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エンジニアが明かすあのサウンドの正体 第12回 RIRI、SUGIZO、[Alexandros]らを手がけるニラジ・カジャンチの仕事術(後編)

ナタリー

20/1/30(木) 17:00

ニラジ・カジャンチ

誰よりもアーティストの近くで音と向き合い、アーティストの表現したいことを理解し、それを実現しているサウンドエンジニアに話を聞くこの連載。ニラジ・カジャンチの前編では彼のこれまでの経歴やボーカルレコーディングについて紹介したが、後編では畠中祐、SUGIZO、[Alexandros]のレコーディング裏話やJ-POPと洋楽の違いについての話をお届けする。

J-POPは歌詞重視、洋楽はリズム重視

──ニラジさんはJ-POPでありながら今の洋楽とリンクしたサウンドを作っていると思いますが、ミックスで意識していることはありますか?

日本のポップスはボーカルのサウンドがブライトというか、イヤフォンや小さいスピーカーでも歌詞がしっかりわかるようにミックスしていて、海外ではリズムを重視したミックスになっているんですよね。アメリカはクラブのためにミックスをするんですよ。つまり、ボーカルを前面に出すんじゃなくて、キックとスネア周りの音がどうなっているかを意識するんです。そこのバランスをどう取るか。僕の中ではミッドとハイは日本のサウンド、ローエンドはアメリカのサウンド、と意識していますね。

──日本のポップスではボーカルがブライトとのことですが、アメリカにいた頃と現在では使っているマイクを変えていますか?

アメリカではSONY C-800とかAKG C12VRとかTELEFUNKEN ELA M251を使っていました。向こうのシンガーはけっこう雰囲気で歌うので、それを滑舌よく聴かせるために2~12kHzくらいがしっかりエキサイティングになるマイクを使うんです。でも日本語は子音が強いので、“サシスセソ”をちゃんとコントロールしなきゃいけない。だから日本ではNEUMANN U47とU67がよく使われているんでしょうね。僕はCHANDLER LIMITEDのRedd Microphoneを使っています。必要な成分が録れるけどいらない子音をちゃんと抑えてくれるので。

──なるほど。

でも最近ちょっと変わって来た面もあって、声優さんやゲーム周りの仕事が増えてきて、アメリカ的な発想に戻りつつあるんですよね。リスナーは声優さんの声の質感とか雰囲気を聴いていると思うので。

日本の声優業界で初めてアメリカに通用するサウンドができた

──畠中祐さんのアルバム「FIGHTER」(2019年3月発売)もJ-POPと洋楽のバランスを考えてミックスしたんでしょうか?

そう。僕は日本の声優業界で初めてアメリカに通用するサウンドができたと思ってます。例えば「Fighting For…」という曲は、EDMとR&Bのようなトラックが畠中祐の声に負けないくらいに出せるかという勝負だったんですよね。日本のマーケット用なので、声はしっかり聴かせているんですよ。でもほかの声優アーティストの曲では聴いたことのないようなローエンドの出し方をしています。だからでかいスピーカーやクラブで聴いてもめちゃくちゃ踊れます。イヤフォンやヘッドフォンでは聞こえないような20~40Hzあたりのローエンドが体に響くように強調しているから、「これ日本のアーティストなの?」と感じると思います。声優アーティストでこのミックスが許されたのがうれしかった。僕の自信作ですね。

──低音を入れると、小さいスピーカーで聞こえない音量を持っていかれて全体が地味に聞こえるので、アニソンなどでは削って派手に聴かせる選択もよくあると思うんですが、そこはどう対処したんですか?

それはバランスの取り方だと思うんですよね。ボーカルがしっかり出ていれば、クライアントさんもユーザーも誰も文句は言わないわけですよ。だからボーカルとぶつからない周波数をギリギリまで攻めてアグレッシブに作っています。あとは、声を立たせるためにほかの楽器のトランジェントを止めたりすると思うんですけど、僕はそれを一切やっていなくて。飛び出ている音も気にせず、「ボーカルの邪魔をできるもんならやってみろ」ってくらい“オラオラ感”を出してミックスしてます。そもそも声にはしっかり空間系エフェクトとハーモニックディストーション(※高調波歪み。歪みが付加されることによって倍音が強調され、豊かな響きになる。真空管やトランジスタなど、通す機材によりキャラクターが異なる)を足しているから、絶対オケに負けてないんですよ。

──そういうハーモニックディストーションを付ける際はアウトボードを使ってるんですか?

いや、逆。アウトボードでやっちゃうと、色が付きすぎちゃって奥行きの調整がしづらいんですよね。その機材が持っている奥行きになっちゃうので、全部デジタルでやってます。僕は常にボーカルを3Dにしたいと思ってミックスしてるんですけど、そういうミックスはデジタルでしかできないですね。どの曲もボーカルはパラレルコンプ(※原音とコンプレッサーをかけた音を混ぜる手法)でやっていて、コンプは10個くらいのプラグインの中から2つ3つを選んで使っています。

3Dサウンドを目指している

──アメリカのR&Bなどでは、雰囲気が単調になってしまうところを、リバーブやディレイなど空間系の抜き差しで緩急をつけ、飽きさせないようなエフェクト使いが増えています。日本のサウンドもそうなっていくと思いますか?

ならないと思いますね。アメリカは曲の雰囲気が大事なので、同じ1行をサビの中で何回でも繰り返せばいいという考え方で、ディレイで曲を作り上げています。デモの段階でディレイが入っているんですよ。でも日本では歌詞重視で、次の言葉を邪魔しちゃうからディレイはかけすぎちゃいけないという考え。だから、日本ではどのジャンルの音楽も平面的になってますよね。でも僕は3Dサウンドを目指しているから、3歩後ろくらいに空間を足しているんですよ。アメリカっぽいサウンドだったら、サビに入ったときにボーカルを横に広げる。でも日本でそれをやるとほかの楽器と歌がぶつかっちゃうから、僕はすべて後ろに飛ばすイメージで楽器にディレイを足していますね。

──このスタジオにはRUPERT NEVE DESIGNSの大型アナログミキサーが鎮座していますが、アナログミキサーを通してミックスしたりはしていますか?

ロックとかポップスの場合はコンピュータ内部でやっていて、アナログミキサーを通すことはほぼないです。広がりが出るのがアナログミキサーを通すよさだと思うので、ジャズアルバムのミックスのときはアナログミキサーに立ち上げますけど、ロックやポップスだとデジタルのほうがやりやすいです。ただそれは、ジャズの生楽器は自分で録ってるからかもしれないです。必要なときに使えるようにあらゆる機材をそろえていますけど、最近はミックス中はリバーブもコンプもEQもプラグインでアウトボードはゼロ。アナログ機材は好きですけど、今の時代には合ってないと思ってます。

練りに練られたSUGIZOのサウンド

──SUGIZOさんのソロアルバム「ONENESS M」(2017年11月リリース)はかなりアナログにこだわったそうですが。

それはSUGIZOさんが録音する際にこだわったんでしょうね。ミックスはデジタルでやってます。彼との出会いは偶然で、ジャズボーカリスト兼フリューゲルホーン奏者のTOKUのアルバムのミックスを僕が担当したんですけど、SUGIZOさんがデヴィッド・ボウイのカバー曲にフィーチャリングゲストとして参加していたんです(2017年6月リリース「Shake」収録の「Space Oddity featuring SUGIZO and Yasei Collective」)。それで「TOKUでやった空間処理を自分のアルバムにも使ってみたい」と言って依頼してくれました。SUGIZOさんのアルバムでは3曲ミックスしているんですけど、彼は空間で遊ぶのが好きなんで、ギターのトラック以外にディレイとかのエフェクターのチャンネルもかけ録りしたものを渡してくれましたね。ギターがフレーズごとに50trくらい、エフェクトとかを含めるとギターだけで120trくらい埋まってましたね。

──その量になると、ミックスがかなり困難になると思いますが、音が飽和してしまうようなことにはならなかったんでしょうか?

それだけの量があっても、それぞれ周波数的に練られて録音されていて、すべて必要なサウンドだったので問題はありませんでした。SUGIZOさんのアルバムなのでギターは立たせなきゃいけない、ゲストのボーカルも聴かせたい。なので、ボーカルをセンター、ギターをサイドに振り分けていったんですが、ほとんどのフレーズをダブルでくれたのでやりやすかったです。しかもどのパートをどこで聴かせたいか、けっこう自由にやらせてもらえました。

ヒップホップのテイストを盛り込んだ[Alexandros]のアルバム

──[Alexandros]のアルバム「EXIST!」(2016年11月リリース)でもエンジニアを担当されてますよね。

彼らと最初に一緒にやったのは「Feel like」ですね。「ポップスなんだけどサウンドは海外にしたい」と言われ、EDMっぽい雰囲気にしたいと思ってディレイで空間を作りました。でもボーカルは日本風というか、英語で歌ってるけどちゃんと伝わるようなミックスにして。それを気に入ってくれて、「EXIST!」の制作に入ったときにミックスの半分と、ボーカル録りのほとんどを依頼してくれました。

──アルバムに入ってる曲の中でも、「Kaiju」はかなり攻めた仕上がりになってますよね。

これはサビはめちゃくちゃロックなんですけど、ロック目線じゃなくてヒップホップのようにミックスしてほしいと言われた曲ですね。この曲だけキックをWAVES Doubler(※短いディレイとピッチシフトの組み合わせで、通常はボーカルを広げるために使うエフェクト)に通して、すごくワイドに作りました。スネアはSansAmpのディストーションで、めちゃくちゃ歪ませてますね。

──こういう極端な処理をするときには、「この音みたいにしてください」という参考曲を受け取って作業するんですか?

いや、ないですね。僕はどのアーティストも前作を聴いてみて、その方向性に持っていかないようにミックスしています。[Alexandros]も前のアルバムは僕の大好きな細井智史さんがミックスしていてめちゃくちゃカッコいいんですけど、僕にお願いする理由って別にそのサウンドを求めているわけじゃないと思うんですよ。同じサウンドにしたいなら細井さんに頼めばいいので。「僕だったらどんなエクストラスパイスを振りかけられるだろう?」って考えて、それがヒップホップのテイストを盛り込むってことだったんですよね。

──なるほど。

僕は自分のサウンドがあると思ってなくて、「こういう音にしたい」というよりは、1つひとつ関わるプロジェクトごとに違うサウンドを作りたいんですよ。音源はもちろん、そのアーティストの所属しているレコード会社やレーベル、ターゲット層、なんなら誰がマスタリングを担当するのかによってサウンドを変えています。聴きたい感じにすぐできるので、ミックスにあまり時間をかけません。伝わってほしい部分が最初の3時間でできなかったら、エンジニアとしてどうかと思うので。

五感を常に意識

──それほどすぐにミックスできる秘訣はなんでしょうか? どのように時間管理をしていますか?

僕は自分の五感を常に意識するようにしていて、その五感が一番いいときにしかミックスしません。それはミックスだけの話で、もちろんレコーディングはクライアントさんの時間に合わせますけど。朝起きてシャワーを浴びてから自分のスタジオに来るまでに、声の発声だとか自分の調子を判断するルーティンを毎日やると、その日の耳の調子がすぐわかります。耳の調子って1%でも疲れてるときって、ハイの聞こえ方が変わってくるんです。お酒は絶対に飲まないし、食事を取っても聞こえ方が変わるので朝食も取らないですね。自分の調子が完璧に整ってないときは、すべて仕込みの時間に使っています。

──体調管理の仕方がアスリートのようですね。

その通りだと思います。僕はアスリートの考え方とビル・ゲイツやスティーブ・ジョブズみたいな経営者の考え方をブレンドして自分のやり方を作っています。要はストイックにどう楽しむかということ。食べるものは全然変えないし、服もずっと同じ5着をサイクルで着ていて、余計なことは考えないようにしているんです。毎日スタジオに行って環境が変わるのもストレスになるので、自分のスタジオを作ったんですよね。スピーカーの位置やボリュームが常に同じで、自分の理想の音が鳴る環境が整っていれば、いつでも同じ音が作れる。同じ音が常に鳴る環境を作っておけば、あとはクリエイティブになれるんですよ。

──日本のスタジオだとエンジニアは朝からスタジオ入りして、翌朝まで作業してるようなこともありますが、そういうのはやらない?

よくないですね。どうしても録音が朝までかかるときは、ミックスチェックの時間をずらすようお願いしています。僕は普段、ミックスチェックは一番フレッシュにいい音で聴ける昼間にやるようにしているんですけど。アメリカではもっとユルくやっていました。それこそお酒も飲んでたし。でも日本の音楽業界の忙しさに自分を合わせるために、こういうやり方になりました。

日米のエンジニアリングの違い

──日本とアメリカの音楽業界を見てきて、違いを感じる部分はありますか?

日本人はピッチもリズムも全部完璧にやりたい人が多いけど、アメリカはそこまでじゃないんです。だから日本は1曲のボーカルレコーディングに1日かけるけど、アメリカだと2時間以上は絶対歌わないです。あと日本ではなるべく派手に聴かせるために、曲のキーを高めに取ろうとする。シンガーのトップノートがどこなのかを探って、サビの高いところを決める考えですよね。海外はシンガーのおいしい部分、低いところや余裕で出せる高さに合わせて作ります。これは音にも影響が出てきますよね。

──エンジニアリングの部分での違いはいかがでしょうか?

スタジオで全然違うのが、アメリカではアシスタントはAVID Pro Toolsの操作をしない。パソコンの操作はエンジニア本人がやるんです。間に入る人が減るので、コミュニケーションのミスが減りますね。アメリカでアシスタントに求められるのはクライアントとエンジニアのサポート。セッティングのリコールなど、やってほしいことを先回りしてやってもらう役です。日本のアシスタントのようにPro Toolsの操作ばかりしていると、セッションに同席していても意識はパソコンの中。だからコンピュータの操作だけが速いロボットみたいになっちゃう。短い時間で安くあげるために、そういう人が求められてるのかもしれないですけど。

──それだと、アーティストやクライアントから顔を覚えられないし、一緒に仕事したいと思ってもらえることは少ないですよね。

そう。レコーディングってクライアントと1つの部屋に12時間とか一緒にいるので、単純に音がいいだけじゃなくて、気持ちがちゃんと合う人と一緒に仕事をしたほうが絶対いいと思うんです。アーティストだって人間だから悩みもあるし、スタジオに入ってきたときは緊張してる。それを全部忘れてパフォーマンスに集中できるようにする、セラピストのような面も必要だと思うんです。フィル・ラモーンが僕を評価してくれたのも、そういうところを見てくれていたからだと思うし。僕がフィル・ラモーンにチャンスを与えてもらったみたいに、僕もスタジオのアシスタントには自分で考えて動けるチャンスを与えなきゃと思っていて、ガンガン仕事を振るようにしています。どんどん仕事を覚えてフリーのエンジニアになっていってほしい。そうやってエンジニアが増えて音楽業界を活性化させたいというのが僕の願いです。

ニラジ・カジャンチ

アメリカ生まれ、日本育ちのエンジニア / スタジオオーナー。アメリカでキャリアをスタートさせ、マイケル・ジャクソン、リル・ジョン、ティンバランドらの作品を担当する。2000年代後半に日本に来てからは三浦大知、RIRI、Chara、佐藤竹善(SING LIKE TALKING)、大森靖子、Little Glee Monster、SUGIZO、[Alexandros]ら幅広いアーティストを手がける。

中村公輔

1999年にNeinaのメンバーとしてドイツMile Plateauxよりデビュー。自身のソロプロジェクト・KangarooPawのアルバム制作をきっかけに宅録をするようになる。2013年にはthe HIATUSのツアーにマニピュレーターとして参加。エンジニアとして携わったアーティストは入江陽、折坂悠太、Taiko Super Kicks、TAMTAM、ツチヤニボンド、本日休演、ルルルルズなど。音楽ライターとしても活動しており、著作に「名盤レコーディングから読み解くロックのウラ教科書」がある。

取材・文 / 中村公輔 撮影 / 映美

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