みうらじゅんの映画チラシ放談
『アングスト/不安』 『イップ・マン 完結』
月2回連載
第41回
── こちらの連載も新型コロナで中断していましたが、約3カ月ぶりの再開です。今回はこの連載では初めてですが、リモートでお話をうかがいます。中断の間に気になったチラシはありましたか?
みうら 『アングスト/不安』はね、僕のステイホーム後、観たくてたまらなくて映画館に観に行った2作目。ちなみに1作目は『ソニック・ザ・ムービー』なんですけど(笑)。10日くらい前かな、新型コロナの感染者数が再び増え出した頃だったんだけど、映画の副題“不安”な気持ちのままシネマート新宿まで行きました。
これは1983年の映画ですよね。初公開時、物議を醸して上映中止になったっていうのが、今回のウリ。チラシにも“世界各国上映禁止!”って謳ってますしね。
日本劇場初公開とも謳われてますけど、パンフレットを買って読んでみたら、当時江戸木純さんが買いつけてたっていうじゃないですか(笑)。でも、劇場公開はされずにビデオだけのリリース。そのときの邦題が『鮮血と絶叫のメロディ/引き裂かれた夜』。当時、徳間コニュニケーションズから14800円で売られてるんです。バブル期に大量買いしたものをなんとかしないとってビデオでだけ出したみたいなんですけど、当時は僕も観てませんでした。
それを今公開してるわけですけど、さすが、映画秘宝。特集が組んであったんです(笑)。ついそれを読んで、すごく観たくなった。こんなに不安な日々を送ってる今、『アングスト/不安』という映画を観るというのは、ある種、度胸試しみたいな映画ではあると思ったんですよね。
── チラシに“目も当てられないロードショー”って書いてあるのもムチャクチャですね(笑)。
みうら この不安に便乗したこれもある種、不安商法ですよ(笑)。その日、たまたま家の衣装棚から一番上に乗っていたTシャツを着て行ったんですけど、それがなんと、今は無き東京タワーの蝋人形館の売店で買ったジャーマン・プログレのタンジェリン・ドリーム(注:ドイツの電子音楽グループ)のファーストアルバムの柄だったんです。
で、映画を観たら、全編不安を煽るようなプログレが鳴ってるんですけど、音楽担当がタンジェリン・ドリームのクラウス・シュルツェってお方なんです。僕はまさしく彼がいたバンドのTシャツを着て、コロナ禍のわりにお客さんは多かった映画館でものすごくやる気のある客のように観たわけで、「どれだけ“不安”好きなんだ!」ってカンジ(笑)。
── たしかに意気込みが感じられますね(笑)。
みうら 今、この取材をリモートでやってますけど、さっき編集のAさんが吠え続けてるご自宅の犬を「どうにかしてきます」って言って中座したじゃないですか。この映画でも犯人が忍び込む家に犬がいるんですよ! その家の人たちは惨殺されるんですけど、ああ、いずれこの犬も殺られるなってドキドキしながら観てたんですけど。だから僕、さっきAさんが「どうにかしてきます」って言ったとき、僕の心はアングストでした(笑)。
編集A おやつをあげてきただけですけど(笑)。
みうら 本当ですか?(笑)すっかり鳴き止んでますね。
それもこれも、こんな不安な時期に『アングスト/不安』なんて映画を観たからですけどね。僕、大学生のときに、新宿の小さな劇場で『フリークス』って映画がかかるっていう噂を聞いて、これは観なくちゃなんないと思って、観に行ったんですけどね。そのときに併映していたのがジョン・ウォーターズの『ピンクフラミンゴ』だったんです。
で、初めて体験する2本の映画にクラクラして帰ったんですが、後にこういう仕事をするようになってから、「当然、あのとき、観に行きましたよ!」って言う人がいたんです。それが町山(智浩)くんなんだけど(笑)。
その後も何人かの同業者から「あのとき、観に行ってました」と言われ、なんだか戦友に会ったような気になってね。
── 1976年にセックス・ピストルズがマンチェスターでやった伝説のライブみたいですね。
みうら あいつもこいつもやっぱりいた、みたいな(笑)。やっぱそういうときって逃したらいけないというか、『アングスト』もいつか「あのとき、コロナだったよね? 行ってた? やっぱり!」みたいな話になる気がするんです。いつかって分かんないけど、いつかね(笑)。
もし今どうしようかなって迷ってる人がいたら、いつか戦友に会える日のために行った方がいいんじゃないですかね。作品の感想よりも、この状況であの現場にいたっていうことが重要なんじゃないかな。
── 続いては『イップ・マン 完結』です。
みうら 当然、シリーズですんでそりゃ観ないとね。これも当然、上映館は新宿武蔵野館ですよね。
── はい、当然、新宿武蔵野館です(笑)。
みうら チラシにも“木人”が写っていますけど、木人がないような映画館では上映できないってことですから。武蔵野館の木人は有名ですからね(笑)。
武蔵野館は、ドニー・イェンものなんかをやる時期と、文芸作をやる時期とに分かれているじゃないですか。バランスがいいんですよね。
『いちご白書』のリバイバルも武蔵野館で観たんですけど、この手の映画の予告編がバンバンかかった後に観る『いちご白書』はなかなか新鮮なものがありました(笑)。
── 確かに武蔵野館には路線がふたつある印象ですね。
みうら 文芸作とこういう系。“こういう系”っていうのもどういう系なのか一般の方には分かりにくいかもしれないですけど、ま、僕らがグッっとくる映画系のことですから。『野獣処刑人 ザ・ブロンソン』とかね。あとドンソク系とか?
── マ・ドンソクですか? 今上映している『悪人伝』という主演作はシネマカリテですね。
みうら カリテ系でしたか(笑)。『イップ・マン』なんかは特にそうですけど、やっぱり武蔵野館で観たいっていう気持ちがありますね。
観終わった後にね、武蔵野館のエレベーターを降りて、どっちの出口から出るか考えるんです。かに道楽側の出口を選んで新宿の雑踏の中に消えていく演出をしたいときは、もうイップ・マンになりきってる証拠でね(笑)。武蔵野館ならではの感慨なんですよ。
そういうときはエレベーターを使わずに階段で降りたりもしますからね。きっと今回も、かに道楽側の出口から出ることになると思うんですよ(笑)。
そういえば先日、武蔵野館に観に行った人から写真を送ってもらったんですけど、ドニー・イェンさんの顔写真入りのクッションが、ソーシャルディスタンスのために使わない座席に置いてあるんですよ。単にテープでバッテンを貼るんじゃなくて、粋な計らいですよね。
── さすがに座ろうとしてもドニーさんの顔は踏めませんもんね。
みうら 前作で「奥さんは怖い」とおっしゃっていたイップ・マンですけど、やはりそこはね。そりゃあ踏めませんよ!
今回は成人したブルース・リーが出てくるとか?
── はい、『少林サッカー』でブルース・リーっぽいゴールキーパーを演じて以来、すっかりブルース・リー役者になったチャン・クオックワンが今回もブルース・リー役です。
みうら かつて『イップ・マン』にも、ブルース・リーらしき少年が出てきましたよね。その少年が大きくなって。今回は舞台がアメリカらしいですが、タランティーノが『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』でやったあの酷いブルース・リーの扱いではないと思うんで、そこも期待してますよ。あの扱いはちょっとなかったですよね。
── ブルース・リーの弟子たちも結構怒ってましたよね。
みうら 僕もね、ブルース・リーの影響で通信空手をやってた人間なんで、「どういうこと? タラ坊」って思いましたね(笑)。やっぱり『イップ・マン』に出てくるブルース・リーにはあの汚名を晴らしてほしいです。で、何度も言いますが、映画は映画館で観るもの。なりきってかに道楽側の出口からですよ(笑)。
※次回は8月6日(木)に更新予定です!
取材・文:村山章
(C)1983 Gerald Kargl Ges.m.b.H. Filmproduktion
(C)Mandarin Motion Pictures Limited, All rights reserved.
プロフィール
みうらじゅん
1958年生まれ。1980年に漫画家としてデビュー。イラストレーター、小説家、エッセイスト、ミュージシャン、仏像愛好家など様々な顔を持ち、“マイブーム”“ゆるキャラ”の名づけ親としても知られる。『みうらじゅんのゆるゆる映画劇場』『「ない仕事」の作り方』(ともに文春文庫)など著作も多数。