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佐々木俊尚 テクノロジー時代のエンタテインメント

テレビとラジオの違いとは? 音声メディアの可能性について考える

毎月連載

第42回

テレビとラジオのメディア特性の違いとは何だろうか?

前者は映像であり、後者は音声というのは当たり前の話すぎて今さら言うまでもない。さらに踏み込んで、出演者と視聴者の人数を考えてみよう。バラエティ番組やニュース番組に顕著だが、テレビは出演者が多い。最近のお笑いバラエティでは「ひな壇」と呼ばれる席に10人近い芸人さんがずらりと並んでいることさえ珍しくない。そしてテレビの司会者は昔から、視聴者にこう呼びかける。「テレビの前の皆さん」

これと同じことをラジオでやると、誰が何を言っているのかわからなくなる。映像がないから、音声が入り混じって混乱してしまうのだ。だから出演者はせいぜい3人程度までで、パーソナリティがひとりだけのことも珍しくない。そしてラジオのパーソナリティーは、昔からこう呼びかける。「ラジオの前のあなた」

つまりテレビは“多人数×多人数”であり、ラジオの基本は“ひとり×ひとり”なのである。ラジオがパーソナルなメディアであるというのは、こういう人数の関係があるからだ。

わたしは過去に何度となくテレビの討論番組に出演したが、ガチな討論になればなるほど、発言するのが難しくなる。喋りたい論者がたくさんいて、われ先に口を出すからだ。そういう場で発言しようとすると、割って入るしかない。なのでテレビ慣れした言論人は、やたら割り込みのスキルだけが高められる。

いっぽうでラジオでは、割り込みはほとんどない。出演している人数が少ないのもあるが、割り込んで喋ると音声がかぶさって誰が何を言っているのかわかりにくくなるからだ。だからラジオでは、ひとりの出演者がしゃべり終えるのを待ってから、別の出演者がしゃべることが多い。逐次的なのである。

華やかで派手なテレビにくらべると、ラジオはこういう穏やかなスタイルを持っている。それが地味だと思われ人気を失ってきた部分もあるのだろうが、しかし21世紀のこの現代には、実は“じっくりとひとりの話を聴く”というこのラジオ的なスタイルの方がより求められるようになっているのではないだろうか。わたしは最近そう考えている。

日本で音声メディアがいまひとつ盛り上がらない理由

ラジオに限らず、ポッドキャストなどの音声メディアはアメリカなどで隆盛になってきているが、日本ではいまひとつ盛り上がっていない。その理由としては、日本語の特質があるというのは以前から指摘されてきた。ひとつは漢字という表意文字は表音文字のアルファベットと比べると、ひと文字に込められた情報量が非常に多い。テキストの情報量が濃密なのである。日本語のツイッターでは140文字でさまざまなことが伝えられるのに対し、英語ではアルファベット140文字では情報量が足らなさすぎる。後になって英語だけ280文字にまで制限がゆるめられたのはそういう理由からだ。

加えて日本語は音読みの漢語が多く、同音異義語が異常なほどに多い。なので音声で聞くと、一瞬ことばの意味がつかみにくいということがひんぱんに生じる。

このふたつの理由から、日本語で難しいことを伝えるのには音声ではなく、文字で伝えた方が圧倒的にメリットが大きいのである。音声メディアがあまり流行らず、書籍を音読するオーディオブックが普及していないのも、そうした理由からだろう。

期待が高まるこれからの音声メディア

とはいえ、これらの日本語音声のデメリットは、あくまでも“たくさんの情報を伝える”という局面におけるものである。純粋な情報伝達ではなく、たとえば落語を聴いたりするような場面では、音声は肌触りがよくてとても魅力的だ。ユーチューブなどでゲーム画面だけを見せながら声で実況する“ゲーム実況”のようなコンテンツが流行っているのも、日本語の声の気持ちよさに裏付けられている部分があるのではないかと思う。

実のところ人間の顔の映像よりも、人間の肉声だけの方が心に突き刺さるということは非常に多いのである。

そうした点を考えれば、おだやかに出演者の言うことをきちんと聴きながら会話を進めていくというラジオのスタイルは、まだ十分に可能性があるのではないだろうか。そしてその可能性を十分に花開かせるような新しいラジオの演出方法やコンテンツが登場してくれば、まだまだラジオには大きな可能性が秘められているのではないかと思うのである。

プロフィール

佐々木俊尚(ささき・としなお)

1961年生まれ。ジャーナリスト。早稲田大学政治経済学部政治学科中退後、1988年毎日新聞社入社。その後、月刊アスキー編集部を経て、フリージャーナリストとして活躍。ITから政治・経済・社会・文化・食まで、幅広いジャンルで執筆活動を続けている。近著は『時間とテクノロジー』(光文社)。

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