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中井美穂 めくるめく演劇チラシの世界

『フリムンシスターズ』

毎月連載

第24回

『フリムンシスターズ』チラシ(表)

松尾スズキさんによる、『キレイー神様と待ち合わせした女―』以来となる書き下ろしの本格ミュージカル、『フリムンシスターズ』。そのチラシは、まるでSF大作アニメーションのよう。その印象的なチラシについて、そして作品について伺いました。

左:中井美穂 右:松尾スズキ

松尾 またニッチな連載をされてますねえ。

中井 はい(笑)。チラシについて、松尾さんはいつもどのくらい噛んでらっしゃいますか?

松尾 わりと噛み噛みですね、いつも。

中井 今回はシアターコクーンの作品ですが、大人計画のときも?

松尾 そうですね。写真でいくかイラストでいくか、イラストレーターだったらこの人、とかも決めさせてもらうことが多いです。

中井 作品をお考えになるときに、チラシの構想、ビジュアルのイメージも一緒にあるものですか?

松尾 いつもはチラシができてから脚本を書きはじめることが多いですから、どうしてもチラシの作業が先にはなりますよね。今回はわりと早めに脚本をスタートしたんで、同時進行くらいでできましたけど。

中井 今回の『フリムンシスターズ』については、最初の段階でどこまで決まっていましたか?

松尾 アニメっぽいイラストを描く人にお願いしようという話になって、デザイナーの方が何人か候補を見せてくれました。そのなかで、今回描いてくださった米山舞さんの絵がダントツでいいな、と思って。

中井 具体的にはどんなところが「ダントツにいい」と?

松尾 趣味の問題ですけど、『フリムンシスターズ』というタイトルにしっくりくる絵柄だったということですかね。そもそも作品に祖先の霊が出てきたりするファンタジックな内容なので、タイトルやビジュアルもアニメっぽくしようと思ったんですよ。で、フリムンシスターズの戦い、「VS」の世界を描いてほしいな、と思ったときに戦闘シーンをうまく描かれる方に出会えた、という感じで。

中井 『キレイ』でも、再演以降はイラストを使われていましたよね。あれもすごく印象的でした。

松尾 まああの、チラシはなるたけイラストがいいな、とは思ってて。

中井 なぜですか?

松尾 日本の俳優っていろんな仕事をしているから、どうしてもいろんなイメージがつくじゃないですか。そういうのをチラシが背負い込みたくない。本当は、映画のチラシも絵でいきたいくらいで。

中井 映画でイラストのチラシはめったに見ないですよね。でもこの『フリムンシスターズ』のチラシは映画かな? と思いますし、アニメーションのようでもあります。イラストを描くにあたって、作品についてどの程度米山さんに伝えられましたか?

松尾 戯曲がちょうど半分できた頃だったんで、それを読んでもらって。いつもはそこまで用意できませんけど。長澤(まさみ)さん、秋山(菜津子)さん、阿部(サダヲ)の3人の顔は念頭に置いて描いてほしいということは最初に伝えました。

中井 図柄とか色合いについても注文を出されましたか?

松尾 かなり具体的に言いましたよ。長澤さんは特殊な武器を持っていて、秋山さんは大きな帽子をかぶっていてニヒルな表情で、とか。あとは祖先の霊が飛び散っていてほしい、西新宿が舞台なので西新宿の街並みを、沖縄の要素も入ってくるからどこか沖縄のイメージを入れてほしい、と。5種類くらいラフを描いてくれて、それもかなり完成度の高いものを。その中から選んだのがこれです。

中井 決め手になったのは?

松尾 構図かな。構図がかっこよくて。元々アニメーターもされている方ですけど、こうして見てもかなりトップレベルだな、と思いますね。

中井 『フリムンシスターズ』のタイトルロゴも米山さんですか?

松尾 ロゴはデザイナーが作りました。これもいくつか候補はあって、まあ勘でこれかな、と。

中井 デザイナーは榎本太郎さん。

松尾 コクーンでやるときはだいたい彼にお願いしていて。

中井 今回、芸術監督として初の自作になりますが“コクーンらしさ”は意識しましたか?

松尾 コクーンらしさのことを考えたことは、正直ないです(笑)。むしろ、コクーンらしくないものをめざしてたどり着いたところがあるかもしれない。

中井 この、一見演劇のチラシには見えないビジュアルの中で、「『キレイ』から20年。松尾スズキの真日本製・本格ミュージカル、満を持し、始動。」という2行が効いていますよね。

松尾 こういうのも、じつは自分で考えているんですけどね。

中井 他の方が書いたのだとばかり!

松尾 僕、コピーライター養成講座に通ってましたから。こういうの、得意なんですよ。

中井 そのときのスキルが! 演出家の中には、チラシは作品とは別物と考えて全く関わらない方もいますが……。

松尾 劇団を旗揚げしたときにチラシを全部自分で描いていた、その一連の流れで今も噛んでいるという感じですね。初めてのチラシでは級数(文字サイズ)指定までしていたから。

中井 それだけ、チラシが重要と?

松尾 重要というか、お金をかけたくなかったのと、印刷会社で働いていたからたまたま自分が級数指定までできたという、それだけで。今も、放っておいてもいいものができるのであれば何も言いませんけど。

中井 やはりそうはいかない。

松尾 まあ、自分が思う方向性のかっこよさにはなっていかないですよね。1年に何本もやるタイプではないから、丁寧にやっていきたいなとは思います。

中井 果たして紙のチラシがこの時代に必要なのか、という議論もありますが。

『フリムンシスターズ』チラシ(裏)

松尾 僕らは、例えば「野田(秀樹)さんの芝居が観たいな」と思ってネットで検索するって、まだあまりやらないですよね。いろんなところでチラシを見かけるから今度やるって知る。これからの世代は変わっていくかもしれないけど。

中井 他のチラシを見て、嫉妬することはありますか?

松尾 僕、つかこうへいさんの芝居は観てないけど、本が好きで。つかさんの本って、全部和田誠さんが装丁をやっていましたよね。だから、三谷(幸喜)さんが和田さんと仕事しているの、いいなあって思ってた。

中井 ちょっと意外です。

松尾 僕、和田誠さん大好きなんですよ。デザインをやってた学生の頃、ポスターカラーで和田さんの絵を模写していたこともあるくらい。

『キレイ』再演を重ねて
ミュージカルのことがわかった

中井 先ほど、「早めにこの作品に入れた」というお話がありましたが。

松尾 そう、コロナで仕事が一個飛んだ分、早くこれに取りかかることができて。歌詞を書く作業ってすごく時間がかかるので、この作品も最初はミュージカルにはならないかもしれないと思ってた。でも、なにしろ時間があったもんだからいっぱい歌詞が書けて、「よし、ちゃんとミュージカルって銘打とう」と決めました。

中井 以前から『キレイ』以外にも本格的なミュージカルをやってみたいっておっしゃっていいましたよね。

松尾 新作をね。

中井 なぜ、ミュージカルをやりたいと?

松尾 一本だとさみしい、ってことですよね。一本だと、まぐれってこともあるじゃないですか。

中井 ああ!

松尾 『キャバレー』もやったけど、あれは所詮外国人が書いたものだから。新作の、日本発信のものを作らないと、悔しみがあるんですよね。

中井 だからもう一本、と。

松尾 『キレイ』の初演なんて、誰もミュージカルと認めてくれないようなミュージカルだった。それを20年かけて直して直して。それで身につけたスキルを発揮したいという。

中井 『キレイ』初演のときには、「これはミュージカルになっていないな」という感覚が?

松尾 お客さんはすごく喜んでくれたから、その時点では達成感を得ていたと思います。そのあと、いろいろ勉強していくうちに気づいたんです。ただ曲を羅列すればミュージカルだと思っていたけど、どうもそういうことじゃないと。曲と曲を計算しながら話の緩急をつけていって、エンディングに向かって道筋をつくる。それがミュージカルにおける曲の役目だってことに。

中井 『キレイ』は、再演のたびに少しずつ変化がありましたね。

松尾 そう。音楽劇は単純に随所に音楽を取り入れたお芝居で、ミュージカルは音楽が物語の流れを決定していく作用がないといけない。『キレイ』の再演を重ねることで、音楽劇とミュージカルの違いについて、自分の中で決着がついた気はしますね。

中井 「日本発のミュージカル」をめざして作られた作品はたくさんあると思いますが、ほかのミュージカルを観に行かれますか?

松尾 たまに行きますけど、やっぱり根底に外国があるなって思っちゃう。だから日本の旋律を探りたいなと思って、今回主人公の一人を沖縄出身にしたんです。沖縄の音階ってすごく叙情的だし、感動させられる。その音楽を使うのは、日本発信のミュージカルを作るにあたっていいんじゃないかと。

中井 沖縄の伝統芸能で、舞踊とお芝居の混じった「組踊」を観に行ったことがありますが、セリフの掛け合いがぜんぶ音階になっていて。

松尾 へえ!

中井 お話自体は仇討ちや親子の情愛を描いたシンプルなものですが、セリフは沖縄の言葉でわからない部分も多くて。しかも役者は無表情で、心のやりとりが音階だけで表される。でも、なぜか心揺さぶられて、泣けてしまう。音階の表現するものってこんなにも豊かなのか、と思いました。

松尾 僕らはリゾートとして行くことが多いけど、沖縄の人にしてみたらそれは忸怩たる思いもあるだろうなと。沖縄の旋律は悲しい歴史を踏まえた上で生まれたもののような気がする。どこかに必ず、よその人に頭を押さえつけられているところがあるじゃないですか。そういう呪縛から開放されたい、という要素も今回の作品には入っているんです。

中井 主人公に沖縄出身の人を入れることで、そこを描きたかった?

松尾 そうですね。主人公の3人は全員、自由を蝕まれている女たちで。3人が出会うことでなんとか自由を勝ち取ろうと思うに至る、という話です。

中井 今作の、もともとのアイディアはどこから?

松尾 何がスタート地点なのか自分の中でも曖昧ですけど……。長澤さんと秋山さんと阿部で、3人の女の友情の話がやりたいな、と。「女の友情ってエモいな、そういうのを芝居で描いてみたいな」と、それくらい単純なことがきっかけです。

中井 それは、もしかしたらストレートプレイでもよかった?

松尾 うーん、でもやっぱり長澤さんと『キャバレー』をやってすごくよかった印象があったから、音楽劇にはしたいなと。

中井 秋山さんも、たくさんミュージカルに出られているわけではないですが、『キレイ』での姿がとても印象的でした。

松尾 そう、秋山さんは歌うたいですよ。さらに阿部も相当歌がうまいですからね。誰に教わったわけでもないのに。

中井 本当に阿部サダヲさんって稀有な人ですよね。どこであの能力を得られたのか。演劇をどこかで学んだとか、メソッドを身に着けたというわけでもないはずなのに……。

松尾 メソッドって、演じるのに理由が必要じゃないですか。そんなことしてたらうちの芝居はできない、大人計画はやってられないです(笑)。

突然与えられた時間で
横穴も掘れると気づけた

中井 コロナ禍によって作品が飛ぶ一方で、私もご一緒させていただいた『劇場の灯を消すな!』(WOWOW)のように、普段ならばやらなかったことも経験されたと思います。それによって何か見つけたものはありますか?

松尾 ずっと縦に向かって穴を掘っていたけれど、横穴も掘れるんだ、というか岩盤があるから横穴を掘るしかない、というイメージかな。人間の脳って動くように動くんだな、と思いましたね。久しぶりに小説にも手を出しているし。

中井 この時間は必ずしも悪いことだけではなかった、むしろ貴重だった?

松尾 演劇人って常に追い立てられていて、ずっと落ち着かない。2、3年も先の舞台の予定が入っていて、ひとつの舞台をやっている間に次の打ち合わせ……。僕らくらいの歳の人たちはみんな、一息ついて自分の立ち位置を確かめてみようという時間を持てたんじゃないかな、とは思いますね。ただ、若手がかわいそうでね。

中井 そうですね。松尾さんに関して言えば、この時間を利用してたくさんの歌詞が書けて、それを私たちが劇場で聞くことができる。

松尾 うん。いい詞がいっぱい書けました。

中井 わくわくしますね。書かれたものが声になって発せられる、人の肉体を得るというのは、改めてすごいことだなと思います。

松尾 そうですね。面白いかどうかはまだ稽古が始まったばかりで保証はできないですけど……いや、保証したほうがいいのか。脚本は面白いんで。新しい日本発信のミュージカルを作ろうという、その心意気だけでもすごくないですか? それを観るだけでも、きっと価値があると思います。

構成・文:釣木文恵 撮影:源賀津己

作品紹介

『フリムンシスターズ』
日程:10月24日(土)~11月23日(月)
会場:Bunkamuraシアターコクーン
作・演出:松尾スズキ
音楽:渡邊崇
出演:長澤まさみ、秋山菜津子、皆川猿時、栗原類、村杉蝉之介、池津祥子、猫背椿、笠松はる、篠原悠伸、山口航太、羽田夜市、笹岡征矢、香月彩里、丹羽麻由美、河合優実、片岡正二郎、オクイシュージ、阿部サダヲ 

プロフィール

松尾スズキ(まつお・すずき)

1962年12月15日生まれ、福岡県出身。1988年に大人計画を旗揚げし、主宰として作・演出・出演をつとめる。1997年『ファンキー!~宇宙は見える所までしかない~』で岸田國士戯曲賞受賞。演劇以外にも、小説家・映画監督・脚本家・エッセイスト・俳優として幅広く活躍。2019年には正式部員は自身一人という「東京成人演劇部」を立ち上げ、『命、ギガ長ス』を上演、小規模空間での舞台上演にもこだわっている。同作で第71回読売文学賞戯曲・シナリオ賞を受賞。2020年よりシアターコクーン芸術監督に就任。

中井美穂(なかい・みほ)

1965年、東京都出身(ロサンゼルス生まれ)。日大芸術学部卒業後、1987~1995年、フジテレビのアナウンサーとして活躍。1997年から「世界陸上」(TBS)のメインキャスターを務めるほか、「鶴瓶のスジナシ」(CBC、TBS)、「タカラヅカ・カフェブレイク」(TOKYO MXテレビ)にレギュラー出演。舞台への造詣が深く、2013年より読売演劇大賞選考委員を務めている。

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