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宮本浩次「木綿のハンカチーフ」に見る、昭和歌謡の新解釈 カバーアルバム『ROMANCE』に向けて紐解く“懐の深い歌唱表現”

リアルサウンド

20/10/8(木) 12:00

 エレファントカシマシのボーカリストとして、そして近年はソロアーティストとして、ますます存在感を放っている宮本浩次。その象徴したアクションのひとつが9月16日にリリースされたシングル『P.S. I love you』のカップリングに収録された太田裕美「木綿のハンカチーフ」のカバー曲だ。音楽番組での歌唱やラジオや店頭スピーカーなどからじわじわと広がり、もともと宮本やエレカシを知らなかった人からも注目を集めている。SNS上でもファンが「聴いた!」と喜びの声を上げているばかりでなく、「あのカバー、気づかなかったけどエレカシの人だったんだ」というような感想が目につくし、USENのJ-POPヒットチャートでも上位に位置し続けていることからも、この楽曲が草の根的に人々の耳に届いていることがわかるだろう。

宮本浩次 - P.S. I love you

 この曲が注目を浴びた理由はいくつかある。まずは何よりも楽曲自体の知名度。宮本と同じ昭和40年前後生まれの世代にとってはそれこそ子ども時代から慣れ親しんだ歌だろうし、もっと若い世代にとっても、数々のカバーやCMでの起用によって耳に残っている。シンプルでわかりやすいメロディと歌詞の切ないストーリー。作詞・松本隆、作曲・筒美京平というゴールデンコンビによる楽曲の普遍性と強度は、発表から35年を経た今も変わっていない。それに加えて、ここ数年、若い世代を中心に起きている昭和歌謡ブームもある。

 70年代や80年代のシティポップのリバイバルに端を発して、「バブリーダンス」でバズった荻野目洋子「ダンシング・ヒーロー」を筆頭に、山口百恵、松田聖子、沢田研二、中森明菜といった昭和の歌手の人気が再燃。一方欧米でも日本の歌謡曲が「発見」され、竹内まりや、山下達郎、大貫妙子、杏里、角松敏生といったシンガーソングライターの楽曲から影響を受けた「フューチャーパンク」や「ヴェイパーウェイヴ」と呼ばれるジャンルが生まれていたり、お隣の韓国でもレトロカルチャーを愛でる「ニュートロ」(new+retroの造語)ブームを追い風に、昭和歌謡をフロア仕様にリミックスしてプレイするDJ・Night Tempが人気を博したりしている。懐かしくて新鮮な昭和時代の音楽に、グローバルな熱視線が注がれているのだ。

 そんな状況も宮本版「木綿のハンカチーフ」の追い風となっているわけだが、もちろんそれだけではない。やはり重要なのは、それを歌っているのが宮本浩次その人であるということだ。アルバム『宮本、独歩。』に収録されていた「冬の花」と同様に、プロデューサー小林武史とタッグを組んだ「木綿のハンカチーフ」の特徴は、小林のセンスによるモダンで洗練されたアレンジと、熱量がありながらいい意味で「さらっと」しているボーカリゼーションにある。バンドでもソロでも、楽曲ごとに歌唱法を使い分ける、実は懐の深いシンガーである宮本だが、この曲では決して力むことなく、感情を必要以上に込めることもせず、まるで草原をゆくそよ風のような軽やかさで情景を歌い上げている。その歌唱がピアノとストリングスを中心に据えたシンプルなアレンジと相まって、このカバーをとりわけ新鮮で大胆なものに仕立てている。原曲のメロディと歌詞という根幹の部分の強さに、宮本も小林も全幅の信頼を置いているからこそ、こうした方針を取れたのではないかと思う。

宮本浩次「木綿のハンカチーフ(ROMANCE mix)」

 そしてここが肝心だが、このアレンジと歌によって、歌詞の主人公の女性が感じている寂しさや切なさが増幅されているのだ。そういう意味では、いわゆる「レトロ」なムードやノスタルジーに寄り掛かるのではなく、あくまで「今」の視点で昭和歌謡を捉え直しているのだということもできる。いわば昭和歌謡曲のお手本とも言うべき楽曲をブラッシュアップし、令和版にした手腕はさすが宮本浩次だし、さすが小林武史だ。エレカシでカバーした荒井由実「翳りゆく部屋」もそうだったが、宮本はカバー曲を歌うとき、表現をぐっと自分の側に引き寄せるだけでなく、それによってオリジナルの楽曲の本質をも射抜いてしまうのである。

 その宮本と小林が出演した『The Covers』(NHK BSプレミアム)。「宮本浩次ナイト」の第一夜としてオンエアされた10月4日の放送では、「『昭和の歌姫、名曲を唄う』~太田裕美・岩崎宏美・梓みちよ~」と題して、「木綿のハンカチーフ」に加え、岩崎宏美「ロマンス」と梓みちよ「二人でお酒を」のパフォーマンスが披露された。なかでも圧巻だったのは「ロマンス」だ。ピアノ・小林武史、ギター・名越由貴夫、ベース・キタダマキ、ドラム・玉田豊夢という編成で繰り出されたこの曲。力強いタッチのリフとビートを背に、黒いスーツに身を包んで無精髭をたたえた宮本が歌い叫ぶ光景は、なんというか、衝撃だった。放送を見たけど原曲を知らない人は、ぜひ岩崎宏美のオリジナルも聴いてほしい。その衝撃具合がわかると思う。

 しかしこれもまた、原曲の裏側に隠された激情をさらけ出しているという意味で、実は「木綿のハンカチーフ」同様のアプローチなのだ。「ロマンス」は作詞・阿久悠、作曲・筒美京平という、これまたゴールデンコンビによる作品だが、このどストレートなロックアレンジが楽曲の別の一面に光を当てているといえる。「ロマンス」のパフォーマンスへの反響はすさまじかったらしく、ユニバーサルミュージックは急遽この楽曲を10月12日に配信リリースすることを決定。音源ではどうなっているのかもかなり楽しみだ。そして、11日22時50分からの『The Covers』「宮本浩次ナイト」第二夜にも期待が高まる。

 その「ロマンス」「木綿のハンカチーフ」をはじめとした歌謡曲を収録した宮本浩次のカバーアルバム『ROMANCE』が、11月18日にリリースされる。収録楽曲のリストにはちあきなおみ「喝采」、小坂明子「あなた」、久保田早紀「異邦人」、松任谷由実「恋人がサンタクロース」、そして松田聖子「赤いスイートピー」など、昭和を代表する大名曲がずらりと並んでいる。「恋人がサンタクロース」や「あなた」はなんとなく想像がつくけど、「異邦人」を宮本はどう歌うのかな、以前テレビでの歌唱も話題になった「赤いスイートピー」の音源はどんな感じだろう……と想像は尽きないが、いずれにしても驚きの仕上がりになっているのは間違いない。期待して待ちたいと思う。あと、カバーだけのライブというのも見応えがあることだろう。ぜひ機会があればやっていただきたい。

■小川智宏
元『ROCKIN’ON JAPAN』副編集長。現在はキュレーションアプリ「antenna*」編集長を務めるかたわら、音楽ライターとして雑誌・webメディアなどで幅広く執筆。

■作品情報
宮本浩次 カバーアルバム『ROMANCE』
2020年11月18日(水)発売
初回限定盤(2CD)¥3,500 +税
通常盤(CD)¥3,000+税

【収録予定曲】
・喝采
・ジョニィへの伝言
・あなた
・二人でお酒を
・ロマンス
・木綿のハンカチーフ
・化粧
・異邦人
・恋人がサンタクロース
・赤いスイートピー
※オリジナル発売年順

【初回限定盤ボーナスCD収録内容】
宮本浩次弾き語りデモ音源

■その他リリース情報
宮本浩次『P.S. I love you』配信中
(「木綿のハンカチーフ -ROMANCE mix-」収録)
ダウンロードはこちら

■宮本浩次 関連リンク
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