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中川右介のきのうのエンタメ、あしたの古典

映画で描かれる総理大臣~自民党総裁選挙に寄せて

毎月連載

第27回

20/9/12(土)

『小説吉田学校<東宝DVD名作セレクション>』/DVD発売中 2,500円+税/発売・販売元:東宝 (C)1983 TOHO CO., LTD.

自民党の総裁選挙の最中に、これを書いている。

安倍首相の辞意表明が28日金曜日で、30日の日曜夜には、菅義偉官房長官にほぼ決まった。もちろん、政界は一寸先は闇なので、どうなるかはわからないが、それでも、ドラマとしては、何の盛り上がりもないまま、終わりそうだ。

たまたまではあるが、ドラマ『半沢直樹』は、30日放送の回は政界がからむ展開となっており、江口のりこ演じる大臣と、柄本明演じる大物政治家が「悪役」として出て、話題となっていた。

『半沢直樹』は毎回毎回、半沢が窮地に陥るが、最後には逆転勝利する。『水戸黄門』なら、そこで終わるが、最後の数分で、さらなる敵の存在が明らかになり、次回に続く、という作り方だ。

視聴者は、その回ごとに、最後は半沢が勝つと予感しながら見ているし、最終回でも、多分、勝つだろうと思っている。

それでも見てしまうのは、味方と思っていた人が裏切ったり、誰が敵か分からなかったりというストーリー、過剰な演技、テンポの早い演出などが一体となって、怒涛のごとき50分だからだ。

それに比べると、永田町のドラマは、できの悪いシリナオ、魅力のない役者、めりはりのない演出と、芝居としては最悪だ。最初の安倍辞任会見がいちばん盛り上がり、あとはダラダラと弛緩したストーリー展開になっている。

「田舎芝居」と言ったら、田舎の人にも失礼なくらい、つまらない。

誰が勝つか分からないのが、いちばん面白いが、誰が勝つか分かっていても、それなりに演出すれば、面白いのだが、自民党にはそうする気もないようだ。

フィクションの日本映画で、総理大臣の多くは天災かテロと対峙する立場で登場する

今回の総裁選は、映画には、とてもなりそうもない。だいたい、日本映画は、政治を題材にすることが、フィクションでは少ない。

アメリカ映画では、オリヴァー・ストーンの『ニクソン』(1995)や、スピルバーグの『リンカーン』(2012)など、実在の大統領を事実に基づいて描く映画が、いくつもある。

この数年でも、ジョンソン大統領を描いた『LBJ ケネディの意志を継いだ男』(2016)、ブッシュ(子)政権の副大統領チェイニーを描いた『バイス』(18)、あるいはケネディ夫人を描いた『ジャッキー/ファーストレディ 最後の使命』(16)もあった。

しかし、日本ではそういう映画は少ない。

日本映画で、総理大臣が出てくる映画の大半は、東宝特撮映画だ。つまり完全なフィクションだ。

ゴジラ映画には総理大臣が登場するものが多いが、印象に残っているのは、1984年版の『ゴジラ』の小林桂樹と、『シン・ゴジラ』(2016)の大杉漣くらいだろうか。ただ、この二人も、役名までは、すぐには思い出せない。

役名がすぐに出てくるフィクションの中の総理といえば、1973年版『日本沈没』(森谷司郎監督)の、丹波哲郎演じる山本総理だろう。存在感があった。

1978年のポリティカル・フィクションで鉄道パニック映画でもある『皇帝のいない八月』(山本薩夫監督)の、滝沢修演じる総理も、その「不気味な悪」が印象に残る。

ようするに映画のなかの総理は、ゴジラを含めた天災か、テロと対峙する立場として登場するのが多い。

政界そのものを描いた映画となると、石川達三原作の『金環蝕』(1975年、山本薩夫監督)、松本清張原作の『迷走地図』(1983年、野村芳太郎監督)があった。

吉田茂のドラマチックな反省を映画化した『小説吉田学校』

ノンフィクションになると、戦争映画が大半となる。

『大日本帝国』(1982年、舛田利雄監督)では、丹波哲郎が東條英機を演じた。

東條を主人公にした映画では、『プライド 運命の瞬間』(1998年、伊藤俊也監督)があり、津川雅彦が演じている。

戦後の政治家で映画の主人公になったのは、吉田茂である。

戸川猪佐武原作『小説吉田学校』(1983年、森谷司郎監督)では、森繁久彌が吉田茂を演じ、その後半生を描いた。

10年ほど前、田中角栄の伝記映画が作られたが、遺族の反対で公開できなかったという話を聞いた。まだ亡くなって間もないと、そういう問題が起こるのだろう。

主人公ではなかったが、実在の総理大臣が重要な脇役として登場した映画が、『Fukushima 50』(2020年、若松節朗監督)だ。

この映画では、佐野史郎演じる総理は、誰の目にも「菅直人」なのだが、映画のなかでは「総理大臣」と肩書だけで、名前のない人物になっている。映画そのものも、総理大臣が主人公ではない。

3.11の原発事故を描いた『太陽の蓋』(2015年、佐藤太監督)では、菅直人が実名で登場して、三田村邦彦が演じている。

この二作とも、3.11の原発事故の数日間しか描かれていないので、菅直人の伝記映画とは言えない。

(C)2020『Fukushima 50』製作委員会

政治家映画がないのは、映画にしたところで、観客動員が見込めるかという問題がある。

たしかに、知名度が高く、人気のある政治家で、その生涯がドラマチックなのは、戦後では、吉田茂と田中角栄くらいしかいない。

岸信介・佐藤栄作兄弟も、それなりに波乱のドラマはあるが、どちらも不人気な総理だったし、偉大な人物として描かないと、遺族が反対する可能性もある。なんといっても、遺族のひとりが安倍晋三なのだ。

映画『小説吉田学校』は、吉田茂が主人公だが、全8巻の小説『小説吉田学校』は、吉田の弟子である池田勇人、佐藤栄作、そして、佐藤の下にいた田中角栄を経て、三木、福田、大平、鈴木の歴代総理までが描かれた。

三角大福中(三木、角栄、大平、福田、中曽根)の5人が政界の中心にいた70年代半ばから80年代半ばは、私にとっては中学、高校、大学時代で、リアルタイムで見ていたので、記憶に残っている。

彼らは、一応は、それぞれのキャラクターが立っていた。ひとりで一作は難しくても、5人合わせて、あの時代の政治抗争史の群像劇にすれば、映画にできると思う。

『小説吉田学校』を書いた戸川猪佐武が亡くなってからは、大下英治が同じ手法で同時代の永田町を描いているが、どれくらい読まれているのだろう。

いますぐ映画化できる政治家は小池百合子しかいない

この1990年代から2010年までの政界の主役は、総理にはならなかった小沢一郎だ。小沢を軸にすれば、ドラマはあると思う。二度の政権交代と、その破綻のドラマだ。

ただ、小沢はまだ存命だし、必ずしも「いいこと」ばかりではないので肉薄できるかどうか。本人公認映画では、面白くない。

8年弱にわたる安倍政権を、将来、映画にするとしたら、どう描けばいいのだろう。

この政治家は、キャラクターがつかみにくい。全面的に肯定して礼賛するか、全面的に否定して批判、罵倒するかのどちらかの立場からしか描けないような気がする。

人間は本来、複雑で、矛盾しているものだ。ステレオタイプのひとは、まさにフィクションの中にしかいない。

しかし安倍晋三は、支持する人からみれば、ステレオタイプの理想の政治家で、支持しない人からみればステレオタイプの無能な政治家という、二つのまったく別のキャラクターを持つという、珍しい人物だ。

つまり、いま作るとしたら、礼賛映画にするか、罵倒映画にするかしかない。

引き裂かれた二つのキャラクターを俯瞰して統合するには、時間がかかりそうだ。

そんななかで、いますぐ映画にできる、キャラの立つ政治家は小池百合子しかいない。

小池を描いた石井妙子著『女帝』が、目下、ベストセラーになるのも、当然だ。『女帝』には映画化に耐えられるストーリーが詰まっている。映画化に挑む勇気のある映画監督や制作会社の登場を待ちたい。

石井妙子著『女帝 小池百合子』(文藝春秋刊)

データ

日曜劇場『半沢直樹』(2020年版)

原作:池井戸潤
演出:福澤克雄/田中健太/松木彩
出演:堺雅人/上戸彩/及川光博/片岡愛之助/北大路欣也(特別出演)/香川照之
TBSテレビ

『ゴジラ』(1984年・日本)

1984年12月15日公開
配給:東宝
監督:橋本幸治
出演:小林桂樹/夏木陽介/田中健/沢口靖子/宅麻伸/小沢栄太郎/内藤武敏

『シン・ゴジラ』(2016年・日本)

2016年7月29日公開
配給:東宝
監督:庵野秀明
出演:長谷川博己/竹野内豊/石原さとみ/大杉漣

『日本沈没』(1973年・日本)

1973年12月29日公開
配給:東宝
監督:森谷司郎監督
出演:藤岡弘/いしだあゆみ/小林桂樹/滝田裕介/二谷英明/丹波哲郎/島田正吾/夏八木勲

『皇帝のいない八月』(1978年・日本)

1978年9月23日公開
配給:松竹
監督:山本薩夫
出演:渡瀬恒彦/山本圭/吉永小百合/滝沢修/佐分利信/小沢栄太郎

『金環蝕』(1975年・日本)

1975年9月6日公開
配給:東宝/大映
監督:山本薩夫
出演:仲代達矢/宇野重吉/三國連太郎/久米明/神田隆/中村俊介/西村晃/高橋悦史/中村玉緒

『迷走地図』(1983年・日本)

1983年10月22日公開
配給:松竹/霧プロ
監督:野村芳太郎
出演:勝新太郎/岩下志麻/渡瀬恒彦/芦田伸介/松坂慶子/津川雅彦

『大日本帝国』(1982年・日本)

1982年8月7日公開
配給:東映
監督:舛田利雄
出演:丹波哲郎/あおい輝彦/三浦友和/西郷輝彦/関根恵子/夏目雅子

『プライド 運命の瞬間』(1998年・日本)

1998年5月23日公開
配給:東映
監督・脚本:伊藤俊也
出演:津川雅彦/スコット・ウィルソン/ロニー・コックス/大鶴義丹/戸田菜穂/奥田瑛二/いしだあゆみ

『小説吉田学校』(1983年・日本)

1983年4月9日公開
監督:森谷司郎
出演:森繁久彌/芦田伸介/高橋悦史/角野卓造/若山富三郎/梅宮辰夫/橋爪功/小池朝雄

『Fukushima 50』(2020年・日本)

2020年3月6日公開
配給:松竹/KADOKAWA
監督:若松節朗監督
出演:佐藤浩市/渡辺謙/吉岡秀隆/緒形直人/火野正平/平田満/萩原聖人/吉岡里帆/斎藤工/富田靖子/佐野史郎/安田成美

『太陽の蓋』(2015年・日本)

2016年7月16日公開
配給:太秦
監督:佐藤太
出演:北村有起哉/三田村邦彦/袴田吉彦/中村ゆり/郭智博/大西信満

『女帝 小池百合子』

発売日:2020年5月29日
著者:石井妙子著
文藝春秋刊

プロフィール

中川右介(なかがわ・ゆうすけ)

1960年東京生まれ。早稲田大学第二文学部卒業後、出版社アルファベータを創立。クラシック、映画、文学者の評伝を出版。現在は文筆業。映画、歌舞伎、ポップスに関する著書多数。近著に『手塚治虫とトキワ荘』(集英社)など。

『手塚治虫とトキワ荘』
発売日:2019年5月24日
著者:中川右介
集英社刊

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