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『ワンダーウーマン 1984』にみるアメリカ近現代史 “ヘスティアの縄”が果たす重要な役割

リアルサウンド

21/1/1(金) 10:00

 DCコミックスが誇る女性スーパーヒーロー、ワンダーウーマンのコミック雑誌デビューから70年以上経ってようやく実写による単独主演映画が作られたのが2017年。世界中で空前のヒットを記録し、すかさずマーベル陣営もアベンジャーズ結成の鍵を握るヒロインを主人公に『キャプテン・マーベル』(2019年)で対抗。さらにDCはシリーズ第2作『ワンダーウーマン 1984』、マーベルは『ブラック・ウィドウ』で2020年を華々しく女性スーパーヒーローの対決によって盛り上げる予定だったが、パンデミックの拡大のために両作とも2度3度と公開日が延期されてしまった。

 ディズニーアニメを含むエンターテインメント大作の分野も、ジェンダーあるいは人種の問題、多様性の擁護という課題から無縁でいられる時代はとっくに終わっている。しかし現状はまだ不十分であり、いっそうの進化、深化が求められるが、中でもワンダーウーマンは1941年のコミック雑誌での登場以来、アメリカ国内でフェミニズムの象徴として遇されてきた歴史を思うと、最も責任重大な題材だと言える。フェミニズムの象徴としてのワンダーウーマンについては、ジル・ルポール著『ワンダーウーマンの秘密の歴史』(邦訳2019年、青土社刊)にくわしい。なお、同書は1910年代の第1次フェミニズム運動、1970年代の第2次フェミニズム運動についても多くを知ることのできる好著なので、ぜひお薦めしたい。

 今回の第2作『ワンダーウーマン 1984』はタイトルどおり1984年を舞台にしている。1984といえば、なんといってもジョージ・オーウェルが全世界のファシズム化を警告した近未来小説『1984年』を思い浮かべるけれども、その連想は図星で、この映画には小説の中の独裁者 “ビッグ・ブラザー” みたいな輩が登場する。マックス・ロードという単にビックマウスなだけの山師だが、スクリーンを通して民衆を教化し、世界征服の野望を狙っている点は “ビッグ・ブラザー” とまったく同じである。

How Apple’s “1984” Commercial Changed the Super Bowl forever | NFL Films Presents

 そして“ビッグ・ブラザー” に敢然と立ち向かう1人の女性アスリート。Apple社が初代Macコンピュータ発売時に放送した記念すべきCM「1984」だ。『エイリアン』『ブレードランナー』と連打した直後のリドリー・スコット監督が手がけたCM「1984」は1984年1月22日、アメリカンフットボールの優勝を決めるスーパーボウルの第3クォーターブレイクで放送され、大反響を巻き起こした(NFL Films公式YouTubeで試聴可)。『ワンダーウーマン 1984』の製作チームが主人公に演じさせたかったのは、 “ビッグ・ブラザー” に鉄槌を投げつけるCM「1984」の女性アスリートであることは、火を見るよりも明らかだ。

 世界征服を狙うハイテク企業のCEOだの、マッドサイエンティストだの、宇宙征服を狙う異星人だの、毎度のパターンが反復されすぎて辟易とするが、そんなことで白けるようではアメコミ映画のファンはつとまらない。ヴィランたちの馬鹿げた誇大妄想に毎回つき合うのがアメコミ映画観客のマナーだ。今回のマックス・ロードもやってくれる。パワーストーンから絶大な超能力を受け取った瞬間、彼のオフィスは嵐のような突風が吹きすさび、書類という書類がバタバタバタと舞い踊る。ジョン・カーペンター監督のホラー的瞬間のようではないか。アメリカ映画かくあるべし。マックス・ロードを演じたペドロ・パスカルの躁状態の熱演も素晴らしい。しかもその図を、オフィスの外から醒めた目で撮っていたりもする。パティ・ジェンキンス監督、やるじゃないかと思った。今回の勝因は彼女がザック・スナイダー傘下のグリグリ可変スピードCGの影響圏を脱したことにあり、代わりに映像の主軸となったのは、彼女自身がシルク・ド・ソレイユとの交流から着想を得たワイヤーアクションによる肉体の躍動である。

 マックス・ロードが超能力を発揮した瞬間に鼻血を出すのは原作コミックどおりなのだそうだ。ヴィランにはヴィランの情熱があり、悲願がある。だから愛おしい。絶大なパワーを見せつけてガハハハと余裕の高笑いを披露するヴィランがあまりにも多いが、ああいうのは単に馬鹿に見えて、見ているこちらが恥ずかしくなってくる。ちなみに『スター・ウォーズ』シリーズの皇帝ももう少しパルパティーン議長時代の狡猾さ、上品さを保っていれば陰影が出てよかったのに、ただ単にガハハハ系のヴィランに堕してしまったのが残念だった。監督のパティ・ジェンキンスは、次期『スター・ウォーズ』新作『ローグ・スカッドロン』の監督をつとめるそうだから、ぜひ安易にガハハハ系に堕さない優れたヴィランを構築してもらいものだ。

Star Wars: Rogue Squadron – Official Teaser (Directed by Patty Jenkins)

 DCよりもマーベルのほうがシリーズとしては成功しているかもしれないが、DCは2019年の『ジョーカー』、今回の『ワンダーウーマン 1984』と、サーガの全体性に束縛されないリラックスした単体作品に光明を見出した感がある。『ワンダーウーマン 1984』はDCユニバースの全体性を考慮することなく、ジャスティス・リーグについての知識を求められることなく、リラックスして楽しむことができる。デュラン・デュランやザ・カーズといった80年代ロックのサウンド付きで。

 前作のラストで死別した恋人スティーブが今回、ある奇跡のおかげで甦り、作品の前半はデート映画の楽しみさえ提供する。首都ワシントンD.C.を舞台に、スミソニアン博物館、国立航空宇宙博物館をそぞろ歩く恋人たち。ワンダーウーマンは職場の同僚女性と高層ビルのレストランで会食するが、彼女たちの背景には左手すぐにMLBワシントン・ナショナルズのホーム球場ナショナルズ・パークが見え、正面奥にはワシントン記念塔、そしてホワイトハウスも見えている。70年ぶりに再会した恋人たちが再会直後に歩くのはリンカーン記念堂前の池。思えばワンダーウーマンは孤独だ。全能の神ゼウスと、女性だけの島国アマゾンの女王ヒッポリタの娘である彼女の年齢は5000歳。ぜんぜん年を取らない。だから彼女の恋愛は成り立たない。愛する者との懐古に惑わされて前後不覚となるワンダーウーマンは、ジェンダーを超えたオルフェウスであり、伊弉諾尊(いざなぎのみこと)の再来でもあるのだ。

 ゆえに彼女は、家庭の幸福や個人的満足のために生きる術を採らない。無償の博愛だけが彼女を生かしている。彼女の最大の武器である《ヘスティアの縄》。スパイダーマンにとってのウェブ(蜘蛛糸)とは似て非なるものだ。敵に対する鞭、犯罪者の拘束、物品の確保、空中移動のためのロープとして活用される点はウェブと同じだが、《ヘスティアの縄》に縛られた者は真実しか話せなくなるのである。《ヘスティアの縄》のこの機能が、今回のクライマックスで重要な役割を果たすが、これについての詳述は控えよう。とにかく《ヘスティアの縄》は究極のウソ発見器ということになる。

 しかし驚くべきことがある。先述の研究書『ワンダーウーマンの秘密の歴史』でもくわしく述べられているが、ワンダーウーマンの生みの親ウィリアム・モールトン・マーストン(1893-1947)は心理学者、発明家であり、ハーヴァード大学の学生時代はちょうどハリウッド黎明期と重なり、多才な彼は、「アメリカ映画の父」と称えられるD・W・グリフィス監督や史上初の女性監督アリス・ギーのためにシナリオを書いて学費を稼いでいた。ラディカルなフェミニストであるマーストンが1941年11月に『All Star Comics』誌上に初めて『ワンダーウーマン』を描いて発表した時、すでに彼は別のことで世界的に有名な人物となっていたのだ。つまりウソ発見器の先駆となる装置「ポリグラフ」の発明者として。当時「ポリグラフ」がFBIにも警察にも政府にも軍にも採用されなかったため、マーストンはもっぱらワンダーウーマンの生みの親として歴史に名を残すことになった。

 そんな原作者の背景も知った上で、今回の《ヘスティアの縄》の果たす重要な役割を見ると、なにやら複雑怪奇、紆余曲折、跳梁跋扈のアメリカ近現代史がこの縄の絡みつく先にウネウネと脈打っているように思える。ワンダーウーマンにとって「真実」は、縄の形をしている。

■荻野洋一
番組等映像作品の構成・演出業、映画評論家。WOWOW『リーガ・エスパニョーラ』の演出ほか、テレビ番組等を多数手がける。また、雑誌「NOBODY」「boidマガジン」「キネマ旬報」「映画芸術」「エスクァイア」「スタジオボイス」等に映画評論を寄稿。元「カイエ・デュ・シネマ・ジャポン」編集委員。1996年から2014年まで横浜国立大学で「映像論」講義を受け持った。現在、日本映画プロフェッショナル大賞の選考委員もつとめる。

■公開情報
『ワンダーウーマン 1984』
全国公開中
監督:パティ・ジェンキンス
出演:ガル・ガドット、クリス・パイン、クリスティン・ウィグ、ペドロ・パスカル、ロビン・ライト
配給:ワーナー・ブラザース映画
(c)2020 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved TM & (c) DC Comics

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