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『スキャンダル』が投げかける重いテーマ “権力”と“男らしさ”の分かち難い関係性を考える

リアルサウンド

20/3/3(火) 8:00

 アメリカの保守系ケーブル局FOXニュースで、2016年に起きたセクシャル・ハラスメント訴訟を描いた映画が『スキャンダル』である。ベテラン女性キャスターであったグレッチェン・カールソンが、FOXニュースを視聴率ナンバーワンの人気放送局へと成長させた敏腕CEO、ロジャー・エイルズを訴えたのだ。この訴訟は、全世界的な注目を集めたワインスタイン事件(米映画プロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタインが数多くの女性にセクシャル・ハラスメントや性的暴行を繰り返していた問題。ワインスタイン・カンパニーは倒産し、本人は逮捕された)に先駆けること1年、勇気を持って声をあげた女性たちの行動であり注目に値する。

参考:『ロング・ショット』圧倒的“多幸感”の理由は? 新時代のラブコメとして重要な1本に

 ワインスタイン事件は、後の#MeToo運動へつながるきっかけとなったが、『スキャンダル』はこうした男女平等の流れをあらためて辿りつつ、女性が日々直面している不安、権力とハラスメントの関係について具体的に描いている。セクシャル・ハラスメントに立ち向かう女性キャスター役として、ニコール・キッドマン、シャーリーズ・セロン、マーゴット・ロビーが配される。監督は『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男』(2015年)、『俺たちスーパー・ポリティシャン めざせ下院議員!』(2012年)などを手がけたジェイ・ローチが務めた。

 社会における男女のあり方や旧来的な価値観を見直す動きは、昨今の米映画作品において主要なテーマになりつつある。日本で2020年に公開された作品に絞っても、次期大統領候補の超エリート女性と、ほぼ無職のジャーナリスト男性との格差恋愛を描いた『ロング・ショット 僕と彼女のありえない恋』(2019年)や、生活苦に悩む女性たちが犯罪に走る『ハスラーズ』(2019年)が挙げられる。これらの作品で描かれる、古い性役割や男性優位の社会に対する批判的な視点は『スキャンダル』にも共通したものだ。

 『スキャンダル』はアメリカ社会全体の動きをとらえた構成が特徴で、劇中、女性蔑視を剥き出しにしたドナルド・トランプ(劇中ではまだ大統領候補である)と、FOXニュースの女性キャスターであるメーガン・ケリー(シャーリーズ・セロン)との衝突を題材として取り入れるなど、作品のテーマをよりきわだたせる印象的な工夫がなされている。

 セクシャル・ハラスメントの被害を受ける女性は、実際の状況においてどのような心境なのか。彼女たちの感じた屈辱や恐怖はいかなるものか? 特に男性は、こうした状況下で具体的に女性がどのような感情を抱くのか、想像することが難しい。『スキャンダル』は実際のセクシャル・ハラスメントの状況を描写しつつ、女性がその場面で本当は何を考えているか、実際に交わされる男女の会話と同時に、観客に女性の「心の声」が聞こえてくるという手法が取られる。このアイデアは実に秀逸である。

 「君と親密な関係になりたい」と迫ってくる男性上司に対して、冗談でごまかす、友達であると伝える、誤解させてしまたことを謝る、などの方法でどうにかその場を切り抜けようとする女性。必死に作り笑いをしながら「ここで断ればもう私はクビだ……」と焦る女性の独白(女性は誘いを断ったことで、解雇の憂き目にあう)。なるほどハラスメントとはここまで息苦しく恐怖を感じさせるふるまいなのかと、観客を納得させる効果的な場面であった。性行為に応じなければ失職、という状況がいかに理不尽であるかを思い知らされる。

 本作はハラスメントがテーマだが、同時に権力についての物語でもある。権力が何より偉大であると考える人々は、権力者が問題を起こしても見て見ぬふりをしてしまう。「権力者はたぐいまれなる能力でビジネスを成功させ、われわれに職を与え、生活を支えている。彼がどれほどの人々の暮らしを守っているか。彼を訴えてもいいが、路頭に迷う従業員の暮らしの責任を取れるのか?」というように。権力を崇拝する多くの人々によって、権力者はやがて絶大な力を持つ存在となり、どのような不品行も咎められない状態へ到達する。周囲がCEOのハラスメントを黙認する態度につながったのも不思議ではない。ワインスタイン事件がそうであったように、人々が権力を「何よりも偉大なもの」ととらえる限り、多くの人がその事実を知りながら口をつぐみ、長期に渡ってハラスメントが継続するのだ。

 こうしたいびつな権力の構造を「男性性」というキーワードで読み解いた『男らしさの終焉』(フィルムアート社)の著者グレイソン・ペリーは、男性性とは「強くあれ、与えろ」という態度に象徴されると論じている。男性たるもの強くなくてはならず、与える立場になれというわけだ。ハラスメントで訴えられたCEO、ロジャー・エイルズは「自分は会社をここまで大きくし、利益を生み出し、たくさんの従業員を養ってきたではないか」と不満を述べる。男性性は権力を求めて止まない。ビジネスを成功させ、業界で大きな権力を持つまでにのし上がったCEOを「男らしい」「立派だ」と崇める態度によって、悪質なハラスメントは温存されてしまった。

 かかる男らしさと権力の関係性について、『ボーイズ 男の子はなぜ「男らしく」育つのか』(DU BOOKS)の著者レイチェル・ギーザはこう論じる。「今なお、権力をもつ者、もつべきものにとってはマスキュリニティ(著者注:男らしさの意)の特性を有していることが標準とみなされているだけではなく、それこそが適した特性だと考えられている」。指摘されている通り、ハラスメントや権力への渇望は、「男らしさ」の規範と分かちがたく結びついている。CEOロジャー・エイルズはおそらく、自分自身を誰よりも「男らしい」存在だと感じていただろう。われわれは、権力(=男らしさ)を偉大なものとして崇拝する態度を変える必要があるのではないか。

 3人の女性が勝ち取った勝利は、決して爽快ではない。その苦い勝利、後味の悪さを含めて、『スキャンダル』が投げかけるテーマは重い。「男らしさに疑問をもつ必要があること、ジェンダーの不平等はすべての人にとって大きな課題であること、その不平等がなくなれば世界はもっとよくなること」(『男らしさの終焉』)をより深く理解するため、『スキャンダル』は最適な映画となるだろう。

■伊藤聡
海外文学批評、映画批評を中心に執筆。cakesにて映画評を連載中。著書『生きる技術は名作に学べ』(ソフトバンク新書)。

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