガジンなどに寄稿。カマシ・ワシントン『The Epic』、マイルス・デイビス&ロバート・グラスパー『Everything’s Beautiful』、エスペランサ・スポルディング『Emily’s D+Evolution』、テラス・マーティン『Velvet Portraits』ほか、ライナーノーツも多数執筆。

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