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中川右介のきのうのエンタメ、あしたの古典

コレットとオードリー

毎月連載

第12回

19/6/12(水)

『ローマの休日』(1953) 写真:Photofest/アフロ

 今年はオードリー・ヘップバーン生誕90年。それを記念して、何冊か本も出ている。5月に公開された『コレット』は、偶然なのだろうが、「オードリー生誕90年」に関係なくもない。コレット(1873〜1954)は、「オードリーを発見した人」だからだ。

 オードリーが一躍、有名になるのは1953年8月公開の『ローマの休日』(日本公開は54年4月)だが、その前の1951年11月にブロードウェイで主役デビューしている。コレットの小説が原作のミュージカル『ジジ』であり、主役にオードリーを抜擢したのは、他ならぬコレットなのだ。

『コレット』(C)2017 Colette Film Holdings Ltd / The British Film Institute. All rights reserved.

 映画『コレット』はこの作家の81年にわたる人生の前半を描いたものだ。生まれたのは1873年で、1900年に最初の小説『学校のクローディーヌ』を書いた。しかし、彼女の名前では出版されず、当時の夫が自分のペンネームで発表した。いまの日本の出版界では「若い女性が書いた小説」のほうが「売れそう」だが、100年前は、そういう考えはない。「女が書いたものなど、誰も読まない」と思われていた。

 そういえば、昨年公開された映画『メアリーの総て』でも、メアリー・シェリー(1797~1851)の『フランケンシュタイン』は1818年に出版された時は作者名が匿名で、若い女性が書いたことは隠されていた。コレットが生きたのはメアリー・シェリーの時代から100年後だが、それでもまだ「女性作家」は存在が市民権を得ていない。

 『ジジ』は第2次世界大戦中の1944年に出版された、コレット晩年の作品だ。主人公のジジはパリの高級娼婦を祖母に持ち、金持ちの青年のひっかけ方を伝授されているませた女の子。

 ミュージカルにするにあたり、コレットは自分のイメージに合う女優に演じさせたいと考えていたが、なかなか見つからない。興行師から「あなたが見つけられないのなら、我々で決める」と通告されていた。そんな時期、休暇で行ったモナコで、コレットはオードリー・ヘップバーンを「発見」したのだ。

“気品”と“庶民性”。2つの矛盾するイメージを持つオードリー

 オードリー・ヘップバーンは2つの矛盾するイメージを持つ女優だ。ひとつは『ローマの休日』『戦争と平和』などに代表される「気品」で、もうひとつは『麗しのサブリナ』や『パリの恋人』などに代表される「庶民性」だ。女優は「演じる人」だから、本人の経歴や性格と役柄とは、一致しないのが当たり前だ。だが、オードリー・ヘップバーンは、彼女自身が2つのキャラクターを持つ。

 オードリーの母はオランダの男爵家に生まれ、爵位を持っている人だった。父は「実業家」と紹介されるが、実態は投機師、山師である。このように、両親から「気品」と「庶民性」という矛盾する性格をもらった――という「血筋」もさることながら、戦前と戦後の「環境の違い」こそが、2つのキャラクターを持ち合わせる理由だろう。

 幼少期のオードリーは、経済的には何不自由なく育ったが、両親は別居し、孤独だった。そこで自己表現の手段としてバレエを習う。「気品」はこの時期に身につけたものだろう。やがて戦争の時代となり、ヒトラーがオランダを占領すると、皮肉にもナチス信奉者だったオードリーの母は財産をナチスに没収される。

 父もナチスの支持者で、ナチスのためのスパイのような仕事をしていたので、戦後は逮捕され、消息不明となる(父娘の再会は1959年)。戦後、没落貴族となった母とオードリーはロンドンへ行き、彼女は「生活」のためにショービジネスの世界に入り、「踊り子」となった。貴族の生まれだったのに、「庶民生活」をしいられるのだ。

 オードリーはロンドンで劇場にダンサーとして出演しながら、映画会社にも売り込み、1948年から映画にも出ていた。1951年5月、オードリーは『モンテカルロへ行こう』のロケのため、南フランスのモナコへ行った。ある日、撮影準備中のホテルのロビーで、オードリーは車椅子に乗った高齢の女性から声をかけられた。コレットだった。

 コレットはロビーで若い女性を見かけた瞬間、「ジジがいる」と思ったのだ。その若い女性に話しかけ、女優だと知ると、ますますコレットは「この娘しかいない」と思う。

 同じ頃、ローマでは――次の映画のロケハンに来ていたウィリアム・ワイラー監督が、パラマウント映画のロンドン支社から届いたテストフィルムを見ていた。ひとりの女優のテストフィルムを見て、ワイラーは言った。「彼女は魅力的だ」。この瞬間、ワイラーの次回作『ローマの休日』のヒロインは決まった。

 アメリカではまったく無名の22歳の女性は、こうして同時期に、ブロードウェイとハリウッドへのデビューが決まったのである。「運も実力のうち」と言うが、1951年のオードリーは最強の運の持ち主だった。

ミュージカル『恋の手ほどき(ジジ)』(舞台) 写真:Collection Christophel/アフロ

 フランスに「高級娼婦」がいたのは、19世紀なかばの第二帝政からベル・エポック時代の1910年代までとされる。オードリー演じるジジは、その高級娼婦の孫である。経済的には豊かだが、階級は低い。

 オードリーは、『ローマの休日』で王女、『ジジ』では高級娼婦の孫娘という役を演じたわけで、デビュー時から2つのイメージを持っていたことになる。もし『ローマの休日』だけだったら、その後も似たようなお姫様的な役が続き、いずれ飽きられたかもしれない。最初から、対照的な役を演じたことで、女優としての可能性が開けた。その意味で、コレットは「女優オードリー・ヘップバーン」を生んだひとりなのだ。

 ――というようなことは前から知っていたが、コレットがどういう人なのかは、漠然としか知らなかったので、映画『コレット』は興味深く観た。映画は『シェリ』や『青い麦』『ジジ』を書く前の話だが、コレットの小説がいかにスキャンダラスで、それゆえに売れていたかが分かる。

 コレットはオードリーの成功を見届けると、1954年8月に81歳で亡くなった。残念ながら、オードリーの『ジジ』は映像としては残っていない。

 『ジジ』は、1958年にヴィンセント・ミネリ監督によって映画化されたが、ジジ役はレスリー・キャロン(1931~)だった(邦題『恋の手ほどき』)。これはこれで悪くはないが、どうしても、「オードリーで観たかったな」と思ってしまう。

作品紹介

『コレット』(2018年・英=米)

2019年5月17日公開
配給:東北新社 STAR CHANNEL MOVIES
監督:ウォッシュ・ウエストモアランド
出演:キーラ・ナイトレイ/ドミニク・ウェスト/フィオナ・ショウ/エレノア・トムリンソン

『ローマの休日』(1953年・米)

監督:ウィリアム・ワイラー
出演:オードリー・ヘプバーン/グレゴリー・ペック/エディ・アルバート
DVD:パラマウント・ジャパン

『恋の手ほどき』(映画)(1958年・米)

監督:ヴィンセント・ミネリ
原作:コレット
出演:レスリー・キャロン/モーリス・シュヴァリエ/ルイ・ジュールダン/ハーミオン・ジンゴールド
DVD&Blu-ray:ワーナーエンターテイメントジャパン

『オードリー・へプバーン映画祭』

日程:2019年6月14日~16日
会場:109シネマズ二子玉川ほか
※『麗しのサブリナ』『オードリー・ヘプバーンの若妻物語』『初恋』『ティファニーで朝食を』『パリの恋人』『昼下りの情事』『噂の二人』『おしゃれ泥棒』『ラベンダー・ヒル・モブ』『いつも2人で』を上映。

公式サイトはこちら

『大女優物語―オードリー、マリリン、リズ―』

発売日:2010年8月12日
著者:中川右介
新潮新書刊

プロフィール

中川右介(なかがわ・ゆうすけ)

1960年東京生まれ。早稲田大学第二文学部卒業後、出版社アルファベータを創立。クラシック、映画、文学者の評伝を出版。現在は文筆業。映画、歌舞伎、ポップスに関する著書多数。近著に『手塚治虫とトキワ荘』(集英社)など。

『手塚治虫とトキワ荘』
発売日:2019年5月24日
著者:中川右介
集英社刊

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