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杉山仁が選ぶ、2018年洋楽年間ベスト10 ますます広がりつつある“文化的な多様性”

リアルサウンド

18/12/22(土) 10:00

1.ジャネール・モネイ『Dirty Computer』
2.The 1975『A Brief Inquiry Into Online Relationships』
3. ケイシー・マスグレイヴス『Golden Hour』
4. ノーネーム『Room 25』
5. Mitski『Be the Cowboy』
6. アリアナ・グランデ『Sweetener』
7.ロビン『Honey』
8.Brockhampton『Iridescence』
9.ロザリア『El Mal Querer』
10.ソフィー『Oil Of Every Pearl’s Un-Insides』

 2018年の欧米の音楽シーン、特にアメリカで印象的だったのは、引き続きR&B/ヒップホップに勢いのある作品が多数生まれたこと。米調査会社ニールセンの「音楽ジャンル別消費量調査」で、米国で史上初めてR&B/ヒップホップが最も売れたジャンルとなった2017年を経て、2018年はその傾向がさらに加速し、上半期を終えた時点で米国の音楽セールス全体の約3割を占めるまでに拡大した(参照:ニールセン・ミュージック2018年上半期チャート発表、ポスト・マローン/エド/ドレイク等がNo.1 最も人気あるジャンルはR&B/ヒップホップ)。実際、ドレイクの新作『Scorpion』が全米チャートでマイケル・ジャクソンやビートルズを越える記録を打ち立てたり、ビヨンセのコーチェラ・フェスティバルでのライブが話題になったりと、関連するトピックは挙げればきりがない。中でも近未来的/SF的なアフロフューチャリズムと機能的なポップミュージックの魅力とを融合させたジャネール・モネイの『Dirty Computer』は、人種差別問題、さらなる女性の社会参加への機運や「#MeToo」運動、自身も含む性的マイノリティへの眼差しといった時事テーマが、黒人音楽やアメリカでの黒人の歴史そのものへと繋がっていく様子が素晴らしかった。最終曲「Americans」では前作に続いて参加予定だった故プリンスの「Darling Nikki」の歌詞〈She said sign your name on the dotted line〉を引用し、〈Please sign your name on the dotted line(意訳すると「あなたもこの変革に参加して」)〉と呼び掛けている。

Janelle Monáe – Americans

 ロックバンドの作品では、英マンチェスターの4人組、The 1975の新作の完成度が群を抜いていた。曲単位で見るとPrefab SproutやThe Blue Nileのような80年代の英バンドからの影響を感じる彼らだが、大衆性とアート性とが同居するバランス感覚はむしろリック・オケイセックを擁して70~80年代のアメリカで活躍したThe Carsのようで、この3作目では得意の80’sフレイバーはそのまま、デジタルな加工を施したクワイア、R&B、ブレイクビーツ、トラップ、ジャズなどを取り入れて音楽性を一気に広げている。けれども、それがあくまで「ロックバンドの音」になっているのが、この作品の最大の魅力。アルバムで大風呂敷を広げる作風がより加速したのも当然と思えるほど、曲ごとに溢れんばかりのアイデアが詰まっている。映画『ボヘミアン・ラプソディ』でロックに興味を持った人々に、今のフロントランナーの魅力を伝えるとするなら、これ以上の作品は思いつかない。

The 1975 – Sincerity Is Scary (Official Video)

 一方、ケイシー・マスグレイヴスの『Golden Hour』は、保守的な音楽の象徴とされることも多いアメリカのカントリーシーンから生まれた作品でありながら、ダンスビートやデジタルな質感のコーラスなど、おおよそカントリー的ではないアレンジを多数施してメインストリームポップ系、ヒップホップ系、インディロック系のメディアなど幅広い年間ベストリストに選出された作品。実際、11曲目「High Horse」などは、もはや「ミラボールきらめくディスコサウンド」と言ったほうがしっくりくる雰囲気だ。とはいえ本作の魅力も、様々な要素を取り入れることで、逆に「カントリー」という彼女本来の出自が抗えないほどに浮かび上がってくること。『FUJI ROCK FESTIVAL ’18』でのライブも印象的だった。

Kacey Musgraves – High Horse (Official Music Video)

 そういう意味では、チャンス・ザ・ラッパー作品のコラボレイターとしても知られるシカゴ出身の女性ラッパー・ノーネームが、前作『Telefone』の成功を経て拠点をLAに移し、各地をツアーする生活の象徴=ホテルの部屋と、当時の年齢=25をタイトルに冠して人生における様々な経験を反映させた新作『Room 25』のラスト曲「no name」での、Yawによる「どれだけ喜びや痛みを通り過ぎても、君がどこから来たのかを忘れるな」というラインも印象的だった。ラップアルバムではトラヴィス・スコットの『Astroworld』やカーディ・Bの『Invasion of Privacy』、JPEGMAFIAの『Veteran』、そして“ボーイバンド”を自称するラップクルー・Brockhamptonのとっ散らかったゆえの奔放なエネルギーにも惹かれた。

no name

 もうひとつ、欧米圏での2018年の象徴的な出来事としては、白人中心主義的な価値観から逃れていくような、非英語圏の出自を持つアーティストによる作品が広く支持を集めたこと。中でもインディシーンで話題となったNY在住の日系シンガーソングライター、Mitskiの『Be the Cowboy』は、モダンなソングライティング/コードワークの魅力が凝縮された作品。代表曲「Nobody」を筆頭に、かつてのファイストやセイント・ヴィンセントなどにも通じる緻密な作曲の妙と歌が詰まっている。インディ系シンガーソングライターも女性の活躍が目覚ましく、スネイル・メイルの『Lush』や、女性シンガーソングライター3組によるboygeniusの『boygenius EP』など、名門<Matador>からリリースされた作品も印象的だった。

Mitski – Nobody (Official Video)

 メインストリームのポップシーンで印象的だったのは、自身のマンチェスター公演がテロの標的になり、実行犯を含む23人が命を落とすという悲劇を乗り越えてリリースされたアリアナ・グランデの4作目。2作目「My Everything」以降続けてきた音楽的な冒険をさらに推し進め、トラップ以降のサウンドと歌詞のメッセージ性をより追求して、アーティストとしてさらなる進化を遂げている。1曲目「Raindrops (An Angel Cried)」がアリアナ自身のアカペラからはじまる構成も感動的だった。また、The Knifeらに影響を受けてエレクトロポップ路線に転向した2005年作以降、ポップミュージックのエッジを体現してきたスウェーデンのロビンによる8年ぶりの新作『Honey』は、80’sポップとエレクトロを現代風に解釈する方法論はそのまま、粒揃いの楽曲で欧米でも広く人気を獲得。引用するクラブミュージックがオーソドックスなものであることが、華やかさや普遍性に繋がっている。

Ariana Grande – raindrops (an angel cried) (Audio)

 アメリカでのラテン系サウンドの流行やイギリスでのアフロビートの再評価ともリンクする形で、スペインの伝統音楽フラメンコとヒップホップR&B以降のポップミュージックとを繋いで話題となったのは、スペインの歌姫・ロザリア。彼女の場合、00年代~10年代初頭のインディシーンでトロピカルなインディロック/アフロビートを鳴らしていたエル・ギンチョがプロデュースを担当していることにも驚かされた。前述のMitskiはもちろんのこと、前作が全英1位となったフランスのChristine and the Queensによる『Chris』の好評や、BTSによる全米チャート1位、アジアのユースカルチャーを欧米に輸出する<88rising>所属のオーストラリア系日本人シンガー・Jojiによる米ビルボードR&B/ヒップホップチャートでの首位なども含めて、非英語圏出身アーティストの勢いを象徴する出来事のひとつだった。

 最後のソフィーは、2010年代のポップスの最もスタンダードな作曲方法となったコライトによる分業体制や、ラッパーの作品量産体制などを下支えするトラックメイカーたちによるオリジナル作品の中でも、ジャンルを超えて最も支持された作品。2010年代初頭に<PC Music>周辺の鬼っ子として実験性や悪意を全開にしていた彼が、マドンナやチャーリー XCX、ビンス・ステープルス、安室奈美恵らとの仕事を経て、メガトランスやカートゥーンポップなど時代の傍流に押し流された要素を現代に引きずり出している。彼が最初に注目を浴びはじめた2013年以降の数年間は、英オックスフォード辞典が2015年の「今年の単語」として泣き笑いの絵文字を選ぶなど、海外でもSNSが生んだマナーが広く一般化していった時期。ソフィーの作品の特徴も、言葉では説明しきれない漠然とした「あの感じ」「あの感情」を、まるでSNS上の絵文字やクソコラ画像のようにある意味“視覚的”に表現していくというもので、音楽で表現できる領域を押し広げていくような不思議な興奮がある。

SOPHIE — OIL OF EVERY PEARL’S UN-INSIDES (Full Album Stream)

 2018年の傾向として言えるのは、音楽に限らずとも欧米のエンターテインメントの様々なジャンルで顕在化する「文化的な多様性」が、ますます広がりつつあるということ。サブスクリプションサービスの普及によるリスニング環境の変化や、欧米を中心とする価値観だけが時代を牽引するわけではなくなった現代ならではの国際社会の形を反映するように、世界各地の多種多様な文化が音楽の名のもとにクロスオーバーしていく様子は痛快で、それゆえ各アーティストの出自や文化的なバックグラウンドに拠った「替えのきかない個性」や「それぞれの違い」がより際立つような雰囲気が生まれていたことも印象的だった。果たして2019年の音楽シーンではどんなことが起こるのか。引き続き楽しみにしていたい。

■杉山 仁
乙女座B型。07年より音楽ライターとして活動を始め、『Hard To Explain』~『CROSSBEAT』編集部を経て、現在はフリーランスのライター/編集者として活動中。2015年より、音楽サイト『CARELESS CRITIC』もはじめました。こちらもチェックしてもらえると嬉しいです。

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